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7-5


 嘘だ。

 ありえない。

 そんなこと信じたくない。

 ちがうちがうちがうちがうちがう絶対にちがう。

 私のせいなんかじゃない!

 だって、私は、こんなこと望んでなんかいない。

 私は、全部終わらせて、杏子とまたあの雑貨屋さんに行きたいって――思っていただけなのに。

「ちがう嘘だありえないうそうそうそ私のせいじゃない」

 口からも溢れるくらいに、頭の中を否定の言葉で埋めて、なにもかも見ないふりをしないと狂ってしまいそうだった。

 世にも恐ろしいものと親友が同じになった原因は私じゃない。

 私が守ろうとしてきたものが私の敵になったのは私のせいじゃない。

 自分の犯した罪を数えるのが怖くて。

 自分の罪の証を見るのが恐ろしくて。

「あんなの、杏子じゃないよ」

 そう口にしてしまった。

 言葉は思考になり、思考は現実になる。

 もうそこにいるのは私の親友なんかじゃなくて、ただの恐ろしい怪物だった。

 そう思うと、私は苦しまず、とても安らかな気持ちになれる。

 されど流転する言葉は醜く、私はひどい人間だった。

「さあ、戦え。お前に使われた手法をベースに、ユゴスからのものが記憶装置を拡張し、九つの魔法少女の魂をインストールした俺の『救世主』だ」

 視界の端で喚き散らす男の声も、頭の中には入ってきても、その内容を深く考えるには至らなかった。

「お前の絶望をぶつけろ。そして、全力の下に沈め」

 煽る男の言葉に釣られて、私は怪物に剣を向ける。

 親友の容を偽る怪物に。

 一本の枝から、黄色の宝石が揺れる。

 ドン! と心臓を揺らす音が鳴って、私は地面を蹴った。

 銃弾が通り過ぎていくのを脇に感じながら、緩やかなカーブを描いて、怪物へ駆けていく。

 進路を塞ぐように巨大な片刃の斧が、握り手もなく、振り下ろされる。

「チッ」

 邪魔をする攻撃に舌打ちを一つする。

 うねりつつ成長した蔦は刃を巻き込み、力を横に流す。斧が舞い上げた砂利がぱらぱらと足にかかった。

 それから赤い宝石が揺れるのが見え、敵を目指す私の目の前に一本の槍が現れる。

「邪魔っ!」

 顔を狙う突きを避け、腹を狙う突きもどうにか避ける。心臓を狙う突きが私に届く前に、蔦の盾をかざした。

 蔦の盾の隙間に刃が突き入れられたところで、きゅっと隙間は締められ、盾は槍を留めた。

 足を止めてしまった私の耳にひゅっと風を切る音が届いて、私はレイピアを掲げる。

 刃から怪物を海綿状にした棘が飛び出したと思えば、衝撃が右手に伝わり、棘の間には矢が引っかかっていた。

「もう、少し!」

 しかし、あと数歩で届くというところで、敵は滑るように後退していく。さらに緑、青、黒、橙の宝石が揺れた。

 現れた大鎚が私の頭を潰そうと重力に遠心力をプラスして円運動を描く。

 間に合うと判断して、槌の着地点を横切って前に飛ぶ。横合いから飛んできた鎖にはつかんだままだった槍を掴ませて、斬りかかってきた剣ごと引っ掛ける。

 その後、前から黒い物体が投げ込まれた。パイナップルのような形で、レバーが弾けて尾を引く黒いもの。

(これ……なんか知ってる……たぶん、爆弾!)

 下に滑り込んで、レイピアで後方に打ち飛ばす。

 後方で大きな爆発音が鳴って、いくつかの破片が鎧を叩いた。

 でも私は、ただ突き進んで敵に刃を振るう。

(届いたっ!)

