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7-3

 真っ暗な部屋で目を覚ました。

 昼間、お父さんと話している途中で思考に沈んでしまった私は、ベッドの上でもぐるぐると考えているうちに眠ってしまったようだった。

 寝起きで、視界がぼんやりとかすんでいる。

 夜光塗料で黄緑色に浮かび上がっている目覚まし時計の短針が大体の時間を教えてくれていた。

 明かりのない部屋が、携帯の通知ランプでちかちかと明るくなったり暗くなったりを繰り返している。

 なにをしようと考える前に、携帯に手を伸ばした。

 ベッドの柵に寄りかかると熱を持った体にひんやりと優しい。

 ボタンを押すと、ぱっと携帯の画面が点灯して、眩しさに目を細めた。

 慌ててバックライトの明度を下げれば、ロック画面の通知が広がった瞳孔に映る。

『平須 舞 不在着信一件

 留守電メッセージあり』


    ***


 初夏の夜、昼間に比べて気温の下がった風が上気した頬を撫でる。

 はあはあと荒く息が切れる。

 寝巻きのTシャツは汗ばんで、自転車のペダルを踏む太ももが熱を持っていた。

 それでも、止まるわけにはいかなかった。

(舞ちゃん……!)


 通知を見てすぐ、十分と少し前の不在着信に折り返しても、呼び出し音が途切れることはなかった。

 不審に思いながら留守電メッセージを再生すると、しばらく屋外にいるようなノイズが流れた後、舞ちゃんの声が聞こえた。

『……やだ……このままじゃ、かさねさん! かさねさんの学校に……!』

 それからガチャガチャと電話をどこかにぶつけたような音が耳をついて、メッセージは終わっていた。

 もう日付は回っていて、未明というべき時間だったけれど、取るものもとりあえず自転車に乗って中学校へ走った。


 自転車通学は禁止されていたから自転車で学校に来たのは初めてだった。ひとまず門の前に自転車を止めて、いやにシンとした深夜の学校に入っていく。

 当たり前のように昇降口の鍵は閉まっていたから、校舎の中には入れず、建物の周りをぐるりと回ることにした。

(どこにいるんだろう)

 敷地内は静まり返っていて、どこかで戦闘が起こっているような様子はない。

 あれだけ戦いなれているようだった舞ちゃんが、十分や二十分でそう簡単にやられてしまうだろうか。

(でも、片腕がなければ……)

 自分のせいで彼女が命を落とすようなことになったら、私はどうやって償えばいいんだろう。

 その罪は、どう背負えばいいのか。

 敵を殺した罪ですら受け止めることのできない私にはわかるはずもなかった。


 ぐるりと校舎を回り込んで、校庭に出る。

 ただっぴろいグラウンドの真ん中に、人が立っていた。

 輪郭が闇に溶けて同定できなかったが、近づいていけば、特徴的なフリルドレスにそれが誰なのか、はっきりする。

「舞ちゃん……!」

 そして、その影が五体を持った人型であることに安堵する。

(よかった……無事だったんだ……)

 急いできたけど無駄足だったかな、とほっとしながらパタパタ足音を立てながら、彼女に駆け寄った。

 声が届くくらいまで距離を詰めたところで、私は後ろを向いたままの彼女に話しかける。

「舞ちゃん、大丈夫!?」

 私の言葉に反応するようにして、人影は振り返る。

 かすかに聞こえる声とともに顔を見せた。

「星よ――ステラ」

 聞き覚えのある呪文と振り返りざまに振られるステッキ、なにが起きるかを理解した私は無我夢中で横に飛んだ。

 ひゅおんと風を切る音がしてぱっと辺りが明るくなる。私のいたあたりを星が通り過ぎて、背後の校舎まで届き、窓ガラスの割れる音がした。

 なんとかそれを避けることができた私も華麗に受け身でも取れればよかったものを、変身もしていない運動部でもない女子中学生は、腕、膝、手のひらをじゃりじゃりしたグラウンドで無様にこすり、擦過傷を作る。

(痛ぅ~~~~~。ただ擦っただけなのに……!)

