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6-2


 中学校の屋上なんて、開放すればいたずらされるに決まっていて、当然のようにうちの学校でも閉じられているはずだった。

 こじ開けられたわけでも破られたわけでもなく、ただ開いていて、薄暗い踊り場に外の光を持ち込んでいる。

 その向こうに見えるのは、ひょろ長くてギラギラと危うい白衣の男。

 木鈴駅前のときとは違って、階段を上る私を待ち構えるように、こちらを見据えていた。

「待ちくたびれたぜ、試作品。いや、現『救世主』というべきか?」

 芝居がかった仕草で彼は私を迎えてくれた。

 彼の呼び方は気になったが、なによりも先に確認することがある。

「なんて呼ぶのもかまわないけど、まず一つだけ。こうしたのはあなたなの?」

 男は「ああ、そうさ」って、軽い口調でそれを肯定して、まるで自慢するように続けた。

「あいつらと仲良くなって、女王に会って、こうやって集めるの大変だったんだぜ?」

「ど、どうやって……いや、どうして! あなた人間でしょ!?」

 チッと舌打ちが聞こえ、面倒そうな表情を隠さずに答えた。

「人間かどうかっつったらお前は人間なのかよ」

「当たり前じゃない」

「そんな力を持ってか? 空を飛び、傷を治し、自在に鎧と剣を作り出す。そんな奴は本当に人間なのか?」

「それは…………」

「まあそんなことはどうでもいい。これを読めば全部わかる。今、やらなければならない、と!」

 一転して演説でもするようなテンションで、右手に抱えていた本を掲げる。木鈴でも持っていた本だった。

 そしてあの時と同じように、その本を認めた途端、あの怪物の群体を見ても起こらなかった変身が起き、私の体を鎧が包んだ。

 その様子を見て、あの時は無反応だった男が、興奮したように捲し立てる。

「その力だ! それを見に来たんだよ! かつて、俺の前任者が作った試作品、それがどの程度のものなのか、どれだけ実用に耐えるのか、死んじまったお前の母親の代わりに、見せてもらいに来たのさ!」

「なんで、私の母親のことなんか……?」

「あぁ? あーあーあー知らないのか。幸せだなあ。幸せな家族じゃあないか」

「さっきから、このことに家族のことは関係ないでしょ!?」

 私がそう言うと、彼は「アハハハハッ!」なんて高笑いをして、心底面白いものを見るように、こちらを見つめた。

「関係あるさ。全員が関わっているんだよ。お前らは、本当に幸せな家族だ。たったひとつのめぐり合わせで、父親は蘇り、子どもたちは世界を救う礎となれるんだ」

「な、なにそれ……どういうことよ!?」

 急に醒めたような目になって、男は質問に答えようとしなかった。

「なんでもいいだろ? おしゃべりはもう飽きちまった。さあ、怪物どもお前らの探した敵はここにいるぞ!」

 男の言葉に応えるように、周囲の怪物が一斉にこっちを向く。


『『『『『pいおうyきtsxcdvfbgんjhkm』』』』』


 考えられないほどの数の声が頭のなかに届いた。

 意味のわからない声が凄まじい音量で響き渡り、頭が割れそうに痛む。

 とっさに耳を塞いだが、鼓膜を介している音ではないためになんの効果もなく、耐えられずに蹲った。

 しばらくの間音は鳴り止まず、私はそのままじっとしている他なかった。

 少しずつ音が小さくなってふらふらと立ち上がると白衣の男の姿は既になく、その代わり、屋上にはたくさんの怪物が降り立っていた。

「くっ……」

 左手に現れていたサーベルをどうにか構える。

 今までは感じていなかった刃の重みに切っ先がゆれていた。

 頼りない足とめまいのするような視界に刃のゆれすら本物か区別がつかなかった。

 しかし、怪物たちは脳みそのような頭の色をチラチラと変えたり、翼を広げたりするだけで、襲いかかってくるようなことはなかった。

 もしかしたら、知っているのかもしれない。

 私が初めて怪物を殺した時のことを知っているから、その強さを恐れている。

 私はあの時のように自在に体を動かすことは出来ないけれど、力を見せつけることができればどうにか追い払うことはできるかもしれない。

 そう考えて、一歩踏み出そうとした時、ズキリと胸が痛んだ。


 生暖かい血液が右手を伝う感覚を思い出して。

 たった一言でもコミュニケーションが成立した時の喜びを思い出した。

 コウモリの化物を殺した時、どう思った?

