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「よっ、と」

 そんな風に軽い掛け声と共に、上級剣闘士である友人マローク・ヴィスタが槍を扱くと、その気軽さとは裏腹に早く鋭い突きが飛んで来る。

 正面からの突きを、僕が斜めに構えたラウンドシールドで受け流せば、マロークは少し手首を動かしただけで、次はしなった槍の柄を用いた横殴りを行う。

 変化に富んだマロークの連続攻撃を盾で受け止め、或いは往なすが、隙を見せない攻めを前にして、間合いを詰めての反撃を行う事が難しい。

 リスクを背負うならば、強引に踏み込んで状況をこちらの有利にも変えられるだろうが、今行ってるのは練習の試し合いだ。

 そこまで熱くなって手札を曝け出し合うのは、お互いにNGと定めてる。

 何せ御前試合はもうそんなに遠くないのだから。


 見事にアラーザミアで御前試合の出場枠を勝ち取ったマロークは、僕の勧め通りに早目の帝都入りを行い、その滞在場所に僕の屋敷を選んでくれた。

 僕等は互いを強敵だと認めているが、その上で僕を信用し、その身を預けてくれたマロークの気持ちは、友人としてとても嬉しい。

 屋敷にはちょっとした訓練用のスペースも備えており、自然と僕とマロークは毎日そこで打ち合う様になる。

 相手を強敵だと認めるからこそ、御前試合を前にしてこれ以上の訓練相手は居ないからだ。

 でもだからこそ、僕等は相手の信頼を失わない為、必要以上に熱くならない事を己に課していた。

 折角の訓練が、御前試合を前にしての手札の探り合いに変わってしまえば、こんなにつまらない話はない。


「ルッケルは剣が相手だと意味が分からない位に強いけど、槍の相手は割と苦手だな。俺でも何とか戦える位か」

 鞘に納めた穂先に、更に布を巻いて殺傷力を殺した槍をクルクルと回し、ビシリと構えたマロークが言う。

 何を言ってるんだコイツと少し思わなくもないが、今しがた苦戦したのは否定出来ない事実なので、僕は曖昧に頷く。

 僕からしたら大抵の武器は扱えて、尚且つどれも上手い何て方が意味が分からなかった。

 そもそも別に僕は槍の相手だって然程苦手じゃないし、単にマロークが上手いから攻めあぐねただけである。 

 あれで何とか戦える何て言われたら、僕の立つ瀬はない。


 しかしそれでも、

「あぁ、これじゃあ鎧騎士相手にするのは難しいよな」

 そう、ウェーラー王国の騎士を相手にするのは些か厳しいだろう。

 確かにマロークの槍は上手いのだけれど、全身鎧を着込んだ相手を叩きのめせるだけの威力には欠けているから。




 僕は皇帝陛下から聞いた話の全てではないが、その一部、ウェーラー王国の騎士が御前試合に参加する事を、マロークには伝えた。

 マロークも僕と同じくトーラス帝国出身の剣闘士で、尚且つ騎士の家の出であるから、皇帝陛下の言う優勝が望ましい剣闘士の一人だ。

 だからこそ僕は事前に対策を練らせる為、騎士の参加を伝えたのだけれど、どうやらマロークはそれだけで色々と察したらしい。


 実の所、西方の周辺国が対帝国で固まったとしても、すぐさま帝国が危機に陥る事はない。

 西部、北西部、南西部に、それぞれ方面軍が三万ずつ存在するし、各都市の守備軍、領地を持つ貴族が抱える兵も存在するからだ。

 我が家、ファウターシュ男爵領を例に出すなら、常備兵力として抱える家臣は最近三人増えたので十五名で、人口五百人程の村を五つ抱えるから、兵を募れば百か二百は集められる。

