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6-4

 ただ、屋上の床を蹴った。

 サーベルを振り上げて、まさに振り下ろそうとしていた杖を弾く。それから、威嚇するように彼女に突きつけた。

「舞ちゃん……!」

 彼女の眼はまるで私など眼中にないとでもいうように、ただ逃げていく怪物を追っていた。そのまま遠くへ行った怪物に向けて振り下ろす。

 私は、杖の先から飛んだ光弾をサーベルで切る。二つに分かれた弾はあらぬ方向へ飛んでそのうちかき消えた。

「舞ちゃん」 

 彼女は体の向きを変えて、私の前から離れようとするも、回り込んでそれを阻止する。

「舞ちゃん!」

「どうして!」

 三度邪魔をされた彼女は、ようやく私の方を見て、それから強く叫んだ。

 かつて私を見て面白そうに細められていた眼孔も、今は私をにらみつけるために使われていた。

 再び、舞ちゃんは声を上げる。

「どうして邪魔するんですか!」

「舞ちゃ――」

「私が見逃してあげているのに! 私が見ないようにしていたのに! 私は、味方だと思ってたのに……!」

 まるで舞ちゃんは、ためこんだ言葉を発散するために、ただ私へとぶつけているように見えた。

 彼女を落ち着かせようと冷静に語りかける。

「私は、舞ちゃんの味方だよ」

「だったら、どうしてあいつらを守るんですか!? あいつらは人類の敵で、倒すべき敵で、かさねさんだって襲われたって言っていたでしょう?」

「それはそうだけど、彼らは――」

「彼らなんて言い方しないでください! そんな、あいつらに人格があるみたいな言い方……」

「彼らには、ちゃんと人格があるんだよ。私たちとはちょっと見た目は違うかもしれないけど、話も通じるし」

「話なんて……通じるわけないじゃないですか」

 急に彼女の雰囲気が変わる。

 一際鋭く私をにらみつけて、決然とした風を見せる。

「前にもそう言っていましたよね。その時、ポップが言っていました。『怪物と話ができるのは怪物だけだ』って」

 確かに言った。

 初めてあったとき、その時は途中で使い魔が遮ったんだったか。

 彼女はそれからまだ疑問点を連ねた。

「使い魔に会ってないというのもおかしいんです。私たちは使い魔によって自分の力を励起させられ、ようやく戦うことができるようになる。だから一度も会ったことがない魔法少女なんているはずがない」

「あとはその剣と鎧。魔法少女の武器は心のかたちで、一人一種と決まっているし、鎧を着るのは男だけです。そのことを知らなかったんじゃないんですか?」

「それに、あなたと会うときは必ず先にいた。今回は通っている学校だからまだしも、前回は最寄りの駅から電車で行った場所です。それも平日の昼間、学校があるのにですよ? 間違いなくおかしい」

 それらは、確かに言われればおかしいと思えるかもしれないけれど、私にとっては「最初からそうであったこと」であり、弁解のしようがなかった。

 黙ったまま、彼女に向ける言葉を探していると、舞ちゃんはとても悲しそうにして、顔を伏せた。

「私、うれしかったんです。魔法少女の仲間ができて、たまたまでしたけどお茶もできて、電話までしてきてくれて、仲良くなれるのかなって思えたんです。小学校のことがあったから中学でも怖くて、あんまり踏み込んだりはできなかった。だから、かさねさんとは、本当の友達に……なれる、かと――」

 手のひらを強く握りしめ、奥歯を噛みしめて、生まれる感情をどうにか言葉に込めて、彼女は、私をにらみつける。

「――そう思っていたのに!」

 心を吐き出すと、今一度、その目はぼんやりと空に揺れた。

 か細く震え、途切れてしまいそうな声で私を詰る。

「……どうして…………裏切ったんですか……」

「舞ちゃん……」

「ポップは最初からずっと疑ってて、気をつけろって散々言われてたんです。でも、信じたかった。かさねさんが敵だなんて信じたくなかった……」

「だから私は敵じゃないんだってば!」

 そう訴えても、舞ちゃんは信じようとはしなかった。

「ここまで来たら、あなたは私をだまそうとしている怪物か、自分を女子中学生に扮した魔法少女だと信じ込んでいる精神異常の怪物か、その程度しかありえない。どちらにしても、怪物であるのなら、それは人類の敵で、世界の敵で、私の敵です」

