5-1
ようやくまた金曜日。
疲労に足を取られながら、授業を終えた私は階段を降りていく。
ただ毎日、学校に来るだけのことでこんなにも疲れる日が来るとは思っても見なかった。
昇降口まで来た私は、一番上の段にある自分の靴箱から学校指定のローファーを取り出し、足を入れる。
「いたっ」
足に伝わる痛みに靴の中を確認すると、ご丁寧に天を向いた画鋲が入っていた。
とっさに周りを見回して誰か見ているんじゃないかと確認してしまう。
「くっそもう……」
下駄箱の前で口汚い悪態をついた。
(このまま誰かのに入れてやろうか)
ささくれだった心の中で思いつつも、私は画鋲を手のひらで転がしながら、そのまま学校を出た。
月曜日、木鈴駅前で白衣の男を見つけ、ヘドロのような怪物と向き合い、舞ちゃんと出会った。
火曜日、クラスから無視されていること、杏子と喧嘩していることを思って気は進まなかったが、学校に行った。体育が終わったあと、机には落書きされていた。
水曜日、朝からため息が止まらず、ごはんを食べている時に父親に指摘されつつ学校に行くと下駄箱に上履きがなく、廊下の端に転がされていた。
木曜日、今までとは逆に睡眠時間が長くなってきて、朝起きられなくなった。遅刻ギリギリで学校に行ったけれど、昼休みに教室を離れている間に数学の教科書がボンド漬けになって開かなくなっていた。
そして、今日だ。
家に帰り着いて、セーラー服のままベッドに飛び込んだ。
「はぁあああああ~」
横たわったまま、肺の空気を全て吐き出してしまうくらいの長いため息をついた。
(長い一週間だった……)
週初めにゴーストタウンを目撃して、それから毎日毎日気の休まる暇もなかった。味方のいない教室にはすぐに慣れたけれど、敵しかいない教室にはいつまでも慣れる事はできなそうだった。
あ~あ~あ~、なんて声を出しながらベッドの上をごろごろしていると、床に放り出された教科書が目について、渋い表情になる。
私には教室での状況なんかよりも、『魔法少女』なんかよりも、切迫した問題が存在するのだった。
授業の理解が追いついていない。
ここのところ家での勉強の時間もあまり取れていないし、ゴールデンウィークからこっち授業を全く聞いていなかった。
そろそろ中学三年生の内容も本格化してきて、いよいよまずい。
「明日、参考書でも見に行こうかな……」
それで、日曜日にやって、水曜日には実力テストがあるからその勉強もして……。
授業もわからない。教室に居場所もない。進路も考えなきゃいけない。その上、わけのわからないことに巻き込まれている。
「はぁー……学校行きたくない」
このあたりで本屋といえば、駅前には古本屋と新刊が入っているのかも怪しい小さな本屋があるくらいで、参考書なんかを見に行くのであれば少し足を伸ばさなければならない。
隣駅にもそこそこの本屋があるのだが、どうせ電車に乗るのならショッピングモールまで来てしまったほうが種類も質もいいので、前回から五日も経たずに木鈴へ向かう。
今日は、妙な白衣の男がいたりしませんように。
木鈴駅からモールにつながる入り口から、そーっと顔を出す。
(良かった。ちゃんと人が歩いてる……)
ただいつもと同じように人間が道を歩いているというだけなのに、目尻に涙が滲んで来てしまいそうなほど安心した。
ただし、そうしている私は傍目にも怪しかったらしく、駅から出ていく男子高校生がチラチラと振り返りながら歩いていく。
(はずっ)
知り合いとかいないよね、とドキドキしながら小走りでそこを離れる。
モールへと続くメインストリートは平常通り人でごった返していた。あの時誰もいなかったファストフード店や喫茶店も今は盛況で、店員が忙しそうに客をさばいていた。
きょろきょろとお店を覗きながら人混みの中を進んでいけば、ペデストリアンデッキに上がるエスカレーターが見える。
その頂点を見上げて私はどきりとした。なにもあるはずがないとわかりながらも、おびただしい数の人間が倒れていたあの光景を思い出すと、今でも血の気が引く。
エスカレーターを上りきると、幸いにもデッキは平和な姿のままでほっとする。
(そういえばあの時倒れていた人たちはどうなったんだろう……)
救急車でも呼んだほうがいいのかもしれないとは思ったものの、あの空間がどうなっているのもわからなかったし、なにより学校をサボって遊びに来ていることがバレるのが怖くてどうしてもできなかった。
(でもニュースなんかにも出ていなかったし、こうして数日後にもう普通になってるんだから、みんな助かったんだよね)
私が見た限りではそんなに苦しそうというわけでも、死んでいるという感じでもなかったし、心配する必要はないと結論づけた。
そんなことを考えながら、私は一人でショッピングモールの中に入る。
(うぅ……まずい)
足を進めていくうちに、並び立つ洋服屋さんや可愛い雑貨屋さんなどに入りたいという気持ちがむくむくと湧いてくる。
(きょ、今日は参考書見に来たんだから~……)
そうやって自分に言い聞かせても、一度止まった足は店の奥にある猫の刺繍がされた巾着を手にとってみないことには動きそうになかった。
ちょっとだけ、ちょっとだけねと口の中でつぶやきながら雑貨屋の中に入っていく。
少し照明が落とされてごちゃごちゃとした店内の中からかわいい一つの品物を探し出すのは、宝物を探すようでとてもわくわくする。見つかっても見つからなくても、なんとなく満足することができる不思議な空間だった。
奥の方から見て回っていくうちに、ふと雑貨屋さんに一人で来るのは初めてかもしれないということに思い当たる。
(いつも杏子と一緒に来てたからか……)
特に中学生になってからは、思えばどこに行くにも一緒だったような気がする。
このショッピングモールにだって杏子と一緒に来た回数が一番多い。
もちろん、この店にだって――。
強い寂しさを覚えて、ギュッとスカートの裾を掴む。ざわざわと周囲の話し声が耳について、目の前の光景から急に色が抜けたように感じた。
目頭が熱くなって、「ヤバい」と思いつつ懸命に息を止める。
手に持っていたシュシュを棚に戻して、出口へと駆け出ようとした。
「かさねさん……? なにやってるんですか?」
そこにいた制服姿の魔法少女を見て、私の感情は決壊する。




