第二話 奈落の底で
「ここは……」
気が付くと、私はベッドの上で横になっていた。
目線の先には知らない天井がある。
……確か追放されて……それでフレイたちに奈落の底に突き落とされたんだっけ……。
落ちてる最中に一メートルくらいのプテラノドンみたいなのが襲いかかってきて、私は無我夢中でそいつの攻撃を受け流して胴体にしがみついた。
そこまでは覚えているけど、その先はわからない。
……いや、でも、奈落の底に落ちて助かるとも思えない。
もしかしたら全部夢な――
「お目覚めかな?」
後ろのほうから声が聞こえてきた。
それと同時に、部屋の中に光があふれた。
「誰!? 何!?」
聞き覚えのない女性の声。
反射的に後ろを振り向くと、金髪の美少女が部屋の端にある机に向かって腰かけていた。
謎の光は彼女の手元からあふれ出ている。
「私はイリス。ここの家主みたいなもんだよ」
イリスと名乗った少女は、そう言って優しく笑った。
横顔しか見えないけど、笑顔がてえてえ。
「ど、どうも。私はシズって言います」
「よろしくね。“転生者”さん」
「ッ!? なんでわかったの!?」
私はとっさに身構えたが、彼女はそれを気にも留めずに話を続けた。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。【鑑定】スキルを私が持ってるってだけ。奈落の底で大ケガしてるシズちゃんを見つけた時に、状態を調べるために【鑑定】を使ったんだよ」
「……それで私が転生者だって分かったんだ」
……彼女の言うように、私は転生者だ。
前世は日本人の男子高校生だった。
だからなんだって話だけれど。
死んだ時は十七歳で、今はもう十八歳だし。
「呼び方なんだけど、君のことイリスちゃんって呼んでいい?」
「いいよ」
「イリスちゃんが私を見つけた時ってどんな状態だったの? さっきは大ケガって言ったけど、今の私は傷一つないのが不思議だなぁって」
イリスちゃんの手元の光が収まる。
中から出てきた機械の腕らしきものが、突然パッと消えた。
「イリスちゃんって【アイテムボックス】持ち?」
「そだよ」
【アイテムボックス】。
それは異空間の中に物を仕舞うことができるスキル。
物を持ち運ぶにはこれ以上ないくらいに便利なスキルだ。
ちなみに、元仲間のニトロ(神官)も【アイテムボックス】を所持していた。
「シズちゃんを見つけた時の話だったね」
イリスちゃんがベッドにやってきて、私の傍に腰かけた。
作業はさっきので終わりみたい。
「奈落の底を散歩してたら、大毛玉ウサギって魔物が目の前で突然潰れて死んだの。レッサープテラって魔物が奈落の上から落っこちてきて、大毛玉ウサギに激突したのが原因なんだけどね」
レッサープテラって、私が無我夢中でしがみついたやつかな?
「ダンジョンだから当然死体は消えるわけじゃん?」
「うん」
ダンジョンで魔物を倒したら、ドロップアイテムだけ残して魔物の死体は消える。
当然押しつぶされて死んだウサギと落下死したプテラは消えるわけで。
「そして、そこに残っていたのがシズちゃんだったってわけ」
「ウサギとプテラをクッションにしたから、なんとか助かったってこと?」
「そういうこと。それでも血まみれで全身骨折だったから、シズちゃんが助かったのはホントに運が良かったんだと思う」
「そうだったんだ……。でも、それだと、どうして死にかけの私は助かったの? もしかして、イリスちゃんは凄腕の回復術師だったりする?」
全身骨折した実感がないくらいに、今の私は調子がいい。
その理由はすぐにわかった。
イリスちゃんの次の発言によって。
「そんなことないよ。【鑑定】で調べたら命のろうそくが消えかかってたから、とっさにエクスポーションで着火しただけだよ」
なるほど。それで私は助かったのか。
エクスポーションのおかげで。エクスポーションで。エクスポーション……。
「エクスポーソン!?」
エクスポーションって、エリクサーの一個下のランクのやつじゃん!?