 痛みをこらえながら慌ただしく立ち上がると、履いていたサンダルが片足脱げる。

 拾い上げて履きなおす前に、彼女は再度呪文を唱えた。

「切り裂き、貶め、虚実は剣の下に従う――ステラ・コントラーダ」

 初めて聞く技に、嫌な予感がして身を躱す。

 杖の先から長大な刃のように一条の光が伸びて、私の横の空間を切り裂いていった。

(避けなかったら、真っ二つだった……!)

 肌で感じる死に、ばくばくと鼓動が止まらなかった。

 レーザー光線のようなまっすぐとした光が彼女の杖の先から長くどこまでも伸びている。

 あそこに指一本でも触れれば、きっと抵抗もなく焼き切れてしまうのだと想像するのは難しいことではなかった。

 彼女が杖を持ち直したのを見て、私は慌てて身を伏せる。

 私の頭の上を光の刃が通り過ぎていき、ぶわっと熱い空気が肌に届いた。それは、あの攻撃の恐ろしさを直接感じさせるには十分だった。

 その場から逃げ出そうとして、片足だけ履いたままのサンダルなんて無いほうがマシで、手に取って光の剣を構えた魔法少女に投げつける。

 飛んで行ったサンダルは、彼女がステッキを一振りすれば、ジュッという音とゴムが焦げる嫌な臭いとともに二つの破片になって舞の目の前へ空しく裏向きに落ちた。

(ああなるのは御免こうむりたい!)

 刃がサンダルを相手にしている内に、私は隠れる場所を求めて逃げていく。

 全力で走る背後で、懸垂用の高鉄棒が刃の通り道になって、その身長を半分ほどにしていた。

 裸足のままの逃走の結果、私は体育倉庫の裏に逃げ込む。

 死の恐怖、全力疾走、体を包む緊張感。呼吸は荒く、心臓は暴れていた。

 まずは落ち着いて状況を確認しよう、と体育倉庫の端から顔を覗かせる。

(動いてない……?)

 すぐに追ってくるかと思ったけれど、彼女は立っていた場所から一歩も動いていなかった。

 なにか事情があるのか、それとも策があるのか、どちらにしてももう少しの間だけは安全のようだった。

(どうしてこんなことに……)

 昼には学校にやってきた怪物を追い返して死にかかったばかりだというのに、その日の晩にはもう嘘の電話で呼び出されて、変身していない状態で魔法少女に殺されかかっているなんて、波乱万丈というにも危うすぎる人生だった。

「舞ちゃん……もしかして、私を確実に殺すために……?」

 そう考えるとお腹の底に重石が落ちたように暗い気持ちになった。

 好きな人間から、「死んでほしい」どころか「殺す」と思われているというのは、涙が出てきそうなほどに辛かった。

 しかし、ぐっと抑えて冷静に考えてみると、なんだか腑に落ちない。

 昼間は使い魔にそそのかされて錯乱していた上に、私が明確に邪魔をしていたから、その場で戦うというのはわかるのだけれど、わざわざ夜も明けないうちに戦う理由がある?

 人魚姫よろしく、腕を与える代償を要求されていたりする、とか?

 考えても、答えは出そうになかった。

 まずはこのにっちもさっちもいかない状態をどうにかしないと、そう考えた時、辺り一帯が淡い光で照らされた。

 わざわざこそこそと覗く必要もなかった。

 見上げれば、体育倉庫の屋根よりも高く、星屑のスクリーンが広がっている。

 ゆらゆらと散乱する光の膜は、どこまでも現実味がなくて、神々しくグラウンドを照らしていた。

(これは!)

 星の魔法使いが使った最後の大技。

 星色の薔薇を咲かせた究極の魔法。

 周りの光を食いつぶすようにその輝きを強めていく場所に、一際目を引く光球が現れ、無数に数を増やしていく。

 その規模の大きさに私は意を決して、その場に伏せて目をつむる。

(神様……信じてるわけじゃないけど、助けて!)

