3.俺は心に30のダメージを負った
幼なじみの咲良の見舞いを終えた俺は、その後家に帰り、玄関の扉を開けた。
――ガチャッ
「ただいまー」
シーンとしている家に入った俺は、誰も居ないとは思ったが一応ただいまの挨拶をした。
すると、リビングの方から『ドドドド』と、慌ててコチラに向かう足音が聞こえてきた。
「おかえり、お兄ちゃん!」
小さい女の子が「おかえり」と言うと、俺にハグをしてきた。
妹の、翡翠であった。
中学生である。
「お、おう、ただいま翡翠。
どうしたんだ、今日は?」
俺たちは、他の家の兄弟に比べて、恐らくだが仲が良い方だと思う。
だが、妹がいきなりハグをしてくるなぞ、殆どない。
少しパニクったが、ここは兄として冷静に対応した。
「バナナ……買ってきた?」
……あー。そうだ。
バナナのお使いを頼まれていたんだった。
バナナと言うと、翡翠の大好物である。
バナナは忘れずに買ったのだが、スポーツドリンクなどと一緒に咲良に渡してしまった為、手元にないのだ。
これは困った。
「す、すまん翡翠! ちゃんと買ったんだが……咲良の見舞いに行った時、一緒に渡してきちまった」
正直に話した。
「んー、そっか! それなら仕方ないね!」
妹の翡翠は、咲良の事が大好きなのだ。
しかし納得したみたいではあるが、少し落ち込んでいるようだった。
まぁ、たまには我慢も必要だろう、うん。
ここで俺は、妹から見た自分の容姿が気になったので、妹に聞いてみる事にした。
「なー、翡翠」
「なぁーに?」
「俺のことは、好きか?」
「好きだよ?」
「俺って、かっこいい?」
「んー……ブサイクかな!」
笑顔で翡翠が答える。
「ぐはぁ!」
俺は心に30のダメージを食らった。もはや口から血が出てきそうだった。
俺がブサイクなのは分かりきっていた事だが、面と向かって妹に言われるのはショックであった。
やはり、それは心に来るものがあったのだ。
「あぁ、悲しきかな、俺の人生」
右腕で目元を隠し、天井を見上げて泣きかけた。
「お兄ちゃん大丈夫? はい、ハンカチ!」
翡翠はそう言うと、自分の上着のポケットに徐ろに手を突っ込み、ハンカチを取り出した。
うぅ……俺の妹は何故こんなに良い子なんだ……。
と言っても、この状況を作ったのは妹なんだがな……。
「俺をこんなに好いてくれるのは、お前だけだよ。翡翠……」
項垂れるように翡翠に抱きつこうとしたが、俺はそのまま顔面から床に倒れた。
翡翠に避けられたのだ。
「うわっ……何か気持ち悪いんですけど……私、変な意味で好きって言ったんじゃないし」
そして翡翠は、そそくさとリビングへ戻って行った。
「うぅ……俺はなんて惨めなんだ……」
玄関で四つん這いになりながら、声を絞り出すように言った。
年頃の女の子の扱いは難しすぎる。
何気に俺の事を好いてくれている妹がこれなのだから、俺の事をどう思っているか分からない学年一のヒロイン、山下 涼など、上手く接する事が出来ましょうか? いいえ、出来ません!!
俺は一人悲しみに暮れていたが、何時までも玄関で四つん這いになっていてはいけないと冷静に判断し、自分の部屋に行く事にした。
そして自分の部屋に戻った俺は、改めて自分の容姿を確認する事にした。
俺の部屋には、大きな全身鏡があるのだ。
昔昔に親戚だか誰かにプレゼントされた物である。
まぁ、これまで使ったのは数回程度なのだが。
本当はよく見たらカッコイイのではないか? と、淡い期待を寄せて鏡の前に立った。
そして自分の顎に片手を当て、眺めるように鏡に映った自分の容姿を確認する。
「どれどれ……ゲッ!!」
俺は戦慄した。
何故俺はこんなにブサイクなんだ? と。
自分のブサイクさには、自分でさえも驚く程であった。
髪はボサボサで非常に長く、顔さえも隠すほど長かった。
また視力の低い俺は、度の強い丸メガネを付けていたのだ。
これはまさに、これまで自分の容姿を全く気にかけてこなかった賜物であろう。
鏡に映った現実を受け止め、大きくため息をついた。
だがしかし、身長はそれなりにあるし、スタイルも悪くは無いのだ。
……多分。
残酷な現実を体全体で重く受け止め、悲しくなった俺はそのままベッドに横になった。
そして、気付いたら朝を迎えていた。