エリクサーほどではないけど、飲めばケガなら一瞬で完全再生するとか言われてるやつ……。
「声が裏返ってるし噛んでるけど、普通そんな驚く?」
「いや、驚くよ! 誰だって絶対に! エクスポーションってとんでもない値段が付く薬なんだよ!? 私じゃどうやっても払えないよ! ……こうなったらもう、身売りしか残されてない……! 私をイリスちゃんの奴隷に……」
一生イリスちゃんにこき使われて恩を返さねば……!
「ストップストップ! 落ち着いて! 私には必要のない道具だったんだよ。私にはポーション類は効果を発揮しないからさ。シズちゃんを助けるために使ったこと後悔してないよ」
「ホントに……?」
「ホントホント。そんな恐る恐る聞かなくてもいいよ。嘘ついてないよ?」
そこまで言われたら、引き下がるしかない。
彼女の厚意を無下にするわけにはいかない。
だから、私は全力でお礼を言った。
「イリスちゃんのおかげで助かりました! ありがとうございます! 私にできることがあったらなんでも言ってください! お金はいらないって言っても、エクスポーションのお礼はしないといけないから! なんでもしますから!」
「私の言うことだったらなんでも聞くの?」
「うん!」
恐れ多くて断れませんよ。
「エッチなことでも?」
「え!?」
え、えっちなこと……。
私とイリスちゃんが……。
「は、恥ずかしいけど……イリスちゃんならいいよ」
「反応がかわいい……じゃなくて、冗談だから真に受けなくていいよ。からかい甲斐がありそうだったから言ってみただけ。それよりも、なんで奈落の底に落ちてきたのか教えてくれるかな? ここのダンジョンは下の階層に行くほど強い魔物が出るようになるんだけど、それはあくまで正規ルートでの話。この奈落は完全に非正規ルートだから、まず人間が下りてくることはない。なのにシズちゃんは一人で奈落の底にやってきた。言いたくなかったら言わなくていいけど、相当な事情があるんでしょ?」
イリスちゃんにそう聞かれて、私は俯く。
暫く考えた後、すべてイリスちゃんに伝えた。
イリスちゃんになら全部話してもいい。そう思ったから。
それに、誰かに話して楽になりたかった。もやもやを消したかったから。
「――追放、か……。つらかったでしょ?」
イリスちゃんが私の頭を優しくなでてくれる。
「裏切られたのはショックだったよ。だけど、イリスちゃんに話せて楽になった。踏ん切りがついたよ。全部聞いてくれてありがと」
「シズちゃんは強いね。絶対に強い冒険者になるよ」
それは、せめてもの慰めなのだろう。
「……気持ちはうれしいけど、私には無理だよ。もう仲間もいなくて――」
イリスちゃんが私の言葉をさえぎって、両肩をガシッと掴んできた。
そして力強い瞳でのぞき込んでくる。
イリスちゃんの気迫に気圧されて、私は言葉が出なくなった。
「幼馴染はいなくなっても、シズちゃんが“最強の冒険者”を目指して頑張ってきたのには変わらない。それを簡単に諦めるつもり?」
イリスちゃんにそう言われて、私はハッとなった。
……そうだ。フレイがいなくなっても。たった一人になっても。
私の夢は何も変わらないんだ。
「……諦めたくない。こんな理由で夢から覚めるのは嫌だ!」
イリスちゃんが私を見てフッと笑って。
「よく言った! じゃあさ、私と一緒に“最強の冒険者”目指そうぜ」
私はイリスちゃんの提案に目を丸くした。
「シズちゃんの“ギフト”を教えてあげるよ」
「私の……ギフト?」
ギフトとは、スキルと似たようなもの。
だが、その効果はスキルよりも圧倒的に高い。
スキルは十歳になった時に必ずもらえるけど、ギフトはごく一部の人間だけが生まれた時に与えられるもの。
故に“女神からの贈り物”と呼ばれている。
「ギフトって後天的に授かることはないって言われてて、私は昔調べてもらった時に授かってないって言われたんだけど……」
「ん~。よくわからないけど、シズちゃんは後天的に授かったっぽいよ。すごいのが二つもあったもん」
「ふたちゅも!?」
「驚くと噛んじゃうのかわいい。で、もちろん聞きたいでしょ?」
「もちろん!」
イリスちゃんが大きく息を吸う。
「シズちゃんのギフトは!」
イリスちゃんが漫才でもそうそうないくらい長く間をためてから、口を開いた。
「それは【バフ盛り料理】と【収納】だよ」
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