 泥の化物と戦った時、剣を抜いて物事は解決したか?

 初めて彼らに会った時、私は彼らの言葉を聞かなかった。

 あの時はそんな余裕はなかったけれど、少なくとも言葉が通じることくらいはわかっている。

 それに――あの気味悪い男の思い通りになるのは癪だ。


 私を囲み、威嚇するように大きく翼を広げる彼らを見回す。

 静かに剣を下ろして、声を上げた。

「あなたたちは、どうして戦うの?」

 私の言葉に驚くように、目に映る彼ら全員が反応した。

 お互いに顔を見合わせたり、首を傾げたりする様子がざわざわと波打つように見える。

 次第に波は収まっていって、ちょうど目の前にいた怪物が、のっそりと前に出て来た。

『聞こえるか……?』

 それが出てきた彼なのかは正確にはわからなかったが、彼に向けてうなずく。

『……私はお前を知っている……戦いたくはない……』

「私も戦わずに済むならそれに越したことはないよ。なにが目的でこんなにたくさん集まっているの?」

『私の資源が持ち去られ……それをお前が持っている……』

(あの男か……)

 明らかにけしかけていた様子から見ても白衣の男が彼らをそそのかして、ここに集めたことは想像に難くなかった。

「私そんなの知らないよ」

『しかし……ここにある……』

「たぶんそれは間違ってるんじゃないかなー、なんて」

『ここにある……』

「だからそれはあいつの嘘で――いや、ひょっとして場所わかるの?」

『……ここにある』

 返事は変わらなかったが、その予想が正しければ男は実際にこの学校に資源を置いている可能性が高い。

 それならば、彼らを穏便に追い返すことはできる。

「じゃあ、私が探すのはどう? それを持ってきたら帰ってくれない?」

『……問題はない……』

 よし、と思わずガッツポーズをしたくなる。

 この異形の怪物に対して、事情を聞き出し、戦うことなくコトを収められるというのは、自分が大きく成長したことのように感じられた。

「その、資源というのはどんなものなのか聞いてもいいかな?」

 ここで「宝だから教えることはできない」とか言われたら動きようがないな、と危惧してもいたが、彼は思いのほか素直にその捜し物について答えてくれた。

『……これだ……』

 そう言われても理解はできなかったけれど。

「ど、どれ?」

『これだ……』

 私は、こういった受け答えを前にしたような覚えがあった。

 舞ちゃんと出会った、あの泥と話した時と同じような齟齬が生まれている。

 人間と話しているときでは絶対に起きない認識のすれ違いだ。

 あの時は投げ出してしまったけれど、今度は理解しなければならない。

「前に他のヒトと喋った時もそうだったんだけど、そうやって『これ』とか『それ』とか言われても人間はわからないんだよ」

『お前は人間ではない……』

(うぅっ、こんな明らかな怪物にも人間じゃないって言われた……)

 私が密かにショックを受けているうちに、彼はさらに続けた。

『……お前は話すことができる……わかるはずだ……』

「話すことは人間ならみんなできるよ!」

『……音ではない……』

「音?」

『……触れろ……』

 言うことを理解しない私に痺れを切らしたように、彼はそう言って自分の頭を差し出した。

 ちらちらと変色するしわくちゃの頭、それに触る、と。

 毎日夢に見たし、その度に恐怖に飛び起きた。

 そんな怪物と、触れ合うことがあるなんて思ってもみなかった。

 深呼吸をする。

 変身してから感じなくなっていた恐怖を押さえつけながら、おそるおそる右手を伸ばす。


 パッと視界が弾けた。


「わっ!」

 思わず手を離す。

 ぶにぶにとした頭に指先が触れた途端に、頭の中へありったけの情報が、映像が、言葉が、声が、音が、光が、一斉に流れ込んできて、私の中を通り過ぎていった。

 そのほとんどは理解できなかったけれど、一際強く目に焼きついたもの。

 表面はツルツルとして、角ばった形。ぽうっと異質に光る鉱物のような。

 それが彼らの求めるものであるということだけは、流星のような一瞬の接触によっても理解することができた。

「これが、それなのね」

 彼らは何も明確には言わなかったけれど、私の言葉を肯定したことがやはり理解できる。

 間違いなく大切なものを持ってこられると信頼してもらえるように、できるだけ力強く見えるように、彼らに向けて頷いてみせる。

 私は踵を返して、彼らの宝物を探しに校舎の中に入った。

 


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