第二十話 カメラアイ
背後に1人、正面に1人、木の上に1人。
俺はページを捲り、脚力強化の護符紙が貼りついたページを開く。
「風錬成ッ!」
「脚力強化!」
木の上の女子が風を発射する。荒れ狂う豪風を、横っ飛びで躱す。
「うおっ!?」
バキッ!!
力加減をミスった。勢い余って木にぶつかってしまった。
これが脚力強化……! 今の俺は、27歳の俺よりも脚力がある!
「白鉄大槌ッ!」
背後から魔法名を唱える声が聞こえた。
「おっと!」
俺は振り返り、振り下ろされた鉄のハンマーをバックステップで避ける。
攻撃を躱しながら白鉄槍のページを開く。
「白鉄槍」
護法魔導書は槍へと変化する。
「「氷錬成ッ!!」」
「――ッ!」
マリンと女子の氷球による交差射撃。
風錬成で俺を動かし、動いた先に白鉄大槌で追撃。追撃が避けられても体勢崩した俺に氷球か。将来有望だな。しかし、
「ふっ――!」
俺は浴びせられた6個の氷を全て、槍でたたき落す。
「なっ!?」
「あの速度の氷を――」
「撃ち落とすなんて……!」
「ラフコーラのやつに比べると、だいぶと遅いぜ」
ハンマーを持った男子は臆せず、俺に突っ込んでくる。
「そら!」
俺は槍の矛先でハンマーの柄をカチ上げる。
「くっ!?」
天を舞うハンマーが地に落ちる前に、石突で正面の緑髪の男子のみぞおちを穿つ。
「がはっ!?」
男子が地面に伏すのを確認して、俺はマリンに視線を移す。
マリンは護法魔導書のページを捲っていた。
(狙うは……)
俺は、昨日の記憶を呼び起こす。
昨夜、荷物の準備をした後、俺はエイトより魔法の授業を受けていた。
『えっとね、魔法使いを無力化する時は護法魔導書を狙うといいよ!』
『なんで?』
『護法魔導書を破壊されると、数時間は護法魔導書を出せなくなるんだ』
俺は一瞬でマリンとの距離を詰める。
「はやっ!?」
コイツらはいま、俺の動きに対応できない。
『強化魔法は重ね掛けできないよ。だからね、同じ強化魔法をいくら掛けても効果が増えたりしないし、異なる強化魔法を掛けても上書きされるだけなんだ』
奴らは嗅覚強化のおかげでこの暗闇で戦えている。だから、俺の脚力強化に対抗して強化を上書きすることはできない。
槍を突き出し、マリンの護法魔導書を貫く。
「しまった……!」
マリンの護法魔導書は光の粒となって消えた。
「これで後は……」
「風錬成ッ!!」
男子2人が戦闘不能となっても、木の上の女子は諦めず、風を撃ってくる。俺は風を躱しつつ、「リヴルド」と唱え、槍を護法魔導書に戻し、投石銃のページを開く。
「投石銃」
護法魔導書をスリングショットに変化させ、足元の小石を蹴り上げ、右手でキャッチする。
『あとね、気を付けてほしいのは魔法の冷却時間』
魔法は、一度使用すると次に使用できるまでに時間がかかる。
『強い魔法ほど、クールタイムは長いよ。弱い魔法……使用ページ20ぐらいの魔法なら、5秒~10秒ぐらいで再使用できるようになるかな。クールタイムの時はその魔法の護符紙から色が抜けて、時間が経つにつれ色が戻っていく。色が戻り切ったら再使用OKの合図だよ』
あの女子の護符紙は3枚。
1枚は嗅覚強化。後の2枚は風錬成、氷錬成。
いま風錬成はクールタイム。ならば、やつが撃てる魔法は1つ。
「氷錬成ッ!!」
氷錬成は撃つまでに2秒弱のタメが必要だ。奴が氷を撃つ前に、俺が小石を撃つ方が速い。
ゴム紐に小石を乗せて引っ張り、放つ。この間、約1.5秒。
小石は彼女の右手に当たり、彼女は護法魔導書を手から落とした。宙に浮いていた氷は霧散する。
「リヴルド……白鉄槍」
護法魔導書を槍に変え、落ちてきた女子の護法魔導書を槍で貫く。
これで、3人全員戦闘不能だ。
「なっ――」
マリンは信じられないという目で、俺を見ていた。
「チュートリアル終了! お疲れさん」
俺はマリンに対して手を出す。マリンは苦い顔で、4枚のトランプのカードを俺に渡した。
「まさか3対1で負けるなんて……」
「ガキにしては悪くない連携だったぞ」
「上から言ってくれますね。1つ、聞きたいことがあります」
「ん?」
「どうしてあなたは、この暗闇で僕達が見えていた? 暗闇で敵の位置を把握するためには嗅覚強化や暗視補助などの強化が必要。だけどあなたは脚力強化を使っていたから、他の強化は使っていなかったはず。一体どんなトリックを使ったのですか?」
「トリック? そんなモンじゃないよ。生憎、暗視は標準装備してるもんでね」
「どういう意味です?」
「悪いがこれ以上は喋れない。じゃあな。試験、諦めず頑張れよ~」
俺は手を振りながら、その場を離れた。
◆◆◆
FBI本部オフィス。
ブレイヴが所属するチーム“特殊事件捜査班”、通称“スペシャル”のリーダーであるリーラは、書類の山を片付けていた。
「ボス」
リーラに、青髪ロングの男性が声を掛ける。男性の腰には鞘に収まった刀が差さっており、刀の柄にはアニメキャラクターのキーホルダーが吊るされている。
「どうした? ロンウェル捜査官」
「どうして、重要特務任務にブレイヴ捜査官を行かせたのですか?」
ブレイヴの任務について、一般の捜査官には『重要な潜入任務』ということだけ伝えられている。詳しい内容は知らされていない。
「僕に任せてくだされば、必ず期待に応えてみせました」
「ブレイヴだって期待に応えてくれるはずだ」
「無理ですよ。やつは殺人鬼の弟だ。ロクな人間じゃない……僕は、やつがFBIにいることも許せないというのにっ……!!」
ロンウェルは歯を軋ませる。
「ボスは、なぜそこまでやつを贔屓するのですか?」
「別に私情で今回の任務の担当にブレイヴを選んだわけじゃないさ。アイツが今回の任務に選ばれたのも、アイツがFBIになれたのも、アイツが優秀だからだ。お前も知っているだろう? ブレイヴには特別な目がある」
「“カメラアイ”――ですか」
リーラは椅子を回し、ロンウェルの方に体を向ける。
「そうだ。アイツの目にはカメラの機能である自動焦点、遠視、絶対記録、暗所透視、の4つが備わっている。ま、絶対記録は目というより脳の機能か。今回の潜入先はかなり特殊だ。だから一番対応力のある目を持つアイツを行かせた」
リーラが理論的に説明しても、ロンウェルは眉をひそめる。
「私の判断は不服か?」
「不服です」
「……本当にブレイヴが嫌いなんだな、お前は」
リーラは渋い顔をする部下を見て、心の内で溜息をつく。
(しかし、あんな能力を持っているせいで……アイツの頭の中にはいつだって焼け焦げる両親の姿が残っている。何年経っても燃やすことのできない写真。殺人鬼の娘ならば、アイツのトラウマを少しは忘れさせることができるだろうか)
リーラは口から溜息を吐き、作業に戻った。
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