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6-5

 ダン!

 コンクリートの屋上に叩きつけられて、ワンバウンド。鎧のパーツが吹き飛んでむき出しの傷口に、乳青色の飛沫がかかった。

 どうにか守った正中線上以外の全身にある傷からじくじくと血液が染み出して、怪物の血液と混じり合っていく。

 それをどんなに気持ち悪く思ったとしても、すぐに立ち上がることはできなかった。

「……舞ちゃん……」

 いつの間にか下りてきて、屋上を歩いて私の顔を覗き込んだ魔法少女の名を呼ぶ。

「…………」

 彼女は応えなかった。

 けれど、彼女がステッキを持つ手は震えていて、私を見下す目は頼りなく揺れていた。

「舞ちゃん……一つ聞いてくれる?」

「……なんですか」

「私、舞ちゃんに会えて良かった」

「……っ!」

「右も左もわからなくて不安だった私に、一人じゃないと教えてくれた。

 悲しくてどうしようもなくなって泣き出した私を、大丈夫だと支えてくれた。

 力の重みに押しつぶされそうになって、突然電話してきた私の背中を押してくれた。

 私が本当に魔法少女だったのかはわからなかったけれど、私を救ってくれたのは間違いなくあなたで、私にとってあなたは紛れもない魔法少女でした」

 私の言葉を聞く彼女の瞳はゆらゆらと揺れて、すこしずつ潤んでいく。

 泣き出してしまいそうなところを寸前でこらえて、奥歯を噛んだ。

 散々私を苦しめた杖を下ろす。それから、聞いているこちらがもらい泣きをしてしまいそうな涙声で私を呼ぶ。

「かさねさん……」

「えへへ、舞ちゃん」

 気持ちが通じたことがうれしくて、応えてくれたのが喜びだった。それから、私はもう少し欲張って右手を伸ばす。

 舞ちゃんは少しためらって、けれど、最終的には杖を握っていない手で私の手を握ってくれた。

 お互いに手袋をつけていたから肌を触れ合わせたわけではなかったけれど、絡めた指からは確かなぬくもりが感じられた。

「かさねさん…………私……私――――え?」

「どうし……!」

 突然反応を変えた彼女になにか聞こうとして、思い当たる。

 今までこうなったときは、いつだってそうだった。

「違う! かさねさんは……! それは……。でも…………」

 私には聞こえない声に答えるうちに、舞ちゃんは手を放してしまう。

 一歩一歩後ずさって、すこしずつ離れていく。

「じゃあ、やっぱり……。でも、だめ。……やだ、やだやだ。…………それ、だけは」

 抵抗をしていた舞ちゃんの声が徐々に小さくなって、耳をふさぐように頭を抱える。けれど、最後には両腕はだらんと垂れ下がり、声は聞こえなくなった。

 彼女は、再び私へ杖を構えた。

 どうにか上半身を半分を起こして、彼女へ話しかける。

「舞ちゃん、もう一つ聞いて」

「……いやです」

 にべもなく断られてしまったが、構わず言葉を続ける。

「使い魔っていうのは、あなたを助けるためにいるんじゃない。あなたを利用しているだけなの」

「うるさい」

 そっぽを向いて、できるだけ私を見ないように、けれど、突き放すことはできなくて、彼女はただ遮るようにそういうだけ。

「敵を倒せば倒すほど強くなる、そう言ったよね。それは敵を倒すごとに、あなたの使い魔が敵を食べているからだよ。あなたは、使い魔の食事に利用されてるだけ」

「黙って」

「嘘だと思うなら、考えてみて。今まで怪物と戦ってきて、あちらから襲ってきたことはあった? 誰かが襲われたことはあった? それは、あなたが狩りの武器にされて――」

「やめてよ!」

 悲痛なまでの叫びだった。

 私の言うことが理解できていないわけではないだろうけれど、理解したくない。

 どんなに痛々しくとも、見ていられなくとも、やめるわけにはいかなかった。

「聞いてくれるまでやめられない」

「私のことを恩人だと思ってるなら、言うことを聞いて」

「聞けない。今、舞ちゃんは使い魔の言いなりになってるだけだから」

「だからなんなんですか!」

 もう一度彼女は叫んだ。

「ポップが私を利用しているから、なんだっていうんですか!?」

 呼吸は荒く、顔は真っ赤に染まっていた。

 泣くことも怒ることも満足にできなくて、どうにもならなくて、私に心をぶつける。 

「かさねさんを救ったのが私なら、私を救ってくれたのは、ポップなんですよ……!」

 親も信じられない、友人も信じられない、先生も信じられない、同級生も信じられない、そしてなにより、自分が信じられない。

「怖くて怖くて外にも出れなかった。車が行きかう音、廊下の足音、鳥の鳴き声、部屋にこもっていても、恐怖に飛び上がった。そんな毎日から私を救ってくれたのは、ポップだけだった!」

