第三十四話 Sランクダンジョンのダンジョンマスター
「【超級闇魔法】――死者よ、安らかに眠れ」
私の足元から闇が放たれる。
「ヴァ?」「ウァァ!」「ア……ァ……」「ヤット……解放サレタ……」
闇がアンデッドたちを包み込む。
アンデッドたちが次々と倒れていった。
「シズ……なのか……?」
血まみれのフレイたちが目を見開きながら話しかけてきたけど、気まずさから私は目をそらした。
「なんだ。新たな客人はテメェらの知り合いか?」
スキンヘッドの筋肉男が、フレイたち、私たち、それから彼の隣に生えている謎の植物を交互に見る。
スカーレットの姿が見えないことに最初は疑問を抱いたけど、すぐにわかった。
筋肉男の隣に生えている謎の植物。スカーレットは、今まさに蕾をつけたその植物の茎に絡めとられていた。
絶望した顔で虚ろな目をしているスカーレット。
彼女と目が合った瞬間、彼女はこと切れた。
知ってる人間が死ぬのは胸が痛む。
けど、彼女は私に憎しみのこもった視線を向けてきた。
それは死ぬ間際のほんの一瞬だったけど、そのせいであまり悲しいとは思わなかった。
「なるほどな。そういうことか」
筋肉男がすべてわかったという風な態度をとった。
「何が分かったの?」
「お前たちとその血まみれの男どもの関係だよ。元は仲間で、お前はこいつらに何かひどいことをされたんだろ?」
「なんでわかったの!?」
ちょっと待って! 私このスキンヘッドの人知らないんだけど!
どうやって分かったの!?
怖い!
「俺は相手の目を見ることで、そいつの人間性が手に取るようにわかるんだよ。今の状況も含めて考えると、そんな結論に至ったってわけだ」
何この人!? 超怖い!
「ヤベェ……。変態だ」
こればっかりは私もイリスちゃんに同意。
これはどう考えても変態だって!
「自己紹介がまだだったな。俺はヴァイス。鮮血薔薇のヴァイスだ」
スキンヘッドの男がヴァイスと名乗った。
「私はシズ。二つ名はない!」
「私はイリス。同じく二つ名はないよ。今考え中」
とりあえず名乗ったはいいけど、どうしようこの状況。
フレイたちはボコボコにされてスカーレットはなんか死んでるけど、ヴァイスはそこまで悪いやつには見えないし……。
「ヴァイスは何者なの? 敵?」
「まあ、敵だな。俺はここのダンジョンマスターなんだからよ」
ヴァイスのその言葉に、なぜかフレイが食いついた。
「ダンジョンマスターだと!? じゃあ、あの龍はなんだったんだ!?」
「ん? 蒼龍のことか。あいつは俺の配下だ。ダンジョンの力で生み出しただけの、な。ダンジョンボスのフリをさせてたら、こんなにもあっさりひっかかってくれるとは思わなかったぜ」
血まみれのフレイが、芋虫を噛み潰したような顔をする。
あ、芋虫じゃなくて苦虫か。素で間違えちゃった。
芋虫を噛み潰した顔ってどんな顔だよ。
それはそうと、フレイたちは蒼龍を倒したらしい。
四神仲間の白虎がS-ランクだったから、蒼龍もたぶんS-ランクだろう。
これで蒼龍がS+とかだったら、白虎がかわいそうすぎる。
「そんなどうでもいいことは置いといて、シズ。なぜお前は戦うのを躊躇している?」
顔や態度には出てなかったはず。
ヴァイスの変態能力によるものだろうか?
「だって、ヴァイスが人間だから……」
「人間、ねェ……」
私の言葉を聞いたヴァイスが、遠い目をしながらそう呟いた。
「……やっぱり俺の目に狂いはなかった。シズ、お前はホントに優しい奴なんだな」
「そうそう。シズちゃんホントに優しいんだよ。私が膝枕してってお願いしたら、いつもしてくれるんだもん」
「ちょ、何言ってんの!?」
恥ずかしい! 恥ずかしいから!
公衆の面前で言わないで!
