第三十一話 Sランクダンジョン攻略(聖炎鳥の翼視点)
「いくぞ」
フレイが庭園の門に手をかける。
聖炎鳥の翼一行がSランクダンジョンの話を聞いてから一週間後。
彼らはSランクダンジョンにやって来た。
「ええ。油断してはいけませんよ」
「わかっている。難易度が難易度だ。出し惜しみはしないさ」
「あのクソババアの話だと、出てくるのは植物系の魔物って話でしょ。私が残さず焼き尽くしてやるわよ」
彼女の言うババアとは、アルクスのギルマスのレイナのことだ。
自分こそがすべてなスカーレットにとっては、彼女より容姿が優れている女性を嫉むのも当然だった。
かつてシズにそうであったように。
「スカーレット、油断はするな。足をすくわれかねねぇぞ」
「ハッ。舐めてんじゃないわよ」
フレイが門を開ける。
彼らはSランクダンジョンに踏み込んだ。踏み込んでしまった。
その先に待つ運命を知ることもなく。
「【魔法剣・炎】!」
「シールドバッシュ!」
「スロウ!」
庭園で待ち受ける植物モンスターたちは、ハッキリ言って相手にならなかった。
フレイたちと植物モンスターの間には、数が多かろうと手数が多かろうと覆すことのできない相性差があった。
炎をまとった剣を卓越した剣術を以って振るうフレイ。
敵の攻撃を受け止め、弾き返して隙を作り、時には燃え盛る紅蓮の剣で敵を斬り裂くグレン。
デバフと回復魔法で的確にサポートするニトロ。
彼らの前では、植物モンスターの群れは雑草も同然だった。
シズのバフだけで簡単に強くなれるほど世界は甘くない。
期待の冒険者や未来のSランクなどと持て囃されてきた彼らには、そう言われるだけの確かな実力があった。
恵まれたスキルに戦闘センス、息の合ったチームワーク。
そして何よりも、彼らが圧勝しているのはスカーレットの存在が大きい。
「フレイムノヴァ!」
ヒトクイソウを巻き込んで爆発が生じる。
それだけにとどまらず、発生した灼熱の爆風が周囲の植物モンスターを焼き払っていく。
他の魔物に守られるように後方で待機していたレインボーフラワー。そいつの生み出した状態異常を引き起こす花粉ごと焼き尽くす。
「雑魚はすっこんでなさい!」
勝ち誇ったような表情で言い放つスカーレット。
彼女の魔法の一発一発の威力はフレイよりも弱いが、その分攻撃範囲が広い。
今回みたいな敵との相性は、最高に良かった。
「なんかいるな」
「陣取って動く気はなさそうだな」
「つまり中ボスってわけですか」
特に苦戦することなくダンジョンを進んだフレイたちは、庭園を流れる川の上にかかる大きな橋の手前までやって来た。
ここは、のちにシズたちが騎士道精神あふれる暗黒騎士と戦うことになるあの橋だ。
「中ボスってことは、わざわざあの橋を渡ろうとしなければ戦う必要はないんでしょ?」
スカーレットが自信ありげに聞く。
それに答えるのはフレイ。
「確かにそうだが……厳しいと思うぞ。強そうなワニの魔物が川を泳いでいる」
フレイが指さす先では、水面から頭を出しているワニが月光に照らされていた。
「川の中にはあれの他にも魔物はいるだろ。このダンジョンは、何がなんでもあの橋を渡らせるつもりのようだぞ」
「あれはおそらくA+ランクのダークナイトという魔物ですね。騎士としての卓越した技量に加えて、狡猾の限りを尽くす知性の持ち主。普通ならまず苦戦する相手です」
「なら、なおさらよ! そんな面倒な奴の相手をするのは嫌だわ」
スカーレットはめんどくさそうに言い返すが、
「川の魔物は未知数です。ダークナイトよりも危険――」
「うるさいわね。ニトロは黙ってなさい! こうすればいいでしょ! 凍える世界!」
スカーレットが【上級氷魔法】スキルを使った。
その瞬間、川の一部が凍って氷の道が出来上がる。
「凍える世界」という名にふさわしい魔法だった。
「魔物が近寄って来れないように結構深くまで広範囲を凍らしたわ。さっさと行きましょ」
「あ、ああ……」
フレイたちは、ずかずかと進んでいくスカーレットのあとを仕方なく追いかけるのだった。
ダークナイトの「卑怯者」とでも言いたげな視線を受けながら川を渡り切った一行は、セーフポイントで一度休憩をとってから攻略を再開した。
マナポーションで魔力を回復した一行は、相変わらず苦戦することなく進む。
「なんで庭園に熊の魔物がいるんだよ!」
「雰囲気ぶち壊しですね……」
「近くにミツバチの巣でもあればまだ納得いくんだがな……」
「センスないわね」
ときどき出てくる庭園味が全くない魔物たち。
このダンジョンの魔物の配置センスに呆れつつも、彼らは庭園エリアの中ボスの間にたどり着いた。
「なんだこいつは……」
またしても出てくる庭園にそぐわぬ見た目をした魔物。
彼らは筋肉質な足が三つ生えた巨大なトマトを見て困惑するのだった。
「なんの魔物なんでしょうかね……?」
「さあな。まあ、植物である以上炎には弱いだろう」
「ああ。いつもの陣形で攻めるだけだ。攻撃が未知数だから、よく見て注意するように」
「どうせ他の雑草と何も変わらないわよ。私が焼き尽くしてあげるわ!」
彼らを敵と認識したトマトの化け物(彼らは知らないが、種族名はトマティーヌ。ランクはA+だ)が、三本の足で力強く跳躍!