 前触れもなく、数えきれない光線が放たれる。

 一本。また一本。

 ガラスを割り、壁に穴を空け、ボールが破裂する音が響く。

 光は破壊音とともに体育倉庫を貫き、私の頭上を通り抜けていった。

 強すぎる光が一面に溢れて、目をつむる私の視界すら真っ赤に染める。

 魔法少女ですらない私は、地べたにうずくまってただ震えていることしかできなかった。

 光と、破壊。

 それを感じ続ける。




 いつまでも終わらないかのように思われた光の嵐は次第に止み、一面は再び静かな夜を取り戻した。

(よかった、生きてる……!)

 生への安堵と同時に、私は考える。

 このままでは確実に殺される。

 やっぱり、舞ちゃんは圧倒的に強い。

 Tシャツ、半ズボンにパーカーの私ではサンダルを投げて邪魔するのが関の山だ。

 裸足になってしまった今ではそれすらできない。

 昼間、魔法少女の私でも圧倒されたのは事実だし、そのまま殺されてしまうかもしれない。

 けれど、変身しなければ、絶対に無理なのだ。

 この世界で生き残るためには……!

(でも、どうやって……?)

 ここまで戦闘をかいくぐってきておいて、私はどうやって変身するのかも知らないことに気づいた。

(今までは、確か)

 最初は、襲われたら勝手に。

 二度目は、できるような気がして。

 三度目、四度目は、あの本を見たら。

 五度目は命の危機があったから。

 そして、六回目の今。

 あの時のように、鮮烈な恐怖があるわけでもない。

 あの時のように、奇妙な自信があるわけでもない。

 あの時のように、不思議な本があるわけでもない。

 命の危機は、たった今回避した。


 必要な条件は?


 適用される法則は?



 差し出すべき代償は?




「違う」

 ぐっと地面を押して、体を起こす。

 穴だらけになって今にも崩れそうな体育倉庫を通して、向こう側で私を待っている彼女の姿が見えた。

「そうじゃないんだ」

 私がいる非日常は。

 私が使う非現実は。

「魔法、だから」

 願え。

 祈れ。

 望め。

 できると思えば、できる!

 望めば、手に入るんだ!

「ちょうだい。全部」

 ただ、手を伸ばした。

 ふわっと体を浮遊感が包んで、真紅の花弁が舞い上がる。

 まばたきをした時には、私の右手は真っ赤なロンググローブが着けられ、レイピアが握られていた。

 土だらけだった寝巻きも淑女が身に着けるような、赤一色のドレスに変わる。

 気づけば拍子抜けするようで、ふっと笑みがこぼれた。

「朝の着替えも、このくらい簡単だったらいいのにね」

 前方の彼女がなにやら呪文を唱えるけれど、飛んできた光はレイピアで触れれば消えてしまう。

 そのまま足を前に進めていけば、あんなに遠かった魔法少女に手が届く。

 私に向けたままのステッキを、剣で優しく弾いた。

 杖がくるくると宙を舞うのと同期するように、舞ちゃんは目を閉じて、体を傾かせていく。

 そっと、倒れいく背中を支えてあげる。

「おやすみなさい」

 腕の中の後輩に優しく言葉をかける。

 眠ってしまった魔法少女のドレスはさらさらと光に変わって、制服のブレザー姿に戻っていった。

 その体には傷一つなくてまた一つ胸をなでおろした。

 しかし、

「あ、あああ、ああぁああぁああああぁぁぁああ!」

 完全に恰好が元に戻るとともに、意識のない舞ちゃんは苦悶の表情を浮かべて、大きく悲鳴をあげる。

「どうしたの、大丈夫!?」

 声をかけて、肩をゆすってもただ叫び続ける。

(どうしよう……どうすれば、なに!?)

 焦り、有効な方策を思いつかないうちに、彼女の叫びは止まった。

 慌てて胸に耳を当ててみると、どうやらきちんと心臓は動いているようだった。

 体温が急に下がるということも、目が開いたまま固まるということもなく、ただ眠っているように見える。

(なんだったんだろう……元に戻ったみたいでよかったけど……)

 でも、なんだかこんな状態を以前に経験したような気がした。

 叫ぶ? 叫んでばかりいるのは私だ。

 眠る? 眠っているのは私かもしれない。

 目は覚まさないが健康に見える……?

 確か、そんなものを、あの時――

「第一関門は越えたか」


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