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3-1

 どうしてこうなったんだろう。


 あの日――先週の木曜日、私がの化物を殺して教室に戻った時には、二時間目の授業はもう始まっていた。

 私は具合が悪かったとかそういう言い訳をして、自分の席に座った。

 休み時間になると、杏子は心配するように話しかけに来たものの、詳しく聞かれることはなかった。

 その時は、みんなを守るために嘘をつかなきゃいけなくないなんてことにならなくてよかった、なんて的外れなことしか考えていなかった。

 そして、迎えた金曜日。


 朝、私が教室に入ると、それだけで空気が微妙に変わったような気がした。

 みんなが和やかに談笑していることは変わらないのだけれど、こちらを殊更に見ないようにしているような、ちくちくとした雰囲気。

 それがなにかわからないまま、私は自分の席に座った。

 隣の席で授業の準備をしている相川くんに挨拶する。

「おは――」

 『おはよう』と言い終わる前に、彼はこっちに視線を向けることもなく席を立って教室を出ていった。

「――よう……」

 声を掛ける相手のいなくなった残りの言葉が虚しくこぼれ落ちた。

 ドクンと心臓が鳴って、鳩尾のほうへなにか重く落ち込む。

 もしかしたら――、と一つの疑念が過ぎって、ぶんぶんと首を振った。

(そんなはずない…………みんなそんなことするわけが……)

 とっさに周囲を見回すものの、誰も目を合わせてくれる人はいなかった。

 がたっと椅子を鳴らしながら、思わず立ち上がったところで、なにができるわけでもないことに気づく。まっすぐに立つこともできずにいるうちに、揺れた椅子がふくらはぎに当たって鈍い痛みを伝えた。

 なんでもないように再び腰を下ろす。

 なにもなかったと、不幸な偶然なんだと、自分に言い聞かせながら、私は一時間目の授業の準備を始めた。



 朝の挨拶。

 昼食時の会話。

 果ては授業中の連絡まで。

 顔を合わせても目は合わせない。声をかけても、一つだって返事は返ってこない。クラスメイトはまるでそこに誰もいないかのように振る舞った。

 はじめは何人かに話しかけてもみたのだけれど、そのことごとくが徒労に終わって、私は口を開くのを止めた。

 一人で昼食を食べ、

 黙ったままグループワークが進むのを眺めた。

 そんな中で数時間を過ごして、午後になる頃には私はもうへとへとになっていた。


(五限は……音楽だったっけ)

 昨日から蓄積された疲れでぼうっとしながら時間割を確認して、それから移動教室の準備を始めた。

 クラスメイトもばらばらと教室から移動を始めていたが、当たり前のように、私に目を向ける人は誰一人いない。

 積極的に私をシカトしようと考えている者は一部だろうけれど、自分の立場が悪くなるのを恐れて、わざわざ関わろうとする人間はいないのだろう。

 もちろん、杏子だけは私を無視しないと信じていたけど、今日はたまたま日直で休み時間も忙しそうにしていたし、実際に私と話すことによって彼女の立場が悪くなるのは避けたかった。


 クラスの波に混ざっていく気にはならなくて、わざわざある程度人がはけたのを見計らってから、音楽室へと向かおうと立ち上がった瞬間、目の前がじわじわと真っ暗になる。

(ううあぁ、立ちくらみ……)

 手元の机を支えにして、何とか踏ん張った。

 ここのところほとんど寝つけていないから立ちくらみくらいはちょくちょくあることなのだけれど、今のはけっこう大きかった。

 少し体を落ち着かせてから再び移動を始めようとすると、もう授業が始まるまでいくばくもない。

(急がないと!)

 幸いにも授業直前で廊下は閑散としていたため、駆け足で音楽室を目指す。


 音楽室がある特別棟まで走っていったときには、運動が得意とはいえない私はもう肩で息をしていた。

「はぁ、はあ……あともうちょっと……」

 そう言った直後、廊下に備え付けられたスピーカーから授業開始を知らせるチャイムが流れ出す。

「やばっ!」

 それを聞いてさっきよりも速度を上げて、階段を駆け上ろうとする。

 一つ目の踊り場を抜けて二階についたとき。

 ぐにゃり、と視界が歪んで、あっという間に上下左右の感覚がめちゃくちゃになる。

(え、あれ、なんだ……これ……)

 それでも前に進もうと足を動かすものの、すこしあとに体をうちつけたような痛みが伝わる。

 どうにか進もうと足や手を振り回したり、状況を確認しようと瞬きを繰り返したりしているうちに視界が戻り、自分が床に倒れていることに気づいた。

 体に力が入らないというよりもその方法を忘れてしまったような感覚。

 さっきまでどうやって体を動かしていたのか、そもそも動かせていたのかもよくわからない。

 どうにもできないまま、踊り場に倒れた私に睡魔を一層強烈にしたようなものが襲い掛かり、意識を遠のかせていった。



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