第三十一話 1人ぼっち
ラフコーラは、アルヴィスの質問の意味がわからなかった。
「“しょじょ”……?」
「困るんだよね~。過去にさ、君と同じ年で処女じゃないのが2人いたんだよ。汚らわしいから部下にあげちゃった。だから念のため確認ね。どうなの?」
「あなたがなにを言っているか、さっぱりわかりません!」
「処女がわからないか。まぁいいよ、――剥いて確かめるから」
ラフコーラは護法魔導書を捲り、魔法名を口にする。
「雷錬成ッ!!」
ラフコーラが放った雷の槍は、アルヴィスに直撃した――はずだった。
「そんな……」
雷はたしかに当たった。
なのに、アルヴィスはさっきとまったく変わらない姿で立っている。
「凄いね。雷錬成の最大出力だ」
(効いていない!? 雷耐性……いや、先ほどの高速移動のことを考えると、可能性が高いのは全身強化)
しかし、雷錬成の直撃を受けて、無傷で済むレベルの全身強化など……。
「ラフコーラちゃん、知ってるかい? 下級魔法である雷錬成の最大出力は、中級魔法である轟雷錬成の最低出力だ。そして――」
アルヴィスは、護符紙の挟まったページを開く。
「これから僕が使うのは、上級魔法。――轟覇雷錬成」
眼球が焼かれそうなほどまばゆい光と、
鼓膜が破れそうになるほどの音が響き、
目の前に雷が落ちた。
ラフコーラと、アルヴィスの間に、真っ黒な大穴ができた。
「あ、あぁ……」
理解する。
目の前の存在との、圧倒的なまでの実力の差。
「でもこれじゃ、血肉も残らない……手加減できないのは弱点だ」
蟻の身で、象を前にしているという事実に、ラフコーラはようやく気付いた。
「全身強化!!」
体を強化して、ひたすら逃げる。
「いいよ! もっと汗をかこう! 蒸れた方が血はより濃厚になる……!」
――声が、遠ざからないっ……!!
「氷錬成ッ!!」
ラフコーラは氷の塊を5個作る。
「そんな礫で、僕にダメージが与えられるとでも?」
ラフコーラは氷を研ぎ、鋭く尖らせ、氷柱を作る。
そして、氷柱の先端を――岩壁に向けた。
「なに?」
ラフコーラは氷柱を岩壁に撃つ。
氷柱は一定間隔距離をあけ、縦に撃ち込まれていく。
アルヴィスはそこでようやくラフコーラの狙いに気づく。
「足場か……!」
ラフコーラは氷柱の足場を高速で飛び移っていく。
自分が使った足場はすぐに瓦解させ、アルヴィスが足場を利用できないようにする。
(下じゃ逃げ場がなさすぎる。まずは上に……!)
ラフコーラは最後の足場を使い、大きく跳躍。
崖に手を伸ばす。
「もう少し……!」
ガシ。と、ラフコーラの手を掴む手があった。
「誰――」
「僕だよ~」
ラフコーラの手を、崖の上から掴んだのはアルヴィスだった。
「先回りして――!」
「ほら、いま引き上げてあげる。そぅれ!!」
アルヴィスはラフコーラを引っ張りあげ、20メートル先の大木に向かって投げる。
受け身を取ることのできない速度。ラフコーラは背中から大木にぶつかった。
「いっ!?」
大木が衝撃で折れるほどの衝撃。
ラフコーラは折れた大木の横で膝をつく。
「いいね。汗で蒸れて、酸っぱい香りが漂ってきたよ。食べ頃だ……知ってる? 血に汗を混ぜて飲むと良い感じに塩味が効いて美味しいんだ」
「……」
「どうしたの、ラフコーラちゃん。もう抵抗する元気なくなっちゃった?」
ラフコーラは俯き、顔をアルヴィスに見せない。
「?」
アルヴィスはラフコーラの様子が気になり、足を進める。すると、ラフコーラは小さく口を開いた。
「ひっぐ……!」
まず聞こえたのは嗚咽。
「うえっ」
次に聞こえたのは赤ちゃんのような声。そして――
「うわあああああああああああああああああああああああああんっっっ!!!」
なにかが弾けたように、ラフコーラは泣き出した。
「!!??」
これにはあのアルヴィスでさえ、動揺を隠せない。
あのクールで、理知的なラフコーラの、大泣き。
ラフコーラは天を仰ぎながら、思い切り泣き叫ぶ。
「なんでっ!? なんでわたしばっかり、こんな目に遭うのっ……!!?」
ラフコーラはアルヴィスに尻を向け、その場で丸まった。
いつもの大人ぶった声ではない、年相応……いや、もっと幼い少女の声だ。
「……わたし、わたしがなにしたの……? パパなんて見たこともないもんっ! なのになんでわたしが、パパのことでいじめられなくちゃいけないのっ! なんで、わたしが殺されなくちゃいけないの……? もうやだぁ……帰りたい……」
「お、驚いた……エ〇ディシを思い出したよ。あのねラフコーラちゃん、別に僕は君が殺人鬼の娘だから殺そうとしてるわけじゃなくて――」
「そんなのわかってるよ! バカッ!!!」
「ば、ばかぁ!? ぼ、僕が馬鹿……」
ラフコーラは涙と鼻水をまき散らしながら泣き続ける。
アルヴィスはそんなラフコーラを見て、微笑んだ。
「可哀想に。ずっと1人ぼっちで生きてきたんだね……」
アルヴィスはラフコーラに歩み寄っていく。
「安心して。これからは1人ぼっちじゃない。僕と永遠に一緒になれるから……」
「い、いや……!」
ラフコーラはアルヴィスの方を振り向き、地面に尻をつけながら後ずさるも、すぐに大木に当たる。大木に背を預け、ラフコーラは両腕をあげる。
(1人ぼっち……ずっと、ずっと……生まれてから死ぬまで、ずっと……)
父親も母親も物心ついた時にはいなかった。
両親から残されたのは、『殺人鬼の娘』という称号のみ。
孤児院に預けられた後も、1人ぼっちだった。
1時期、友達になってくれそうな女の子はいた。けど、その女の子も、ある日を境に自分を虐めるようになった。
大人も子供も、自分を避けた。
そしてそれは、この先もきっと変わらない――
(そうだ、死んじゃえば、楽になれるんだ)
それなら――とラフコーラは諦めた。
……はずだった。
「たす、けて」
口から溢れたのは、考えていた事とは違う言葉。
(やだ……1人ぼっちのまま死ぬなんて……やだ!!)
ロクな人生じゃない、だから死にたいと思う人間もいれば、
ロクな人生じゃないからこそ、まだ死んでたまるかと思う人間もいる。
「助けて……」
目を瞑り、両腕をあげているラフコーラに向かって、アルヴィスは右拳を握る。
「誰か、わたしを」
必殺の一撃を、繰り出そうとする。
「たすけてええええええええええええええええええぇぇぇぇぇっっーーーーーーー!!!!」
アルヴィスは拳を振り下ろす。
しかし、アルヴィスの拳は、ラフコーラに届かなかった。
「君……誰?」
ラフコーラは、ゆっくりと、瞼を開いた。
「――――――え?」
白鉄の槍で、彼はアルヴィスの拳を受け止めていた。
金色の髪をもった、首元に火傷の跡のあるその少年を、ラフコーラは知っている。
「よう」
少年は笑顔で、ラフコーラを見る。
「げぼ――く……?」
「ご無事ですか? お嬢様」




