第十話 魔狼王
ディアブル大迷宮のすぐそばにある森の一角で、狼系の魔物が一堂に会していた。
その数は百匹を優に超える。
この森にいる狼系の魔物がすべて集まったと言っても過言ではない。
それが軍隊の様に整列している光景は異様だった。
『これより戦争を開始する!』
整列した狼たちの前で【念話】を使って声をはり上げているのは、一匹の巨狼だ。
全身が漆黒の毛でおおわれており、金色の毛が稲妻のように走っている。
鋭利な爪と牙を持って、鋭い眼光を放っているソイツが叫ぶ。
『これよりニンゲン共を血祭りにあげようぞ……ん? なんだ?』
突如、ソイツの目の前に光が発生。
その次の瞬間、そこには二人の人間が立っていた。
◇◇◇◇
『これよりニンゲン共を血祭りにあげようぞ……ん? なんだ?』
私たちが目を開くと、そんなことをのたまう三メートル越えの狼が目の前に鎮座していた。
「イリスちゃん、この魔物は?」
「A+ランクの魔狼王。レベルは100だよ」
うわ。あの人喰いシャ……人喰いパンダとおんなじくらい強いじゃん。
そんなやつがなんでこんなところにいるの?
ディアブル大迷宮の近くって、初心者でも倒せるレベルの魔物しかいなかったはずなんだけど……。
『何者だ、ニンゲン。なぜ急に現れた?』
フェンリルが高圧的な態度で問いかけてくる。
「すぐに食い殺してやる」とでも言わんばかりの態度だった。
「あの~、人間を血祭りにあげようとか怖いんでやめてもらっていいですか?」
一応聞いてみる。
やめてくれなさそうだけど。
『何を馬鹿なことを言っている? 矮小なニンゲンごときの言うことなど聞くわけないだろう』
「でもそれってあなたの感想ですよね。あなたが襲いかかってくるなら倒さないといけなくなるんですが……」
『私を倒すだと? やはりニンゲン。愚かにもほどがあるぞ!』
「でも、それもあなたの感想ですよね」
「シズちゃんがパンツ見せるってことで手を打っていただけませんかね?」
「イリスちゃん何言ってんの!? 狼でも嫌だよ!?」
『いちいちうるさい! 目障りなニンゲンめ!』
私たちの態度が癪に障ったのか、そう言いながらフェンリルが噛みついてきた。
交渉決裂らしい。
成立してもパンツは見せないけど。
「ダークバインド!」
闇の腕を作り出してフェンリルを拘束する。
フェンリルの鋭い牙が私の顔に触れるギリギリのところで止まっていた。
『何が……』
「うわっ……。言いにくいんだけど、ブ〇スケア食べたほうがいいと思うよ? ほら、口臭って人に嫌われる要因だったりするからさ」
「それは草。息が臭いだけに」
『馬鹿にするなァァァアア! 噛み殺してやるゥゥ!』
フェンリルが闇の腕を引きちぎる。
そして噛みついてきた。
『ぬ……!』
だが、空ぶる。
「火事場の馬鹿力すごいね」
横に跳んで躱した私は、腕に闇をまとった。
闇がソードの形になる。
「喰らえ! ベジ〇トソード!」
私はそれを振り下ろした。
フェンリルの頭がスパッと斬れて宙を舞った。
「討伐完了!」
フェンリルの配下だった狼たちが、シーンと静まり返ったあと一目散に森の中に逃げていった。
「どうする?」
「あれはもともとこの森にいた魔物だから追わなくていいよ。強くないし」
「了解」
フェンリルの死体を仕舞った私たちは、冒険者ギルドに向けて出発した。
冒険者登録した時にもらえるギルドカードは、基本的に年三回……つまり四ヵ月に一回はギルドで更新しないといけない。
しなかった場合、手続きやそのための料金(高い)の支払いが大変なのだ。
何が言いたいかというと、私は奈落の底に三ヵ月もいたから結構ピンチなのである。
まだギリギリ大丈夫だと思うから、今日中に済ませておきたい。
内心ガクブルしてるよ? ホントに。
というわけで、ディアブル大迷宮のすぐ近くの街にやってきた。
ジョーノウチという住民全員顎がシャクレていそうな名前の街に。
街の入り口で衛兵によるチェックがあるが、身分証を持っている私はすんなりと通れた。
身分証を持っていないイリスちゃんは通行料を払うことで通った。
ギルドカードを持っていたら通行税を払う必要はない。
ギルド側が報酬金などからあらかじめ税金の分を引いてくれるからだ。
「シャクレてる人たまにしかいないね」
「さっきからキョロキョロしてるなって思ったら、そういうことなのね」
大通りを進んでギルドにやって来た私たち。
受付で手続きをするべく建物内に入ると、なぜかはわからないがギルド内は喧騒に包まれていた。
ギルド内が騒がしいのはいつものことだが、それは賑わっているという意味だ。
だが、今回は違った。
人が慌ただしく駆け回っている。
状況を把握すべく、私たちは空いている受付に移動した。
「すみません」
「なんでしょうか?」
「今来たばかりなのですが、なんでこんなに慌ただしいのですか?」
「近くの森に強力な魔物が出現したことによって、緊急依頼が出されたからですよ。今、街の外へ出るのは危険ですから、やめておいたほうがいいですよ」
緊急依頼とは、危険度が高く迅速に対応しないといけない魔物が出現した時など緊急時に出される依頼だ。
基本的に高ランクの冒険者パーティーは強制参加させられる。
改めてギルド内を見渡してみたら、集まっているのはBランクパーティーばかりだった。
今思えば街の入り口も騒がしかったけど、この件が関係してたのか。
「その魔物について教えてもらってもいいですか?」
一応私はAランク冒険者だ。
それに、奈落の底で鍛えた私たちは強い。
当然参加するわけだけど、先に情報収集だ。
情報はホントに大事だよ。
今回はちょっとニュアンスが違うけど、無知ほど恐ろしいものはないからね。
「……口止めはされてませんし、いいでしょう。この街を出て北にある森、ディアブル大迷宮の近くの森にA+ランクの魔物がいきなり現れたんです」
ほほう。そんなことが。
それは一大事だ。
その魔物のレベルや種族によっては、人喰いパンダ並みに強いかもしれないからね。
「発見したのはDランクのパーティーで、一人を除いて他の全員は殺されたそうなんです」
ふむふむ。
「生き残った冒険者が言うには、自分はあえて生かされたのだそうです。その魔物たちがこれから街へ進行して人を襲うということを伝えさせるために」
なるほど。
それで、魔物たちの侵攻に備えて急遽高ランクの冒険者を集めている。
それが今ってことね。
「その魔物は魔狼王っていうのですが、悪趣味な魔物ですよね」
んん?
A+ランクのフェンリル。
ディアブル大迷宮の近くの森に出現。
人間の街に侵攻。
……待って。心当たりしかないんだけど。
「あのー、もしかしなくてもそのフェンリルってこいつですよね?」
私はフェンリルの死体をギルドの床にポンっと置いた。
「え……?」
受付のお姉さんの目が点になった。
騒がしかったギルド内が、一瞬で静かになった。
そして――
「「「「「「「えええええええええええええええええええええ!!?」」」」」」」
っという、叫び声がギルド内に響き渡った。