「シズ。お前は優しさ100%みたいな人間だ。だから試す」
「試すって何を?」
ヴァイスがフッと笑ってから、
「俺の最高の“弟”を紹介するぜ!」
ヴァイスが「弟を紹介」と口にした直後、彼の後方から声が聞こえてきた。
「姿を現してもいいんだね、兄ちゃん」
空間がぐにゃりと歪む。
次の瞬間、そこには金髪の男の子が立っていた。
美男子の面影を残した少年が。
黒く肥大化した右腕からは長く鋭い爪が生えており、背中からは片翼の黒翼が。
足は所々が鱗で覆われている。
右側の額からねじれた角が一本生えており、瞳は三つあった。
「化け物……」
フレイが小さくそう呟いた。
「俺の最高の弟、闇堕ちのウィルだ」
「よろしく……」
ウィルが美しい声で、短くそう言った。
素っ気ない態度が、彼をより美しいと感じさせる。
「シズよ。俺の弟を見て、何を思った?」
ヴァイスの問いかけに対して、私は思ったことを正直に答えた。
「見たらわかるけど、私オッドアイじゃん? けど、ウィル君は三つの瞳の色がすべて違うとかいうオッドアイのさらに上を行ってるから、完全に負けたって思ったね。私の完全敗北。うん」
瞳の色が水色と緑色と金色とか、超カッコいいじゃん。
「あ、あと、女装上級者としてアドバイスを一つ。ウィル君が女装したらめっちゃ可愛くなると思うよ!」
前世、死ぬ前は男子高校生だったって前に言ったけど、私はいわゆる男の娘だったんだよね。
顔のパーツだって、瞳の色や髪色を除けば前世とほとんど一緒のままだし。
そんなわけで友達に勧められて女装したんだけど、それでドはまりしちゃってさ。
女装がデフォルトになったよね。
「……やっぱりお前は優しいんだな。お前みたいな人間がたくさんいたら、俺たちはもっと別の生き方ができたのだろうか……」
「そうだね、兄ちゃん……」
ヴァイスとウィル君の顔色が、一気に暗くなった。
「答えたくないんだったら答えなくていいけど、二人は過去に何があったの? なんでダンジョンマスターになんかなったの?」
二人の様子だと、過去に何か大きな出来事があったのだろう。
つらくて悲しい出来事が。
「……少し前まで俺たちはただの村人だった。なんの変哲もないただの村人だ」
「今は、まったく面影ないね」
「生活が一変したのは俺が十歳の時か。ウィルが魔病にかかった」
魔病。それは人間でありながら魔物になってしまう病気だ。
魔物の力を得る代わりに、容姿が異形のものへ変化してしまう。あと、体が変化に耐え切れずに結構な確率で死ぬ。
治療法が存在しない奇病だ。
「両親からは捨てられ、村からは忌み子として化け物扱いされた。そんなウィルをかばった俺もな」
ヴァイスがため息を吐いた。
よほど思い出したくもない記憶らしい。
「少し話が変わるが、この国は種族による差別はしないっていうのが国の方針だろ?」
「だね。街に行ったら人族以外の種族の人たちもいっぱいいるよ」
獣人とかは結構いるね。
たまにエルフなんかも。
商業区に行ったら、ドワーフが結構な確率でいるよ。
「だが、当然差別的な人間も存在する。人族至上主義を掲げるやつとかな。そういったやつらは、平等を謳うこの国では息をひそめている。ひそめないと周りから叩かれるからな。……だが、俺の村の人間たちは違った。村人全員が人間至上主義なら、わざわざ息をひそめる必要なんてなかった」
「絶対に、あの頃には戻りたくない」
ウィル君がぽつりと呟いた。
それほどまでにひどい生活だったらしい。
「そして何よりも、村人たちは残酷だった。俺たちを忌み子だの化け物だの言いつつも、決して殺そうとはしてこなかった。その代わりに、奴隷のように酷使させられた。重労働から魔物が出た時の肉壁、果てはただのストレス発散や憂さ晴らしのための暴力の捌け口にされたこともあったな。最低限の食事は与え、生かさず殺さず使い潰す。そんなやつしかいなかったからこそ、俺は相手の目を見るだけでそいつの人間性が分かるようになったんだ」
「そうだったんだ……。すごく、つらかったに決まってるよね……」
追放されて一度殺されかけただけの私よりも、はるかに苦しい思いをしたはずだ。
死にかけたことだって何十回もあったに決まっている。
「それが十年ほど続いたある日、いつものように監禁されている俺たちの前に黒い水晶が現れた。それに力を与えられてダンジョンマスターになったのが俺たち。そして、これがこの村で起きた真実だ」
真実を聞かされて、私は何も言えなくなってしまった。
それはイリスちゃんも同じようで、沈黙が訪れる。
その沈黙を先に破ったのはヴァイスだった。
「……俺たちは人間、だった。数日前まではな。そんな俺たちを、お前は人間として扱ってくれた。嬉しかったぜ」
うっすらとだけど、最初から察していた。
なんとなく、こうなる気がしていた。
「世界は残酷だな。お前は俺たちと戦いたくなくても、俺たちを倒さないといけないんだからな」
「僕もお姉さんたちとは戦いたくないけど……それは無理だよね」
私たちはこのダンジョンのコアを破壊するために来た。
コアを破壊すれば……ダンジョンボスは死ぬ。
「復讐はやめてって言っても、聞き入れてはくれないよね」
イリスちゃんが構える。
「ああ。俺たちはこの力で、この村の連中のような人間を葬る。考えを変える気はないぜ」
……私も腹をくくるしかないか。
「化け物と恐れられ、蔑まれ、虐げられてきた俺たち兄弟の――いや、“化け物兄弟”の力を見せてやる」
「覚悟してね、お姉さんたち」




