表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ショートショート

救世主おにぎり

作者: 皿日八目

1 

 小麦が死滅してはや三か月。食卓からパンが消えて久しい。


 クローン技術が発達した現代、ひとつでも小麦が残っていたなら増やせたはず。しかしあまりにありふれた穀物だったため、だれも手元に残していなかった。


 しかし、ここにひとつ生き残った小麦がある。

 それはおにぎりの中にあった。


 この家のヘレン夫人は、食材同士の思いがけない出会いを演出するのを生きがいとしていた。早い話、何でも掛け合わせてしまうのだ。

 そんな冒険の産物のひとつ、それこそが「パンおにぎり」であった。


 旦那のジョニーさんの食べ残したトーストの欠片を入れただけのこれ、冷蔵庫の奥底に封印されてはや三年。しかし今が目覚めの時だと、天啓がこのおにぎりに降った。


「行くがよい握り飯の使徒よ。汝に眠れる希望を届けに!」


 さあて今朝はなにを作ろうかしらっ、と冷蔵庫の扉を夫人開けたれば、すかさず飛び出すパンドラおにぎり! 残像をにじませて窓から出発。あ然とする夫人をただ後に残して。


 道行く人、転がるおにぎりを見て嬌声を上げる。なにせもうパンはないのだ。おにぎりはいまや極大の人気を誇っていた。


「キャアアアおにぎりだアアアア」「あやかりてえ!」「くわせろ」


 そんな声も聞こえずと(おにぎりに耳はなし)無言で突き進むこの三角形。


 しかし心には葛藤があった。もうすぐで国の研究所へ着いてしまう。そうなればこのおにぎりは用済みと解剖され、中の小麦を取り出されてしまうだろう。なに、このおにぎりは自分がバラバラにされることを恐れているのではない。そんなやわなおにぎりではない(冷蔵庫に三年はいっていたのだぞ!)。ただ、仲間のことを思っていたのだ。

 

 小麦が再生されれば人々はまたパンを食べ始める。そうすればせっかく得たおにぎりの人気、元の木阿弥。自分の行動が仲間にもそれを強いるのだ。


 ……しかし。


 おにぎりは転がる。高速度で転がる。街をゆくとろい人、車、そのどれよりも速かった。


 もはやおにぎりに迷いはない。ただ使命を果たすことだけを考えていた。


 いま、そのおにぎりが研究所の入り口へ……


2

 なんだったんだろう。あれは。


 男は今朝の出来事に思いを巡らせていた。


 突然、おにぎりがドアにぶつかってきて、ばらばらになったのだ。おかげで、その残骸をおれが掃除するはめになった。おれのせいじゃないのに。


 男はしきりに首をひねる。


 なんだったんだろう。あれは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 何もかも斬新でおもしろかったです!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