7-4
「第一関門は越えたか」
聞き覚えのある声に、私は顔を上げる。
「お前……!」
「その力、試させてもらいに来たぜ。『救世主』サマよ」
そうだ。
あの時、木鈴駅前で、人が倒れていた。
いろんなことが同時に起こって、だから、そのあとニュースも何もなかったから、何事もなかったとしてしまっていた。
こんな悲鳴は、聞いていなかったから――!
「お前――舞ちゃんになにをした!」
あの時の人たちも、こんな風に苦しんでいたのに、私は――!
男は私の必死な形相を見て、つまらないとでもいうように鼻を鳴らした。
「なにって魂を抜いただけだろ」
「た……」
こいつ、今なんて言った?
「魂だよ。お前だってよく知ってるだろ? お前が特別多く持ってるやつのことさ」
「なによそれ……! 殺したってこと!?」
「だから魂を抜いただけさ。お前、本当になにも知らないんだな」
嘲るように、取り乱す私の姿を見て笑った。
彼女がどうなるのか、木鈴で倒れていた人たちはどうなったのか、それを知りたくて、私は吠える。
「なんでもいい、魂ってなによ!?」
「魂がなにか――か。諸説あるが、最近はこういわれることが多い。魂とは、情報だ、と」
初めて見たときから感じていた危うさとは裏腹に、男は妙に理路整然とした口調で講釈を始めた。
「我々人間が生を受けるとともに生まれ、目、耳、鼻、肌、舌、五感を通して得られた世界の情報が堆積し、積みあがったもの、記憶、人格、精神、そのどれとも言い換えることができる。人間そのもののことさ」
「じゃあ、それを抜いたら……!」
「その肉体はお前の知る魔法少女とは言えないかもしれないな」
自分がやったことでもう彼女が彼女として起きることはないかもしれない、ということを口にするのに一抹の罪悪感も見えなかった。
「お前……! そんな簡単に!」
「そうかっかするな。まだ怒るには早いぞ」
「じゃあいつ怒れっていうのよ!」
私の怒鳴りをいなして、男は余裕を見せた。
「まあ、もう少し話を聞けよ。お前自身のヒントにはなるかもしれない」
「は?」
それから、うろうろとグラウンドの土を踏みながら、男は語り始めた。
「八十余年経ち、やがて器が朽ちると魂は世界に解き放たれる。肉体という牢獄から解放され、肉体という城壁をなくした魂の多くは世界という情報の海に溶けていくが、一部はその生命としての自己組織性を保ったまま、生き延びる」
とうとうと知識を語る姿は、羽織っていた白衣も合いまってまるで科学者のような雰囲気を感じさせる。
「生き延びた魂は物理的記憶容量の余裕を持つ人間の少年少女の中に入り込み、囁くのさ。『お前の敵はあれだ』ってな」
彼が暗に示した魂がなんなのか、私には心当たりがあった。
「じゃあ、使い魔は、人間だっていうの!?」
「世界を漂う中で変容を続けたんだ。人間であるときの情報なんかほとんど残ってない」
「それでも、あんなことをさせるのが、人間だっていうの?」
「人間だから、できるんだよ。そのフォーマットが同じだから、一つの情報存在になれるんだ、『試作品』――お前のようにな!」
男は、その奇妙なあだ名とともに私を指さした。
「私のように……?」
「お前の中には、三つの魂が存在する。お前、お前の兄、そしてお前の兄を利用していた使い魔の三つだ」
顔も覚えていない兄の記憶が自分の中にある……?
それが兄も私と同じ『世界を救う礎』であるということなのだろうか。
「お兄ちゃんの魂が、私の中に」
口に出しても、その事実はにわかには信じられなかった。
男はさらに続ける。
「お前という存在は、奇跡そのものだ。お前の母親が父親を救うために知識を求め、結果として、魔法少年としての息子の魂を娘の中に入れ、『救世主』のプロトタイプとなりうる存在を作り出した」
しかも、兄の魂を私に入れたのはお母さんだっていうの!?
