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6-2

 渡り廊下からふらふらと歩いて、窓が見えなくなったところで、壁にもたれた私はずりずりと床に座り込んだ。

「私……どうしたら……」

 

 戦いたくなんかなかった。

 守りたくなんかなかった。 

 だって、誰も私を守ってくれなかった。

 だって、誰も私のために戦ってくれなかった。

 誰のためでもなく、傷つくことなんてできなかった。

 

 もしも誰かが、お父さんが、杏子が、先生が、電話の人が、知らない誰かが、「戦え!」と、「お前しかいないんだ」と、命じてくれたら、戦うことが出来たかもしれない。

 でも、そんな人はいなくって、私はただ廊下の隅でうずくまることしかできない。

「私には、魔法少女なんて無理だよ……」

 無力な私にとって、魔法少女とは、個性的で、おませで、毒舌で、意外と世話焼きで、おしゃべりな、あの小さな少女のことを指す言葉だった。

「舞ちゃんは、こんな時、どうするんだろう……」

 私は右手に握りしめられた携帯電話を見つめた。

 起動して、登録された連絡先を開く。

 あ、か、さ、た、な、は、とスクロールしていって、先週の月曜日、登録された連絡先を見つける。

『平須 舞』

 その名前に親指で触れた。

 画面が切り替わり、トゥルルルトゥルルル、と小さく呼び出し音が流れる。

 しばらくの間があって、呼び出し音が止まった。

「はい」

 受話口の向こうの声に、胸が高鳴る。

「ま、舞ちゃん?」

「ええ。かさねさん、どうかしたんですか?」

 彼女にそう聞かれて、私はなにを話すかも考えていなかったことに気がついた。

 とりあえず状況を聞く。

「えっと、今大丈夫?」

「昼休みの間に済みますか?」

「うん、すぐ済むと思う」

「そうですか。じゃあ大丈夫ですよ」

「舞ちゃんは、どうして魔法少女をやっているの?」

 思いついた質問を投げかけると少し間があって、返事が返ってくる。

「いきなり電話かけてきたと思ったら、突然ですね」

「ちょっと気になった、っていうか」

「そうですね、どうしてって言われたら怪物やらポップやらに出会ってしまったからなんですけど、そういうことじゃないですよね」

「うん。舞ちゃんが魔法少女になった話は聞いたけれど、なんで戦うのかを聞きたいの」

 彼女からの返答はなかった。

 しばらく受話口の向こう側が沈黙に包まれ、回線が切れていないか画面を確認する。

「舞ちゃん?」

「あ、すいません」

「大丈夫?」

 私が聞くと、舞ちゃんが「あはっ」とはにかみ笑いをした声が聞こえた。

「や、改めて言葉にすると恥ずかしくてですね」

「恥ずかしい?」

「そこは掘り下げないでください……」

「教えてくださいよ、先輩」

「先輩はそっちでしょう?」

「魔法少女としては先輩でしょ?」

「うーん、まあ後輩に教示する気持ちで行きましょう」

「お願いします」

 生徒が一人もいない物音一つしない校舎の廊下に座っていると、まるで世界には自分と電話の回線が繋がった誰かしかいないかのような錯覚に陥る。

 舞ちゃんはぽつぽつと自分の言葉を話し始めた。

「……昔から、思ってたんですよ」

「どうして、世界はこんなにうまくできているのかって」

「どうして、私は幸せであれるのかって」

 彼女は少し自信なさげに、いつにもましてか細い声を出す。

(幸せであれるのか、か……)

 私は、幸せなんだろうか。

 まさか十五歳の身でそんなことを考えることになるとは思わなかったけれど、それを信じられる彼女が幸せであるということだけは確かなようだった。

 私がただ黙っていると、彼女は続きを話し始めた。

「たぶん、それは、どこかで誰かが頑張ってるからだと思うんです」

「誰かが、必ず誰かが、歪みを直すためにしなければならないことがある、ですか」

「それが正しいのかはわからないですけど、たとえそれらのたった一つでも、私が手伝えて、私がみんなを幸せにできるって思えたら毎日が楽しく思えたんです」

「気味の悪い怪物と戦うのはたまに辛いけど、その結果としてみんなが笑顔でいれるなら少しくらい頑張ってもいいかなって」

 話を終えても私が言葉を発さないことに気まずくなったのか、舞ちゃんは明るい声で照れ隠しをするように、

「や、やっぱりちょっと恥ずかしいですね」

 そういう彼女のはにかんだ表情を、私は見たことがなくても鮮明に想像することが出来た。

 脳裏に浮かぶ彼女の顔を見て、小さく微笑む。

「えへへ、舞ちゃんかわいい」

「かさねさん、どういうことですかそれは」

「なんか、すごく真っ当だなあって思ったの。とっても、魔法少女らしい理由だった」

「馬鹿にされているような気がするんですけど……」

「そんなことないよ! むしろすごいと思ったんだから。私は絶対そうはなれないもん」

「ならなくていいですよ……っていうか、かさねさんはどうしてこんなこと聞いてきたんですか?」

「うーん、これと言った理由があるわけじゃないんだけど……」

「そんなのでわざわざ電話かけてくる訳ないじゃないですか」

「そうだなぁ……。なんていえばいいかは難しいけど、人生の先輩としての忠告も兼ねて、一つ」

「今度は人生の先輩ですか」

「人生には他人に背中を押してもらわないとできないこともある、って言うことかな」

「それは、どういう――」

「舞ちゃん、ありがとう。またね」

 引き止める彼女の声を遮って、電話を切った。

 決心が鈍る前に――この気持ちが決心なんてものではなく、気まぐれと呼ばれる代物だったとしても、それが変わる前に行動したかった。

 さらに、もう一件の連絡をしようと携帯の画面を見つめた、その瞬間。

 まるで見ていたようなタイミングで、ショートメッセージの通知が届く。

 知らない番号だったが、その内容を見れば誰が送ってきたかは一目瞭然だった。

 それはまさに、私が連絡しようと思っていた内容だったから。

『元凶は特別棟屋上にいます』

 私は着信履歴を示す画面を閉じて、立ち上がった。




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