 まぁ男爵家としては良い方だろう。

 これが領地持ちの伯爵家ともなれば、千や二千、或いは大きめの家なら三千の兵を捻出するかも知れない。

 他にも大都市であるアラーザミアには都市防衛の為の常備兵が三千もいて、更なる動員を掛ければ三万程は集まる筈だ。

 この様に方面軍に貴族軍、都市から派遣された援軍が合流すれば、数十万の軍勢が集う。

 それが可能な程に、帝国は大国にして強国である。


 因みに五千から一万の兵の集まりを軍団と呼び、僕に与えられた軍団長は、それだけの数を指揮出来る役職だ。

 伯爵が動員出来る兵数を軽く上回り、侯爵家の軍と同等数を率いてる辺り、この役職の権限は非常に大きい。

 これ以上の数を動かせる役職となると、三個軍団以上を動かす、将軍位以外には存在しなかった。

 とは言っても僕は役職を与えられただけで、実際に軍団を与えられた訳じゃないので、今の所の恩恵は権威と収入だけである。

 勿論軍団を与えられて居たら、戦地に行って戦争したり、国境警備を行う義務が発生するから、権威と収入だけを貰えてる今は破格の待遇なのだ。

 まぁ本当に必要な時には、皇帝陛下から百人隊長や幕僚等の人材や、兵を集める為の資金を与えられると共に、仕事も割り振られるだろうけれども。



 ……さて話は逸れたが、そんな数十万も集められてしまう帝国だから、周辺諸国が寄り集まってもそう簡単には負けやしない。

 と言うかほぼ間違いなく戦っても勝つのだ。

 幾らウェーラー王国の騎士が一騎当千を謳った所で、本当に一騎で千人を相手に出来る騎士が数百人集めれる訳ではない。

 そもそも人間には、一人で千人に勝つなんて真似は不可能である。

 もしも勝ててしまうなら、それは既に人間とは呼べない存在だった。

 悪く言うなら化け物で、善く言ったとしても英雄と言う名の幻想の産物だ。


 僕ならば、例え相手が動かずにその身を差し出して来たとしても、千人は切れない。

 体力と気力が先に尽きるし、掛かる時間だって膨大だ。

 そして動かずに素直に切られようとする敵兵はまず居ないだろう。

 戦場の恐怖に気が可笑しくなってしまっていれば別だけれど、普通は武器を持って抵抗する。

 千人が放つ矢の雨を掻い潜って、千人の中に斬り込んでその全てを殺害するなんて真似は、人間には不可能だった。


 だからウェーラー王国の騎士達を指して言う一騎当千とは、先頭に立って武威を示し、勢いを生み出し、敵を怯ませ、味方を鼓舞する存在の事だ。

 兵に実力以上の力を発揮させ、千人の兵に二千人分の働きをさせられたなら、それは充分に一騎当千の強者と言える。

 勿論ウェーラー王国の騎士全てがそんな逸材な訳がないから、誇張も多分にある筈だが、中には本物だって居るだろう。

 でも所詮はその程度の話なのだ。

 もしかしたら三千の兵を率いて一万には、もしかしたら勝てるかも知れないけれども、一万の兵を率いても十万には勝てやしない。

 強大過ぎる数の力の前には、個人の武で成せる事は限られる。


 なので周辺国が束になり、騎士達が奮戦した所で、帝国は苦戦こそするだろうが、最終的には数十万の兵力を以って全てを押し潰すだろう。

 でもその数を動員せねばならぬからこそ、出来れば周辺国の結束や、起こる戦争は避けたかった。



 当たり前だが、生きてる兵士は飯を食う。

 兵士の中には普段は農業に従事してる者も居るだろうが、兵士で居る間は食料を産まない。

 冷害から幾年か過ぎ、最悪の事態は乗り越えたとは言え、未だに領地が立て直しの終わってない貴族だって、特に北西部には数多く居た。

 いざ兵の大動員が必要となれば、彼等の中にはその負担に耐え切れぬ者も出る筈だ。

 するとどうしても、支出を取り戻す為に敵からの略奪や、手柄を立てての褒賞に期待せざるを得なくなる。


 しかし略奪もそうだし、より多くの手柄を立てるには、防戦よりも侵攻戦の方が都合が良い。

 村を襲えば食料も奴隷も得れるし、溜め込んだ財貨だってあるだろう。

 敵国の領土を切り取れば、その全てではなくとも一部が褒賞として与えられる可能性だって、決して低くはないのだ。

 故に貴族たちの欲に火が付けば、敵国への侵攻を望む声は間違いなく出る。

 そしてその流れは、皇帝陛下であろうとも容易には止め難い。


 帝国は南方にも侵攻を行っているので、出来れば二正面作戦は避けたいのが本音だ。

 しかし南方に侵攻を行っている、帝国の南に領地を持つ貴族は、その御蔭でとても裕福になっている。

 他の貴族が内心でそれを羨ましく思っていない筈はなく、欲に火が付く下地は既に整ってしまっていた。


 ここで違和感を感じるのは、実際戦争になれば敗北するであろうウェーラー王国が戦争を引き起こそうとしてる事だが、彼の国は戦争の敗北までを見据えて、その動きを主導しているらしい。

 仮に戦争が起き、帝国が西方の周辺国家に攻め込んだとしても、位置関係の問題ですぐさまウェーラー王国が狙われる訳ではないのだ。

 他の周辺国家が先に攻め込まれて力を失った所で、彼等の王家や貴族家を保護し、帝国の手から助ける名目でウェーラー王国は周辺国家を併合し、大きな一つの国家となるだろう。

 その上である程度の欲を満たし、攻め疲れ始めた帝国と講和を結べば、西方には巨大な国家となったウェーラー王国だけが残る。

 そんな筋書きを描き、ウェーラー王国は動いているのだろうと、皇帝陛下は予測していた。

 あまりにリスクの高い行動にも思えるが、それを成し遂げる自信があるからこそ、彼の国は騎士と内戦と策謀の国なんて呼び方をされるのだ。


 ウェーラー王国の策謀を止める為には、その為の対価が決して安くは付かないと、事が動き出す前に徹底的に教育してやるのが一番早い。

 御前試合に送り込んだ自慢の騎士が無様を晒して敗北すれば、彼等の誇りと自信には、きっと大きな罅が入る。




「やっぱり両手持ちのウォーハンマーでも用意して、それなりに振り回せる様に調整しておくか。……ルッケル、帝都で武器を扱ってる商人に心当たりは?」

 マロークの言葉に、僕は頷く。

 彼の言う両手持ちのウォーハンマーは、重装の鎧騎士に対して有効打を与え得る答えの一つだった。

 刃を通さぬ頑丈な鎧も、打撃の衝撃ならば幾らかの効果は出る。

 ましてや両手持ちの重量がある物なら、決して侮れないダメージを鎧の中に通すだろう。

 そうやって正解の選択肢を選び取れるマロークの器用さは、やっぱり少しばかり羨ましい。


 武器商人に関しては、僕自身に心当たりはなかった。

 けれども家令のカインス・バッフェルか、興行師のゴルロダに頼めば、武器の取り寄せも出来るし、武器商人の紹介だってしてくれる筈だ。

 上級剣闘士の屋敷を管理するカインスなら、当然帝都の武器商人に関しての知識も一通りあるだろうし、ゴルロダだって、武器を用意出来ない興行師なんていないから。


 いずれにせよ僕等が待ち望んでいた舞台に、無粋にも土足で入り込んで来る一騎当千とやらに対して身の程をわからせてやる日は、もうそんなに遠くない。



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