「お母さんがお兄ちゃんの魂を私に入れたってどういうことよ!?」
「そのままの意味だよ。お前の母親は本を読み、『救世主』を作り上げるために息子の魂を娘の中に入れなければいけない、と思った。それだけのことさ」
「お母さんは本に操られたってこと……?」
私の言葉を、幽霊の話を聞いた大人のように、馬鹿にしたように否定した。
「操られたぁ? なにを言ってるんだよ。本は本、知識を与えるだけだ」
「じゃあ、どうしてお母さんは……」
「だから、しなければならないからだよ。『救世主』が、必要だからだ」
「だから、その『救世主』ってなんなのよ!」
『救世主』とはなにか。
私の力はなんのためにあるのか。
私とはなにものなのか。
ずっとずっと気になっていた疑問を私が投げつけると、彼はよくぞ聞いたというように笑った。
厳かに、落ち着いた低い声で話した。
「この地球はかつて、『旧支配者』にすべてを支配されていた」
「え……?」
「そいつらは人間もなにも生まれる前に『旧神』によって封印されているが、それも永遠ではない。『旧支配者』が復活する前に、我々人間は彼らを打倒する方法を作り出さなければならない、そう、『救世主』を、だ!」
彼が真面目くさって演説した答えは、地球や神にまでスケールを広げた妙に胡散臭い話で、とても信じられるものではなかった。
「ほ、本気で言っているの……? 『旧支配者』だの『旧神』だのって」
「ああ、お前もわかるさ。母親がわかったのだから。この本を読めば、な」
そういって、彼はどこからともなくいつも携帯していたあの魔導書を取り出す。
同時に、その本を見たことによって、私の周囲を白い花弁が渦巻いて、初めて変身した時と同じドレスと鎧を合わせたような装備に身を包まれていた。
「そして、俺は前任者の研究成果を超え、真の『救世主』に近づかなければならない。これを見ろ!」
男は指を指す。
深夜の中学校のグラウンド、今まで何もなかった場所。
示されたのはいるはずのない者。
――私の親友だった。
「杏子……!」
明かりのない深夜であっても、杏子を見間違えるはずがなかった。
その髪型も、寝巻きも、家に泊りに行ったときに、泊まりに来たときに、見おぼえのあるものであった。
彼女は目をつむったまま、裸の両足はグラウンドに触れておらず、ヤドリギが彼女に根を張っているように、その背中からは三本の銀色の枝が伸びて、それぞれにいくつかの色の違う宝石がつり下がっていた。むき出しになった肌のいたるところには血管とも思えない太い管やなにかもわからない突起がぼこぼこと肌の下から浮き上がっている。
彼女の頬の肌の下をなにかが蠢くのが見えて、私の全身に鳥肌が立つ。見えるところだけであれなのだから、見えないところはどうなっているのか想像したくもなかった。
男は、まるで作品を自慢するように、得意げな表情を見せる。
「最後に、あの魔法少女の魂を入れて、完成だ。あれに勝てない程度じゃテストにもならないからぶつけてやったが、腕まで治して操った甲斐はあまりなかったな」
彼が腕を振ると、杏子の背中からさらに一本の枝が伸びていき、紫色の宝石をつける。
許せなかった。
舞の魂を抜いた挙句、私の親友を――杏子を、この世界連れてくるなんて――!
あんな、あんなグロテスクな姿になって、きちんと元に戻らなかったら……!
「お前、お前! お前! どうして杏子を……! 杏子は関係ないだろ!」
ハッとさもおかしそうに、男は私を笑った。
愚かしい、というように。
「魔法少女のそばにいて、触れられた人間、見ることができた人間は、情報を直接入力しやすくなるんだよ」
「……え」
それは――もしかして。
「つまり、お前のせいだ。上岡かさね」




