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「はい? お兄様は悪名を払拭し、名声を得られました。何故これ以上闘技場で戦う必要があるのでしょうか」

 僕が家出を敢行する事になったのは、真顔でそう言った妹の不理解が原因だった。



 帝都での皇帝陛下からの裁き、もとい今となっては主命を果たし、数々の褒賞を持ち帰った僕を、家族は大いに称えてくれた。

 妹のマリーナは僕の無事な姿を見た途端に涙を流したし、弟のコラッドも昔と同じ様に何かと僕にくっついて来る。

 領地の経営も安定していたし、僕が持ち帰った褒賞金があれば、村々の設備の新設、改良だって行えるから、ファウターシュ男爵領の前途は非常に明るかったのだ。


 アラーザミアのザルクマ伯爵家、セルシアン伯爵家からも今回の件を称賛する手紙と、祝賀会へを行ってくれるとの事で、その招待状が届く。

 僕は勿論招きに応じ、マリーナとコラッドを連れてアラーザミアへと向かう。

 ずっと剣闘士をしていた僕が言えた事じゃ無いかも知れないが、妹や弟にだって、そろそろ貴族との付き合い、繋がりは必要だったから。

 皇帝陛下より与えられた軍団長の地位は、下手な爵位よりもずっと権威のある物で、祝賀会での周囲の令嬢が僕を見る目は、以前とはまるで違っていた。

 そう、肉食獣が獲物を狙う目をしていたのだ。

 ……実に怖い。


 ただ軍団長の地位は爵位、家督と違って引き継げる物ではないから、僕一代限り消えて無くなる。

 尚且つ僕がそれを、皇帝陛下の命以外で利用する気がない事をと知ると、おおよそは落ち着いてくれたけれども。

 唯一の例外は件の、以前から僕を贔屓にしているらしいセルシアン伯爵家の令嬢で、最後までアピールが凄かった。

 恩ある相手だし、可愛らしさと綺麗さが同居した容姿の、素敵な令嬢ではあると思う。

 でも僕は、少しあのタイプは苦手なのだ。

 遊ぶ相手としては良いのだろうけれど、『私の騎士様が欲しいです』ってタイプのお嬢さんは、田舎貴族が抱えるには些か荷が重い。


 そう言えば、そのついでにはなってしまったが、アラーザミアで上級剣闘士をしている僕の友人、マローク・ヴィスタとも会った。

 勿論彼は剣闘士を引退なんてしていなかったから、当然妹は紹介しない。

 今、アラーザミアでは御前試合の出場枠を争う、上級剣闘士の対戦が熱いそうだ。

 四大都市の一つに数えられるアラーザミアは御前試合の出場枠も三枠あるが、上級剣闘士も十名近く居る為、枠争いは熾烈を極める。

 そのうち一枠は、恐らく例の逸材、アペリアでほぼ決まりだろうと言う。

 アペリアは今、アラーザミアの剣闘士の中でも飛び抜けた実力を誇り、マロークや、その他数名の上級剣闘士しかまともな勝負にならないらしい。

 僕の知る頃から才に溢れる逸材ではあったが、一体今はどれ程に強くなっているのだろうか。


 以前世話になっていた興行師、ゴルロダとも再会を果たしたが、彼も僕の活躍を聞く度に非常に喜んでくれていたそうだ。

 気が向いたらまた是非闘技場に出て欲しい。

 勿論下級の剣闘士を相手に、中級への門番役として、なんて風に言うもんだから思わず笑ってしまった。

 あぁ、あんな風にまた、勝ったり負けたり出来ればきっと楽しいだろう。

 でも多分、今の僕にはもうそんな事は許されないだろうけれども。



 ……とまぁ非常に楽しく、和やかに、帝都から戻った僕は二ヶ月程の時を過ごす。

 けれども問題はそこからだった。

 ゆっくりと骨休めをし、領地も見て回って不安も無くなり、そろそろ帝都に戻って御前試合に備えた準備をする心算だと告げたが、それに関して妹が真っ向から反対したのだ。

 マリーナは、ファウターシュ男爵領も以前と同様、否、それ以上に良き状態になったのに、当主が何故無用な危険を犯そうとするのかと問う。

 全く以って正論だった。

 反論の余地もない。


 僕が剣で全てを手に入れたのだから、これからも剣を振わねばと言えば、

「後進の指導をなさって下さい。今でさえお兄様は男爵と言う枠には収まりかねる地位と名声をお持ちです。これ以上を得たとして、どこに向かおうと言うのですか?」

 なんて風に返して来る。

 まぁ、そう、実際に祝賀会ではそれは実感したし、これもちょっと反論できない。

 因みに剣の指導は、僕は割と好きだし得意だ。


 皇帝陛下は僕に期待して御前試合の出場権をくれたのだから、出ないのは失礼にあたると言えば、

「領主であるお兄様の役割は領地経営です。それこそがお兄様の戦いの場で、皇帝陛下への忠勤になるのですよ。得た物が大きく、周囲も騒がしく、落ち着くまでは動けない旨をお伝えすれば、陛下も無理にとは仰らないでしょう」

 そんな風に言って来る。

 これに関しては反論出来るが、皇帝陛下に直接会って忠誠心を持った僕と、何も助けてくれなかったのに税だけを持って行くとか、僕を剣奴に落としたとの反感の方が大きい妹とでは、話は平行線にしかならないだろう。

 勿論マリーナだって、帝国が大きく揺らがないからこそ、ファウターシュ男爵領も存在できている事はわかってる筈だ。

 でも多くの奴隷や、繁栄する帝都や、ファウターシュ男爵領の外をつぶさに見てない彼女には、その辺りは頭でわかっても実感するのは難しい。


 そして結局マリーナは、僕が心配なのだろう。

 コラッドは言い合う僕とマリーナを見ておろおろしているし、譜代の家臣達は妹の味方だ。

 そりゃあ外に出稼ぎに行ってた僕と、先頭に立って領地を支えたマリーナでは、信頼度が違う。

 哀しい、泣ける。

 外から連れ帰った家臣である、カィッツ、グリーラ、スェルの三人は、この二ヶ月ですっかりマリーナに躾けられ、逆らう事なんて出来やしない。

 つまり、そう、僕の味方はファウターシュ男爵領には誰も居なかったのだ。



 だから僕は、こっそり抜け出す事にした。

 アラーザミアまで徒歩で行けば、ザルクマ伯爵夫人やマロークに旅費を借り、馬車で帝都に向かえるだろう。

 帝都に辿り着いてしまえば、家は屋敷があるし、剣闘士として戦えば金は幾らでも稼げるのだ。

 実は反対される可能性も、ちょっとあるかなと思っていたので、旅の荷造りだけは以前から少しずつしていたのである。

 言い合いの後に慌てて荷造りをしたなら抜け出す事がばれるだろうから、話を切り出す前に準備は全て終わらせた。

 このやり方は少しズルい気はするけれど、男には戦わなきゃいけない時があるし、戦うべき相手だって僕を待ってる。


 流石に皇帝陛下に貰った新しい鎧は持ち出せないので、泣く泣く諦める。

 まぁ帝都に辿り着いてから、どうしても必要そうならば改めて送り届けて貰える様に手紙を書こう。

 拝謁には礼服を借りれるから、ここから持って行く必要はない。

 ファウターシュ男爵領には、僕以上に気配を読むに長けた人材は居ないから、本気で抜け出そうと思えば止めれる人物は皆無であった。


 そうして、夜陰に紛れ僕は館を抜け出して、そう、十九年間生きて来て初めての家出をしたのだ。

 こうやって言うと、実に恥ずかしくて情けないが。




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