 毎日毎日来る日も来る日も悪夢を見て、怪物の姿を幻視した、あの日々を繰り返すくらいなら。

「魔法少女の力無しにこのおぞましい世界をどうやって生きていけばいいっていうんですか!」

 自分が幸せであると信じていられる世界で生きていければいい。

「舞ちゃん、だめ!」

「『私が幸せな世界』を壊すのなら、怪物でも、人間でも、殺してやる!」

 意味のない声を上げながら、めちゃくちゃにステッキを振り回す。

 一振りするたびに一抱えもある光弾が飛んでいった。

 校舎を壊し、屋上を削り、飛ぶ怪物を射落とした光弾がついに私に向かって飛ぶ。

 当たれば、間違いなく死ぬ。

 杏子とも遊んでいない。

 真相もわかっていない。

 お父さんだって一人になる。

 なにより、舞ちゃんに人を殺してほしくない。


 ――――だから、生きたいの!


 飛んでくる光弾に、右手を伸ばして。

 舞った血飛沫が、花弁に変わる。

 傷を、血を、痛みを、力に変えるように、どこからともなく現れて。

 花弁は寄り、集まり、重なって、私と光弾を二つに分けた。

 視界のすべてが赤で占められる。

 いくつかの衝撃ののち、壁はひび割れ、最後に残ったのは――棘そのもののようなレイピア。

 それを右手に握って立ち上がったときには、もう私は私ではなかった。

 初めて怪物に出会ったときのように、しかしあの時以上に軽く、あの時以上にスムーズに、私でない私は体を動かす。

 光弾をまき散らして落ち着いた舞ちゃんは、今度は冷静に、殺意を持って呪文を唱える。

「ルーチェ・ステラーレ」

 三度見た魔法は、しっかりとこちらに向かってまっすぐ飛んできた。

 剣二本だけを持った私は、それを避けることもせず、ただレイピアを正面に伸ばす。

 やがて星屑は切っ先に触れ、溶けるようにその姿を消した。

「な!?」

 舞ちゃんは驚きの声を上げる。驚いたのは、私も同じだった。

 怪物を食べた数が強さに比例するのならば、いくら怪物を圧倒した私であっても、舞ちゃんの攻撃をこうも簡単に防ぐことができるとは思えなかった。

 また、私はレイピアの鍔のすぐ上に小さな蕾が生えたことに気づく。

 対照的に、彼女は焦ったように更なる呪文を唱えた。

(くう)に比して(そら)は青く星は(から)をも生む――ソニック・スパラーレ!」

 今までとは違って彼女は杖を空に向けて何度か振ると、風を切るような音がして透明な刃が私を上下左右から襲った。

 しかし、これも悠々と一つ一つ不可視の刃を叩き、吸収していく。

 これを受けて、蕾は内の花弁を見せるほどに膨らんでいた。

 今度は驚いた声を上げる余裕もなく、彼女は畳みかけるように、しかし緊張した様子でこれまでで最も長い呪文を口にする。

「幻想は彼方を望み、夢想は此方に姿を映す。星は墜ち、地に立つはただ閃光のみ! ルヴェレ・ディ・ステッレ・リ・シンティラッ!」

 ステッキを中心にして、今まで何度も見た星屑がキラキラと一枚のスクリーンのように薄く、大きく広がっていく。

 見上げるほどの大きさになった星屑のスクリーンは、いくつもの渦をその中に作り、そこには光球が出来上がる。一目には捉えきれないほどの光球はたった一人の敵へ向けて、一斉に光線を発射した。