「そんな……」

 敵であるとはっきりと断じられたことは大きなショックだった。

 仲間だと思っていたのは私だって同じで、言いがかりをつけるようにして、敵として扱われてしまうのは視界がくらりと歪んでしまうくらいのダメージがあった。

「散々逃がしてきましたが、ここで仕留めます。さっき蟹をプール一杯分くらい倒しましたから、レベルアップしていることでしょうしね」

 突然、場にそぐわない単語が現れて、私はおうむ返しに繰り返す。

「レベルアップ?」

「魔法少女は、敵を倒せば倒すほど強くなる。そんなことも知らずに魔法少女に扮するなんてお粗末ですね」

 『敵を倒せば倒すほど強くなる』……?

 私は、彼女が口にしたその言葉が、妙に引っかかった。

 そう、確か、あの白衣の男は私に泥の化け物をけしかけるとき、こう言っていた。

『それじゃあ、お前らは仲良く半分こにしてこれでも食ってろ』

 怪物を食べて、強くなる。

 それはそれでとても自然にも思えたが、しかしまだ違和感は残った。

 例えば、魔法少女の力は使い魔によって与えられるということ。

 例えば、怪物は人を襲うといいながらいつも怪物を襲っていたのは魔法少女のほうであったこと。


 それらをつなぎあわせて得られる結論――つまり、魔法少女は武器なのだ。


 怪物を食べ、その力を強めようとする使い魔のための武器。

 それはまるで、寄生し、脳を侵し、乗り物とする寄生虫のようで。

 急に背中をなにかが這いずり回るような気持ち悪さに襲われる。


「待って、舞ちゃん!」

 叫んだ。

 使い魔にいいようにそそのかされて、私を敵とみなした魔法少女を止めるために、私は叫ぶ。

 けれど、振り下ろす手は止まらず、彼女の口から呪文が吐き出される。

「輝き、貫き、閃光は闇夜を縫う――ステラ・ルーチェ・ストラーダ!」

 私に向けられたステッキの先にいつか見たような星屑が集まり、球を形作る。出来上がった球から眩い光線が放たれる。

「まずっ……!」

 呼びかけていたせいで、回避に移るのが遅れた。光線が延びる速度を見て、避けられないことを悟る。

 苦し紛れにサーベルを横にして盾にしようと試みる。守ろうという意思を感じ取ったのか、刃に絡みついた蔦は成長し、その進路を塞いだ。

 そして、光線が来る。

「うぁっ!」

 ぐぐっと刃を支える手に自動車がぶつかってきたような重みがかかり、思わず声がこぼれる。しかし、あの象のように大きいコウモリを投げた時を考えれば、十分に耐えられる程度だった。

 私がサーベルを盾にしばらく耐え続けていると、光線はだんだん弱くなっていって、終わりが見えてくる。

(よし、防ぎきった!)

 心のなかで喝采する。戦いらしきことをしたことなんてほとんどなかった私がとっさに攻撃を防御できるとは、自分も捨てたものじゃないと褒めてあげたいくらいだった。

 完全に光線が消えて私が顔をあげると、その源に、舞ちゃんの姿はなかった。

(嘘っ!)

 どこに行ったかと周囲を見回すが、右にも左にも後ろにも、ひらひらとしたフリルドレスの少女の姿はない。

 上空から、声が響く。

「ここにいること。あるべきこと。星が、私を、君を、すべてを定める――アトラツィオネ・ディ・ステラ」

 舞ちゃんが呪文を唱え終えた途端に、私の身体は段々と軽くなり、そのうちに、重力に逆らって空へ浮かび上がっていく。

 ただ飛ぶのとも吸われるというのとも違う、まるで、彼女に向かって落ちていくような感覚。

 彼女がなにを考えているのかはわからなかったが、思い通りになるのだけはまずいと判断した私は、とっさに盾の形になっていた蔦を伸ばして、屋上のフェンスを掴んだ。

 逆さになった視界で周囲を見回せば、異様な光景だった。

 私は屋上から上にぶら下がり、ばらまかれていた怪物の亡骸や青い血だまりが、空に落ちていく。

 魔法が使われた場所を地平にして、天地が逆転しているようだった。

「天を掴む――イルチェロ・ディオディ」

 これだけの現象を起こしながら表情一つ変えない彼女は、口を閉じると共に、魔法の杖を手から放す。

 すると、舞ちゃんの両の手の握りこぶしから、獣の爪のように三本の星色の刃が伸びていく。

 片の手から三本、もう片方からも三本、ちょうど指の間から伸びているように私からは見えた。

 爪をとぐように、居心地を確かめるように、刃を擦り合わせながら、下にいる私を見上げる。

 そのまま地面に向かって飛びあがると、右手の爪を振りかざし私に襲いかかる。

(こ、これ、どうすればいいの!?)

