第三十話 君って、処女だよね?
森の中を走り抜けていく。
(霧が……!)
霧が、うっすらと出始めた。
「なんだ?」
鼻に、嗅いだことのある匂いが入った。
この匂いは――そう、あれだ。
FBIになってから何度も嗅いだ、死体の匂い。
「どこだ?」
俺は匂いの方へ行く。すると、外からは見えにくい茂みの中に、
「うっ!?」
成人男性の死体が落ちていた。瞼は開き切っていて、胸に耳を当てても鼓動はない。
首に手形がついていることから絞殺とわかる。
死体の状態から察するに死後10時間前後か?(専門じゃないから正確にはわからん)
この顔、たしか――
(そうだ。トランプを配っている係員の中にいた人だ。多分、監視員だろうな)
悪寒が背筋を走る。
「ラフコーラ……!」
◆◆◆
どうして、こんなことになったのか。
ラフコーラは高い高い岩壁を見て、そう思う。
「……なんとか、無事に済みましたが……」
橋から100メートルぐらい落ちて、背中から川に飛び込んだ。
しかし橋から落ちてすぐに護法魔導書を出し、全身強化をかけたおかげで落下ダメージを軽減することができた。
川から川沿いの道に上がったものの、目の前には岩壁。
どうやって登ろうか……。
「痛い……」
全身が痛い。
いくら強化をかけていても、100メートルから川に落とされればダメージは残る。
この状態で、岩壁を駆けあがるのは無謀だ。
「はぁ……助けを待つしかなさそうですね」
助けを待つ。助けを……。
(誰が、助けてくれる? 殺人鬼の娘である、わたしを……)
ラフコーラの頭には、落ちる前の光景が焼き付いている。
自分の手を払いのける、ハイネの顔が焼き付いている。
「やぁ。助けに来たよ」
背後から声が聞こえた。
ラフコーラは慌てて声から遠ざかる。
「怖がる必要はないよ。僕だよ、僕。チームメイトのピースクリフだ」
立っていたのはピースクリフ。ラフコーラ、ハイネとチームを組んでいた中性的な少年。
ピースクリフは笑顔で近づいてくる。
ラフコーラは逆に、彼から遠ざかる。
「どうしたの? 僕は仲間だよ?」
「……あの時、わたしは誰かに背中を押されました」
足を滑らせたわけじゃない。
誰かに、確実に、背を押された。
「ハイネちゃんはわたしを押せるような態勢じゃなかった。だとすれば、わたしを押したのは……あなたしかいません、ピースクリフさん。リヴルド!!」
ラフコーラは護法魔導書を出し、構える。
「……うーん、外れ」
ピースクリフの頬に、ヒビが入った。
「君を突き落としたのは正確にはピースクリフじゃないよ」
ピースクリフは質素なリヴルドネックレスを外し、黒く禍々しいネックレスを付ける。
「リヴルド」
ピースクリフは手元に真っ黒な本を出した。
その分厚さは、パッと見ただけで1000ページを超えているとわかる。
「そんな……前に護法魔導書を見せてもらった時は、そんな大きさじゃ……」
「ああ、これまではすっごく相性の悪いリヴルドネックレスをつけてたんだよ。僕の本来のページ数を隠すためにね」
おかしい。とラフコーラは呟く。
原則、1種類の護法魔導書にしか護符紙は挟めない。
同時に2種類の護法魔導書に護符紙を挟むことはできないのだ。自分が召喚したAの護法魔導書に護符紙を挟んだまま、もう1冊Bの護法魔導書に護符紙を挟んでもインストールは始まらない。一度Aの護法魔導書から全ての護符紙を外してからでないと、Bの護法魔導書に護符紙を挟んでも意味がない。
(樹海に入る前、ピースクリフさんに見せてもらった護法魔導書には護符紙が挟まっていた……なのに、いま別の護法魔導書に護符紙が挟まっている。なぜ――)
「気づいていたかい? 僕ね、樹海に入ってから一切護法魔導書を出していないんだ。君が敵を一掃してくれていたからね」
「まさか……!」
「そう。ブラフの方の護法魔導書に挟んでいた護符紙は1日目に全て外し、別の護法魔導書を起動。改めてその護法魔導書に護符紙を挟んで、インストールが済むまでバッグアニマルに隠していたんだ」
それにしても異常だ。
1000ページもある護法魔導書を、新入生が持てるはずがない。
「あなたは一体……」
ピースクリフは、邪悪な笑顔を浮かべる。
ゆっくりと、その名を口にする。
「アルヴィス」
その名前はブレイヴが、追っている者の名前。
「それが僕の本当の名前さ」
第三迷宮、吸血魔アルヴィス。
「そんな……捕まったはずじゃ……」
「捕まったのは影武者だよ。1人の魔法使いを脅したんだ。娘を人質に取って、僕のフリして自首するよう脅迫した。もう娘さんは殺しちゃったけどね~」
(酷いことを……! でも、どうして――)
アルヴィスは30年前の犯罪者のはず。12歳のはずがない。
――まさか。
ラフコーラの脳裏に浮かぶ、1つの可能性。
(わたしと年齢操作の、魔法の使い手!)
「この試験は最高のイベントだ! 監視員さえ始末すれば、あとは好きに食い荒らせる。吸血魔がウロウロしていたら学園側はイベントを中止しちゃってただろうしね。イベントをやらせるために、わざわざ影武者を作ったのさ。本当はさー、この試験までおとなしくしているつもりだったんだけど、どうしても――君ぐらいの女の子を見ると欲情しちゃうんだ♡」
「あなたは12歳から14歳の女性をターゲットにしていると聞きます。わたしも、あなたの捕食対象、ということですか?」
「うん。一目見た時から君を狙っていた」
ピースクリフ――いや、アルヴィスは、頬を紅色に染めていく。
「僕にもこだわりがあってね。相手の年齢は12歳から14歳、血液型はAB型もしくはO型。体型はやや痩せ気味で、バストサイズはAAから辛うじてB。肌にできものが1つもないこと。好物は甘い物で、歯が綺麗な子。加えて汗かきなら、もう言うことないね。
君は12歳で血液型はAB型。体型は痩せ気味、バストサイズはAA。肌は綺麗で、甘い物をよく食べる。歯も綺麗だし、そして汗もよくかく。君は最高の――」
ペロ、と、ラフコーラは頬をヌメリのあるなにかに撫でられた。
「餌だ♡」
ラフコーラは目線を左に逸らす。
アルヴィスの顔がそこにはあった。そこでようやく、頬を舐められたことに気づく。
「~~~~っ!!?」
ラフコーラは全身に鳥肌を立て、すぐさま距離を取る。
(全然、動きが見えなかった……!)
「ところでさ、ラフコーラちゃん。ここが一番大切なところなんだけど……」
アルヴィスは、ラフコーラを指さし、
「君って、処女だよね?」




