第二話 FBIvs魔法使い
少女は俺を見て、ムッと唇を尖らせた。
「この人がブレイヴ=オストリッチ捜査官ですか?」
「そうだ。君の協力者ということになる」
「そうですか。聞いてたより使えなさそうなやつですね!」
生意気な……!
見るからに12歳そこらだ。俺の守備範囲(20~50歳)の外だな。
「このガキは何者ですか?」
「魔法使いのラフコーラだ」
「魔法使い、ねぇ」
俺が心の中で馬鹿にしたのがわかったのか、ラフコーラ殿はムッと眉間にしわを寄せた。
「ボス。俺だって暇じゃないんですよ? こんな茶番に付き合わせないでください」
「茶番かどうか、試してみますか?」
「なんだと?」
「実戦で、わたしの魔法を見せてあげますよ」
ラフコーラは俺を指さし、
「わたしと一対一の決闘をしなさい! わたしが勝ったら魔法の存在を信じ、わたしに絶対服従……つまりわたしの下僕になってもらいます!」
「アホらしい。誰がやるか」
こんなガキ相手に拳を振るおうものならFBI中からバッシングをくらう。
立ち去ろうとしたら、ボスに肩を掴まれた。
「待てブレイヴ。決闘を受けろ」
「いやいや、こんなガキボコるなんて、さすがに命令でも嫌ですよ」
「お前が彼女に勝利したら報酬をやろう」
嫌だね、ぜ~ったい嫌だ。
どんな報酬を出されようが、俺はコイツと決闘なんざする気はない。
「もしもお前が勝てたら……この一年、週休2日にしてやる」
「やろうじゃないか決闘。叩きのめしてやるぜ……!」
この47連勤に終止符を打ってやる!
◆
「へぇ~、本部の地下にこんな施設があったんですね」
決闘を受けた俺は本部地下の真っ白な部屋に案内された。
真正面、20メートル距離をとってラフコーラが立っている。
ボスは別部屋で見ている。ブオン、と音が響き、ボスの声がスピーカーから響く。
『ここは核シェルターを兼ねた訓練場だ。どんな衝撃にも耐えられるようにしている』
こんなガキとの喧嘩で大げさだな。
『ところでブレイヴ。丸腰でいいのか?』
「え? 武器使ってもいいんですか?」
「銃でもナイフでも好きに使っていいですよ」
本気で言ってるのかコイツ?
『いや、銃はダメだ。ナイフなら許可する』
「どっちもいりませんよ」
舐められたもんだな。近接戦闘の訓練はちゃんと受けている。というか、こんなガキ相手に特別な技術も武器も必要ないだろ。
『双方、準備はいいか?』
「いつでもいいですよ」
「わたしも大丈夫です」
『では、よーい……はじめ!』
スタートと同時に前に出る。
「お尻ぺんぺんしてやるぜ!」
「リヴルド」
ラフコーラがなにかを呟いた。すると、ラフコーラの手元に本が出現した。
「は!?」
あまりの異常な現象に足を止めてしまう。
なにもない空間から本が現れた。本は分厚い。200ページ以上あるだろう。本には4枚栞が挟んでおり、青・黄・オレンジ・銀とカラフルな栞だ。ラフコーラは青の栞のページを開く。
「氷錬成」
ラフコーラがまたなにかを呟くと、3個の氷が彼女の周囲に形成された。
「氷!?」
氷はボールの形を作り、俺に狙いを定めてる。
「冗談だろ……」
本を出した時も、氷を出した時も、彼女はまるで呪文を唱えているようだった。
(いやいや違う、落ち着けブレイヴ。魔法なんてあるはずがないんだ。アレは手品だ手品!)
ビュッ! という音が三連続で響いた。
氷球が迫ってくる。めちゃくちゃに速い。
俺は床を転がって3個の氷球を躱す。
「な、なんて速さだ……! ピストルの弾ぐらいの速度はあるぞ!」
「アレを魔法使い以外に避けられるとは思いませんでした。……なるほど。推薦されるだけの力はあるようですね」
気を引き締め直す。
アレをくらったら一発アウトだ。
いまラフコーラは氷を形成している。
呪文を唱えてからボールの形をとるまでの時間は2秒弱か。次の攻撃を避けてその2秒弱の隙をつく。
「今度はもっと速度をあげますよ」
「勘弁してほしいな……」
発射される3個の氷球。前に走りながら最小限の動きで回避する。
「そんな……速度は上がってるはず!」
一度目で手品の挙動は見ている。弾道も嘘がない。
速度は上がってもそこさえ押さえれば避けられる。
ラフコーラとの距離2メートル。
ラフコーラは別の栞のページを開いた。
「全身強化」
ラフコーラが呟くと、ラフコーラの体からオレンジ色の煙が湧きあがった。
瞬間、ラフコーラの姿が目の前から消える。風圧が右を通ったのは感じ取れた。
「ちっ!」
背中に気配を感じ、俺は咄嗟に回し蹴りを背後に向けて繰り出した。
だが俺の蹴りはラフコーラの細い左腕にガードされた。
(ガキに俺の蹴りを受け止められた!?)
コンクリートを蹴ったみたいだ。俺の脚の方が痛い……!
「やりますね」
ラフコーラの顔を見ると、汗が一滴だけ頬を伝っていた。
「でもここまでです――雷錬成」
「うがっ!!」
痺れが脳天から足先まで走った。
まるで雷に打たれたよう――というか、本当に雷に打たれたのだろう。
なにもない場所から本を出し、氷を出し、挙句には瞬間移動まがいのことをされたのだ。魔法……とやらの存在を認めざるを得ない。
意識が暗く沈み、膝が崩れる。
「わたしの勝ちです。これであなたは……わたしの下僕です」
こうして始まったのだ。
面倒で怠くて面倒で厄介な任務が――