 上下が逆転して頭が混乱してしまった私の頭には、すぐに「飛ぶ」という発想が浮かばなかった。

 身を振って、蔦を頼りに振り子のように第一撃を避ける。

「無様ですね」

 せせら笑いながら第二撃を打とうと空中で待ち構える舞ちゃんを見て、ようやく思いつく。

(あ、私飛べるんだった!)

 蔦を解いて、サーベルで爪を受けることでどうにか体に穴が空くことを防ぐ。

 しかし、私が左手の爪を弾いている間に、右手の爪が脇腹を襲った。

 反射的に身をひねるものの、鎧が攻撃を受け、その下の肌が空気に晒されるのを感じる。

 さらに、アッパーカットのように左が顔に伸びてきたのを受ければ、右が鎧の穴を狙う。熱のような鮮やかな痛みとともに赤い血液が空に落ちていった。


(まずい……!)

 この距離だと剣も振れず、防ぐのは一ヵ所が限界だった。

 致命傷はどうにか避けられても、そのうち限界が来る。

 打開策を探して、記憶を漁った。

 戦えない私が剣を振るためには、なにかを頼らなくちゃいけない。

 記憶を、過去を、そして自分を。

 確か、そう、私を操った私は、こうやって――!


 今度は右手が頭を攻撃してくる。右手で刃を支えつつ剣で受けて、お腹を切り裂こうとする左手は無視。

 ざっくりと脇腹を爪がえぐって、痛みに歯を食いしばる。

 しかし、集中は切らさない。

「はぁっ!」

 掛け声とともに、両手が触れているサーベルに力をこめる。

 裂け目を作るように目の前の空気にいくつもの隙間が作られていく。

 それを埋めようと周囲の空気が流れ込み、風が姿を変えたようにあふれるほどの白い花弁が旋風とともに舞い踊った。

(お願い、傷つけないで……!)

 あの時の怪物のように傷だらけの舞ちゃんは見たくなかった。

 願いは通じて、傷一つつけることなく、しかし確かな撃力をもって、花弁は目の前の魔法少女にぶつかる

 彼女は押し流されるように後退って、私との間に距離だけが開いた。

 そのまま、私はサーベルの刃に巻き付いた蔦を成長させ、大きく振りかぶる。

 それを見た舞ちゃんは聞こえないほどの声で呟く。

「戻れ」

 ただそれだけで、天地は元に戻る。

 二人とも空中に浮いたまま、けれど上下は再び反転し、空からバラバラと死体が降り、自分が逆さであることに気づく。

 私は、混乱して鞭を振りあぐねてしまった。

 戦闘に、一瞬の空白が起きて。

 上空から落ちてくるものの一つに目が留まった。

(あれは……!)

 それは、計算高き後輩が落とした魔法の杖。

 最初から最後まで、私は手のひらの上だったというわけだった。

 そのまま、彼女は落ちてきたステッキを手に取る。

「ルーチェ・ステラーレ」

 流れるように呪文を唱える。

 私を目がけて星屑が溢れていくのを防ごうと、攻撃しようとしていたサーベルを体の前で立てて、盾にする。

 剣を境にして星の川は分かれたが、防ぎきることはできず、ショッピングモール前で彼女が泥の化け物を消したあの光が、あの時と同じように私の身体を削っていく。

 重みではなく、痛みに耐えながら、身体の前で剣を捧げ続けた。

「星よ――ステラ」

 さよならをつぶやくように、彼女は一際短い呪文を唱えた。

 星の川から流れつくように、人の頭ほどの光弾が私の剣を叩く。

 その衝撃に、全身が軋み、温かい血液が全身から噴き出る。耐えられなくなった私は、重力に任せて校舎の屋上に転落していった。

 風を切って、落ちていく私の視界には、小さくなっていく魔法少女が映っていた。

(あーやっぱり舞ちゃん強いなあ)


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