空中で背中から果汁を噴出!
勢いをつけたメテオスタンプが炸裂する。
が、フレイとグレンはすぐに散って攻撃範囲から逃れた。
「アンチパワー! スロウ!」
スタンプ後のわずかな隙をついて、ニトロのデバフがヒット。
トマトの動きが遅くなる。
そこへすかさずスカーレットが【上級炎魔法】を放つ。
「エクスプロージョン!」
刹那、トマトを包み込んで爆炎が発生する。
攻撃をもろに喰らったトマトが膝をつく。
その瞬間を狙ったように、フレイとグレンの息の合った挟撃が決まった。
「リコピン……! リコピィィィィィンッ!!!」
膝をついていたトマトだったが、叫びながら気合で無理やり立ち上がった。
それと同時に、トマトの前方に赤い光が集まっていく。
「何かする気だ! 気をつけろ!」
フレイが忠告するがもう遅い。
神速の速さで発射されたトマトビームが、スカーレットの体を呑み込んだ。
その速さは、のちに彼の後任となるキョダイコンの大根ビームとは比べ物にならないほど速い。
だが、しかし、重大な欠点があった。
一発目に喰らった時は、攻撃魔法ではなく回復魔法として判定されるのだッ……!
「きゃああああああああああああ……あれ?」
赤い光が消え去った時、スカーレットは驚いた。自分が無傷だったことに。
だが、そんなことは一瞬でどうでもよくなった。
長年苦しんできた肌荒れが、嘘のようにきれいさっぱりなくなっていたのだ。
それだけじゃない。艶やかなみずみずしい肌になって、なぜか体の奥底から力があふれてくる。
ダンジョン攻略でたまった疲労も、きれいさっぱり消えていた。
今なら強力な魔法が放てると、本能で理解できた。
これがトマトビームの一発目の効果。
濃縮されたリコピンの力により肌が若々しくなり、さらに血流が良くなることで身体機能や魔法の威力が大幅に上がる。
おまけに体力と疲労回復効果まで。
「何この魔法!? もっと浴びたいわ!」
だからこそ、スカーレットのような人間は欲を出す。
トマトビームの効果を知った気になって。二度受けるとどうなるのか知ることなく。
この魔法を浴び続ければ、何もせずとももっと美しくなれる!
もっと強くなれる!
だが――
「未知数だ! 危険すぎる!」
「ああ。フレイの言う通りだ」
「あの魔法には何か裏があるかもしれませんよ」
優秀な仲間たちが、二度目のトマトビームを撃たせることなくトマトに決定打を与えた。
トマトが光の粒子になって消えていく。
スカーレットはがくりと膝をついた。
「何してんのよ、馬鹿! せっかく美しく、強くなれるところだったのに……」
トマトビームの効果が一回目と同じままであれば、スカーレットの言っていることは実現しただろう。同じままであれば。
トマトビームを二度受けるとどうなるか。
一度目はプラスの効果しかなかったが、二度目で一気に凶悪な魔法と化す。
喰らえば体内の血液がゆっくりとトマト果汁に変換され、さらに動脈硬化、高血圧、心筋梗塞、脳梗塞を患ってしまうのだ。
回復魔法では、体力の回復はできても失った血の回復まではできない。
故に欲を出してもう一度受けていたら、スカーレットは壮絶な苦しみを味わって死んでいただろう。
だが、スカーレットがそのことを知る機会はない。絶対に。
教会の中に入った彼らは、何もない大ホールを抜けた先のセーフポイントで一夜を過ごすことにした。
この次のセーフポイントがどこにあるのかはわからない。
だからここで休んで、翌日万全な状態で攻略を再開するべきだと判断して。
「ここを踏破できたら、実質二票獲得できたようなものだ。ディアブル大迷宮はここより簡単だからな」
「ああ。最強の冒険者になるのは俺たちだ」
「あったり前でしょ! 私がすべての魔物を倒してやるわ! 今ならそれくらい余裕よ!」
「うまくいけばいいのですがね……」
夜が更けていく。
運命の日が刻一刻と近づいていた。