 そう思ったのもつかの間、紙一重で避けられ、魂の枝を背負った敵は夜空へと舞い上がる。

「星は流れ、光は闇を払う――ルーチェ・ステラーレ」

 紫色の宝石が揺れるのと同時に、耳に染みついて離れない親友の声が、あの魔法少女の得意呪文を唱えた。

 上空から放たれた星屑の奔流が私を襲う。

 狙われた私は地面を蹴って、右手の剣を盾に天の川を遡る。すべてを吸い尽くしたところでさらに上昇に転じ、敵よりもさらに高く飛び上がった。

 花開いた星色の薔薇は、花弁を散らせ、切っ先で円を作った。

 私は刃で地を指す。

「その声で、喋るなぁ!」

 花の輪舞から放たれた光の帯が敵に向けて延びていく。

 その先、敵の目前に淡い黄色、暗い黄色、暗い赤色、黒色の四色に塗り分けられた盾が現れる。

(うそっ!)

 光線は一枚の盾に防がれ、消えていく。

 ふわっと四本の枝が揺れて、宝石が一回り大きく成長するのが、空にいる私の目にも見えた。

 銃、斧、槍、弓、槌、剣、鎖、爆弾、杖。

 舞ちゃんは、魔法少女の武器は一人一種だと言っていた。

 九人の魔法少女に九個の宝石、そして九種の武器。

 じゃあ十種目は――

「あっ……!」

 一瞬の意識の隙を突かれ、大鎚が下から振り上がって来るのを避け損ねる。

 お腹をもろに叩かれ、気持ち悪さを伴う痛みに飛んでいられなくなった私は放物線を描いて落下を始めた。

 私が体育倉庫の屋根に放り込まれたのは、建物にとっても私にとっても不幸なことだった。

 どうやら首の皮一枚で建っていた体育倉庫の最後の一打になってしまったらしく、屋根をぶち破ってへしゃげたソフトボールラックの上に引っかかった私の上に、破壊音と大量の粉塵とともに、倉庫の天井が落ちてきた。

 両腕で顔を隠すとその上に瓦礫や塵が積もっていく。

 ガラガラと梁や天井が落ちてくる中、上空に浮かぶ彼女の姿が見えた。

「杏子……強いなあ……」

 覆った瞼から、つぅっと涙が流れて埃と砂にまみれた頬を洗った。

 やっぱり、ダメだった。

 あの顔を、あの声を目の前にして、杏子でないと思えるわけがなかった。

 目の前の現実を、否定した事実を認めてしまった。

「ごめん、杏子……」

 どうやって責任を取ればいいんだろう。

 あんな姿にしてしまって。

 こんな世界に引きずり込んで。

 そんなことをした私が助け出せなくて。

 おばさんおじさんになんて謝ればいいのかな。

「無理だよ」

 私がそんなことを言ってどうするんだ。

「誰か助けてよ」

 誰が助けてくれるっていうんだ。

「どうしたらいいの」

 どうにかするしかないだろ。


 最初に怪物と出会ってから、色んなことがあった。

 コウモリを殺して、命を殺す罪悪感を知った。

 いじめを受けて、嫌われるということの虚しさを知った。

 杏子と喧嘩をして、親友を失う恐怖を知った。

 舞ちゃんと出会って、ひとりじゃないということに救われた。

 舞ちゃんと戦って、魔法少女の危うさを知った。

 お父さんと話して、お母さんとお兄ちゃんの正体を知った。

 白衣の男に話を聞かされて、自分がなにものかを知った。

 お母さんはお父さんを助けるために魔導書を手にして、知識に取り憑かれて、救世主を作るため、魔法少年だったお兄ちゃんの魂を私に入れた。そして、私は世界を救う『救世主』になるための二重魔法少女だった。


 結局、自分の正体や私がこの世界に巻き込まれた理由がわかったところで、どうしたらいいのかはわからないままだ。

 それは、知らなければならないことだったけれど、そうじゃない。

 だって、私は巻き込まれてどうにか逃げ出すために戦ってきただけで、ただただ、お母さんがやったことのつけを払わされてきただけだった。

 じゃあ、私がするべきことは。

 私の望みは――



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