5-2
「舞ちゃん、ごめんね……。友達と一緒だったのに」
私がひどい心理状態の中で知り合いを見つけて泣き出してしまったのにも動じることなく、舞ちゃんは私を介抱してくれた。
それから、私が落ち着いたのち彼女とともに喫茶店に入ったところ。
「いえ、もう帰るところでしたから」
「だったらなおさらだよ」
「いいんですよ、一度ゆっくり話したかったのは確かですし。それよりどうかしたんですか?」
「……ちょっと最近情緒不安定になっててね」
「ショッピングモールの雑貨屋で泣き出すのを一人こらえているのはちょっと不安定って感じじゃないですけどね」
嫌味っぽい言い方に少しムッとして、抗戦の構えを見せる。
「舞ちゃん、ちゃんと友達いる?」
「さっき一緒だったでしょう。かさねさんこそいるんですか?」
一瞬で構えは崩されて、うなだれる先輩。
「どうやらそのへんが原因のようですね」
「え?」
「あの怪物が原因で友達をなくしたり、してないですか」
まるで知っているかのような鋭い指摘に、目を丸くする。それを見た彼女の目が太ぶちのメガネの向こうで柔和に歪んだ。
「どうしてわかったの?」
「私も同じだからです」
「舞ちゃんも……?」
「半年くらい前ですか、私が魔法少女になったのは」
彼女は網膜に焼きついたなにかを幻視するように空を見る。
「小学校の廊下でそれを見ました。ぬめぬめしてざらざらした、魚のような、けれど人形で、二足で立つ生き物です」
私はそれ自体を見たことはなかったが、その語り口から、私が初めてあれを見た時と同種の恐怖を持っていることは明らかだった。
「お化けなんかいない、いるはずがないって言い聞かせて横を通ったら、こう、首筋を撫でられてですね、そこからの記憶が無いです。起きたら学年中どころか学校中から避けられる羽目になりまして、それから学校にも行けず、外も出歩けずで――」
「もういいよ。わかった」
彼女がそれをどう思って話しているのかはわからなかったけれど、彼女の過去は自分の状況とも重なって、聞いているだけで辛かった。
「そうですか?」
「うん、それから魔法少女になったの?」
「ああ、はい。魔法少女になったのはもう少し後ですね。その時には運良く金目中の入試は終わっていたので、ずっと家に引きこもっていました。ある日親が出かけて家に私一人になった時、ふと窓の外を見たらまた同じやつが、こんな風に、水かきを貼り付けてぎょろぎょろ覗き込んでいて……って、かさねさんどうしました?」
「舞ちゃん、噺家の才能があるよ……」
彼女の実感のこもった描写を聞いているとその様子がまざまざと浮かぶ。私の二の腕に鳥肌が立っているのは決して、五月ながら効いている冷房のせいではなかった。
「噺家?」
「まあまあ、気にしないで」
「気になりますけど……ええと、どこまで話しましたっけ」
「あー魚人訪問?」
「ぎょ、魚人訪問?」
「もう、つっかかるなあ」
「かさねさんが変な言葉遣いするからですよ……」
「そんなあ、私国語は得意だよ?」
「甚だ意外です」
「……舞ちゃんは私をなんだと思ってるの」
「ちょっと……天然、いえ…………個性的、な方だなと」
「それ変ってことでしょ!?」
私が突っ込むと、彼女はくすくす笑う。それを見た私も楽しい気持ちになって、笑みを浮かべた。
なんだかとても長い間、こういった時間を過ごしていなかったような気がする。
ただ自分の事態を隠さなくていいというだけで肩の荷が降りたように感じて、自然に笑う事ができた。
「ん? なに?」
すると、別れたときと同じように舞ちゃんはなにかに話しかけられたような素振りを見せた。
耳を澄ましても、それらしい声は聞こえないが、使い魔とやらと話しているんだろうか。
「うん、わかってるけど! ………いや、それは…………もう何回も聞いたってば……うん……うん……わかった。そうする」
会話が終わると、彼女は「はあ」と小さく息を吐いた。
「使い魔?」
「ええ、まあ。それよりも話を進めましょう」
「あ、うん」
「とにかく、二度目に怪物に出会ったとき、私は同時にポップにも出会いました。そして、魔法少女になり、怪物を倒す力を手に入れたんです」
「え? 使い魔に出会ってから魔法少女になったの?」
「そうですよ。普通、魔法少女は使い魔に出会ってから魔法少女としての力を手に入れるんです」
「……それ、使い魔っていうの?」
「呼び名なんてどうでもいいでしょう。かさねさん、実はどこかで出会ったりしてないんですか?」
「いや、使い魔ってどんなのかわかんないからな……。カニみたいなはさみで羽があって頭が脳みそみたいなやつじゃないよね?」
「違います! そんなのその辺にたくさんいます!」
「たくさんいるんだ……」
「本当に、会ってないんですか……?」
「白い羽根の、コウモリと竜の合いの子みたいなやつじゃないよね……象か二トントラックかみたいな大きさの」
「象……? わからないですがたぶん違います」
「そのくらいだよ、私が出会ったのは。その後、舞ちゃんに会ったんだもん」
「そう……ですか」
どういうわけか、彼女は私が使い魔に出会っていないということを非常に残念がっているようだった。
舞ちゃんがそれにこだわる理由も、ましてや残念に思う理由もよくわからないまま、彼女は席を立った。
「そろそろ行かなくちゃ行けないので、とりあえずこれ」
そう言って伝票の上にいくらかのお金を置いた。
「またなにか出たの?」
「そういうわけではありませんが。……かさねさん」
彼女は、私の目をまっすぐに見つめて、名前を呼ぶ。
「ど、どうしたの、改まって」
「今日は楽しかったです」
「それは良かった。私も久しぶりにおしゃべりできて楽しかったよ」
「次はもっと時間のある時に」
「うん、またね」
「また……今度」
それから足を踏み出したのを最後、振り返ることもなく、彼女は去っていった。
その時の私は、ただ私立中学に通うような子は色々予定もあるのかな、なんて思うだけで、結露したカップからアイスティーを吸いつつ見送るだけだった。




