7-6
あの男の高笑いが聞こえる。
私は、瓦礫の山と化した体育倉庫の壁の上に立つ。
「汚い手で、杏子に触るな」
ご機嫌そうに杏子の頭を撫でていた男が振り向いた。
期待が外れたことに少し落胆しつつも、彼は好戦的に笑う。
「なに言ってんだ? これは俺の作品だ。それとも、そんななりでまだ戦うっていうのか?」
「とにかく私の親友から離れろ。女子中学生をベタベタと触るな」
暗にロリコン呼ばわりされたことに彼が表情を固めたことに、私は溜飲を下げる。
男は平静を装って――しかし少し杏子から距離を取って――こちらに向き直った。
「これを友人と認めていいのか? それでもこれと戦えるのかよ」
「そっちこそなに言ってんの? 私は杏子と戦ってるんじゃない。お前と戦ってるんだ。お前に勝って、杏子を元に戻させる。そのために戦ってるのよ」
「今まであんなに取り乱していたくせに口だけはよく回るようだな。お前が勝てるわけもないさ、『試作品』風情が」
「別に試作品だろうとなんだっていい。そんなのは『救世主』とやらにこだわっているお前と、私を作ったお母さんの勝手な都合よ」
私は体育倉庫の壁から飛び降りて、グラウンドの地面の上に降り立った。
剣を交差させるように構える。
私は戦いなんてまるでわからない人間だから、剣をどう構えるのが正しいのかはわかるわけもない。
だから、これは宣戦布告だ。
あのくそむかつく発明家気取りに、私の親友へ手を出したことを後悔させてやるための戦いを始める合図だ。
最初から、そう考えればよかった。
杏子を助け出せば、敵の目論見を壊すことができる。
杏子を助け出さなければ、私の望みは叶わない。
一石二鳥、でしょ?
「こんなところで屍を晒すとは、短く不幸な人生だったな。恨むなら母親を恨めよ」
「尻尾巻いて逃げる準備はもうできた? 前科一犯をつけたくなければさっさと消えたほうがいいわよ」
お互いの挑発と視線が交わされて、私たちは動きだす。
男が本をもって合図すると杏子はグラウンドの中央上空まで躍り出る。私もその動きに応えて駆け出した。
変わり果てた親友の姿を見上げた。
男はあの『救世主』を、私の力をベースに作ったと言っていた。
私の力は、私の中に入れられた兄の使い魔によって、あるいは兄の魂が入れられた事によって、呼び起こされたものなのだ。
それは、杏子についても同じで、彼女の力は彼女に入れられた魔法少女の魂によって使うことが可能になっている。
さらに男は記憶領域を拡張したとそう言っていた。
おそらくは、それがあの枝であり、宝石なのだろう。
それなら――拡張した記憶領域を取り外す事によって、杏子の力ごとなかったことにすることは可能なのではないか?
確証はない。
でも、やってみる価値はある。
杏子の枝が揺れる。
緑色、そして橙色。
それから彼女は呼びかけるように、呟いた。
「《塔》」
私が、「緑はたしか……」なんて考えているうちに、力は振るわれた。
「なに……これ!」
突如、学校の上空は彼女を中心に分厚い雲が渦巻き始め、ものの十数秒で空は黒雲に覆われた。
ゴロゴロと雲が響かせる音を聞いて、私は嫌な予想しかできなかった。
全速力で、地面ギリギリを飛翔する。
一瞬視界が真っ白になって、音そのものに吹き飛ばされてしまいそうな轟音が背後で鳴り響く。
「雷、なんて反則じゃない!?」
あんなもの当たったらその場で消し炭だ。
っていっても雷を避けるなんてできるの!?
「素晴らしい! さすが私の作品だ!」
後ろではさらに、男が喝采する声が聞こえる。
黙って鉄棒で懸垂でもしてろ、と心中では思いながらもあんな奴に構っているような暇はなかった。
空を見上げれば、雲の中を眩い稲妻が通り抜ける様子がよく見えた。
その内に稲妻が一際強く光ると、世界が光に包まれて、私の目の前に雷撃が落ちて、体育グラウンドにちょっとした大きさのクレーターが刻まれた。
(うん、これは避けようとか考えちゃダメね)
見てから回避はできないし、杏子も正確に狙うことはできないようだし、当たる前に止めるしか方法はないようだ、という結論に達した。
射手がどこにいるかわからない、たどり着くまで時間がかかるというならば私は活性炭として冷蔵庫のにおいを吸う未来しかなかっただろうけれど、幸いなことにすぐそこにいるのだ。
どうか当ててくれるなよ、とだけ祈って私は彼女めがけて飛び上がった。
直線にして五十メートルと少しだけれど、その間に雷が落ちてくるとあれば、その限りではなかった。
ジグザグと狙いづらいように進んでいくが、数メートル横を通り過ぎていく雷光に身を竦ませる。
一回、二回、三回と回数を重ねるごとに誤差が少なくなっていく。
(でも、間に合わせる!)
真後ろを響く轟音に背中を押されながら、杏子の背中までたどり着く。
しかし、彼女は目をつむったまま、まるで見えているかのように、こちらを向いた。
(逃げられるっ!?)
彼女は逃げることはしなかった。
ただ、真上の黒雲を強く光らせるのみ。
「バカ杏子っ!」
私は閃きにしたがって振り上げていたサーベルを真上に投げる。
くるくると回転しながら曲刀は上昇していく。
そして、空いた左手で、杏子の手を取った。引き寄せて、一体となるように背中を抱く。
(これは、ノーカンね)
雷を避ける尖塔のように、右手のレイピアで天を衝く。
カッ、と視界が光で覆われて、避雷針となって稲妻のすべてを吸った花は大きく花弁を開かせていく。
落ちてきたサーベルが、翼をもぐように、彼女の背中から右側一本の枝を削いだ。
橙、赤、黒の宝石が、破片になった枝とともに落ちていく。
私が曲刀から伸びた蔦を左手で掴むと、拘束のなくなった杏子が離れていって、空を覆っていた黒雲は嘘のようにほどけていった。
(まずは一つ)
校庭に降り立った彼女に合わせて、私も凹凸が増えた地面に降り立つ。
離れて再び向かい合った杏子は、数がひとつ減った枝から、青の宝石を揺らした。
神話にでも出てくるようなまっすぐで力強い剣がどこからともなく現れ、彼女はそれを右手で握った。
(わざわざ手に持った?)
そのまま、灰色、再度青色と揺らす。
それから、さっきと同じような呼びかけが、私の耳にも届いた