 幾本もの光線が私を焦点のようにして、まっすぐ延びていく。

 私は動じることなく、ダンスでも踊るかのように軽いステップで後ろに下がり、自分がいた場所にレイピアの切っ先を向ける。

 光の筋は違うことなくレイピアの先端に触れて、それを打ち出す光球も、大きく広がったスクリーンまで含めて、一斉にかき消された。

「……嘘……」

 数々の恐ろしい怪物を打ち倒してきただろう魔法少女が、まるで化け物でも見るかのような目で、私を見る。

 それは、私が、彼女が、初めて怪物を目にした時の再生。

 それは、再び訪れた自力では勝てないものへの恐怖。

 それを彼女の心に刻みつけて、私はレイピアを差し向ける。

 刃の根元、鍔のすぐ上には数えきれないほどの星を食べて、八重の薔薇が咲き誇っていた。

 私は、私がなにをしようとしているのか、理解できた。

 けれど、あの時よりもずっと強い私でない私が動かす体は言うことを聞かなかった。

 自分の口角が、意思によらず、上がるのを感じる。

 すべてをやりつくし、ただ呆然とする舞ちゃんは動こうともしない。

 このまま行けば彼女は――!

「逃げて! 舞ちゃん!」

 私の口から声が出て、体の自由が戻ったことに気づく。

 しかし、すでに薔薇の花弁ははらはらと散り始めていた。

 私の声にはっと我に返るようにして、彼女はようやく回避の体勢に移ったが、花弁は星の光を纏って、流星のように、舞ちゃんを襲った。

 飛び上がり、何片かは避けることができたものの、下から大きく曲がって彼女を狙った流星が、その左腕を食らう。

「あ……」

 錐揉みになって屋上に落ちた彼女の五体は満たされていなかった。

 自由になった体で駆け寄ろうとして、足を止める。

 両手から落ちた二振りの剣が床に落ちて、金属質な音が耳に届いた。

 強靭な魔法少女の身体で意識を失うこともできなかった彼女の苦しみを垣間見る。

 ステッキを捨てて、右手で傷を抑えようとも後から後から溢れていく赤。

 痛みに叫ぶことも痛くてできない痛み。

 歯を食いしばって、のたうって、元凶をにらみつける。

 その形相を見てしまって、もう近づくことはできなかった。

 呆然とその場で立ち尽くしていると、彼女の自分の作った血だまりでのたうちまわる姿が、かつて殺したコウモリの化け物と重なって、うずくまる。

 私が、舞ちゃんを、あんな風に、した。

 生あるものに行う所業じゃない。

 人間は、生き物は、こんな風になってはいけない。

 けれど、私がやったのだ。

 ともすれば叫びだしてしまいそうなほどの重圧に、全身の内臓がめちゃくちゃにかき混ぜられたような気持ち悪さを感じる。

(だいじょうぶ、きっと……魔法少女に変身するときに傷は治るんだから……)

 現に、私が彼女から受けた傷はきれいになくなっていた。

 そう言い聞かせて、震えながら顔を上げると、血痕だけを置いて、いつのまにか舞ちゃんはいなくなっていて、目の前には怪物が立っていた。

『……資源を……返してもらおう……』

 言われるがままに、鎧の隙間から倉庫で拾った鉱物を渡した。

 彼はハサミのような手で器用にそれを掴み、検分する。

『……確かにこれだ……礼をいう……』

 たった今、ここであんなことがあったのに、のんきにそんなことをいう怪物に強い憤りを感じて、甲殻に包まれた体に両手の拳を振り下ろす。

「ふざけんなっ! お前らの、お前らが……!」

 八つ当たりだというのはわかっていた。

 それでも、なにかにこの気持ちをぶつけなければ、彼女の形相や、血だまりで芋虫のようにのたうつ姿が頭の中をぐるぐるして、壊れてしまいそうだった。

「どうすれば、よかったの……! 私は……どうしたらいいの……」

 怪物に縋りつくように体重を預ける。

 答えが返ってくるとは思っていなかった。

 そんなものないことは私が一番よく知っていたから。

 しかし。

『……探せ……』

「え?」

『……その力を作った者を……探せ……』

 ぱっと記憶が蘇る。

 それは、確か、彼らに初めて会ったときにも、言われたことだった。

 同時に、白衣の男の言葉も、思い出す。

 彼は言った。私たちの家族全員が関わっていると。

 彼は言った。父親は蘇り、子供たちは世界を救う礎になれると。

 彼は言った。前任者の作品を死んだ母の代わりに見に来たと。

 さらに、彼は私を『試作品』と、現『救世主』と、そう呼んだ。

 つまり、私の力を作ったのは。

「お母さん……?」


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