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「星は流れ、光は闇を払う――ルーチェ・ステラーレ!」
ペデストリアンデッキの上から、無数の光の粒が飛来する。
きらきらと輝きを放つ粒が怪物にぶつかると、光が闇を払うというお題目を体現するように、その黒い体を削り、穴を空けていく。
大きく体を揺すり、どうにか逃げようとするものの、のんびりと歩いていくうちにみるみる小さくなっていき、ついには光のシャワーの中に消えていった。
あっという間に怪物が消えていく様を目の当たりにして、私は目をぱちくりさせた。そうしていると、声の主がデッキから降りてくる。
「大丈夫ですか!?」
それは、私と同い年か少し下くらいの少女だった。
すぐに目についたのはその格好だ。
やたらとひらひらフリル多めで、薄紫色を基調としたロリータ調のワンピース、さらに右手には頂点にシンボルとして大きめの紫の星型があしらわれた魔法のステッキ。
「なるほど、魔法少女だ」
いったいそれがなにを意味するのかなんてことを考えようとしたことが馬鹿らしくなるくらい、彼女を見て、その言葉はすんなりと腑に落ちた。
「えっと……?」
「ああ、こっちの話」
私より背の低い魔法少女は、少しこちらを見上げながら、不思議そうに首をかしげたけれど、それからすぐに口を開いた。
「あの、男の方ですか?」
今度は私が首をかしげる番だった。
初対面、しかもこんな状況で出会った人間に対して、開口一番聞くこととはとても思えない。
「いや、私は生まれてからそうだったことは一度もないけど……」
「そうですよね。すいません」
なんなのかはわからなかったけれど、彼女の質問を受けて私は、自分が小学校に上がるよりも前に、『男女』扱いをされていたことを思い出した。
今はそんなこともないけれど、その昔、私はおままごとや人形遊びをするよりも、外でごっこ遊びをしたり、走り回ったりしているほうが好きな女の子で、そうやってベタにからかわれることも多かったのだ。
あまり好ましくない記憶を思い出して、顔をしかめる。
「あなたも、魔法少女なんですか?」
その問いの答えを私は探しているのだったけれど、ひとまずは頷くしかなかった。
すると、彼女は少しだけ緊張が解けたようにして、自己紹介を始めた。
「わたし、金萩大附属目鳶中学の一年で、平須舞って言います」
金萩大附属目鳶中学――金目中といえば、木鈴と私の最寄り駅の間にある中高一貫の女子校で、このあたりでは有名なお嬢様校だった。
感心する間もなく、視線に促されて自分も自己紹介を行う。
「私は南中三年の上岡かさね。『あなたも』ってことは舞ちゃんも魔法少女ってこと?」
「はい、まさか同業に会うとは思ってなかったです。ポップがこの辺の担当はわたしだって言ってたので……」
「ポップ?」
「ああ、使い魔のことです」
「使い魔……本当にアニメみたい」
私が感想をつぶやくと、舞ちゃんは少し驚いたように聞き返した。
「かさねさんは使い魔がいないんですか?」
「そうだね。私はこうなってからまだせいぜい二週間かそこらだし」
使い魔というのがどういうものかはよくわからなかったけれど、適当に話を合わせておくと、彼女はうつむき加減に、新たな質問を繰り出す。
「……かさねさん、今日はどうしてここにいたんですか?」
「それは、ちょっとショッピングモールに用があってね。たまたま鉢合わせちゃったっていうか」
今度は答えても彼女が黙り込んでしまって、気まずい気分を味わうことになった。
初対面の子と喋るのはあまり得意ではなかった。
影の落ちるタイルを眺めながら、どうにか会話の糸口を探す。
「舞ちゃんは、その、どうしてここにきたの?」
「ポップがああいうのを察知する力を持っているので、気づいてすぐ飛んできたんです。最近はこんな風に人を襲うのも多いですし、早く倒さないと」
そこで、私は先程気になったことがあったことを思い出した。
「どうしてさっきあの怪物をすぐ殺しちゃったの?」
「むしろ倒さなくてどうするんですか? 人を襲うんですよ?」
「話が通じるかもしれないじゃない」
舞ちゃんは、私の言葉に顔を上げて、強く反論した。
「かさねさんはまだわかってないのかもしれないですけど、あれは人の精気を吸う恐ろしい怪物です」
「そ、そうなんだ……」
「だいたい、話なんか通じるわけ無いですよ。せいぜい『テケリテケリ』とか言うくらいです」
「え? そんな――」
私が自分の聞いた怪物の声について話そうとしたところ、彼女はなにやら話しかけられたような素振りを見せる。
「ん? なに?」
「どうしたの?」
「あ、すみません。ポップが他の場所の怪物を感知したらしくて。すぐに行かなくちゃ」
便利な機能だ、と思ったのは心の中にしまって、年上らしく「無理しないでね」とだけ伝えた。
「かさねさんこそ、使い魔と会えるまで無茶しないようにしてください。今日だって私がこなかったらどうなってたことか」
むしろ心配されてしまったと苦笑いしつつ、肯定の意思を伝える。
「あ、そうだ。かさねさん、携帯電話持ってますか?」
「持って……る、けど」
ジーパンのポケットに入っていたはずだ……。
「ポケットとかに入ってたなら、たぶんあると思うところにありますよ」
禅問答のようだったけれど、それが真理を語っているというのは、少しでもこの世界に踏み込んだらわかることだった。
適当に鎧の隙間に手を差し入れる。
「あった」
「でしょう?」
自分の言ったことが認められて、嬉しそうに微笑んだ。ようやく彼女の年相応の顔をみることができたような気がした。
それから、「なにかあったらまず連絡してください」と言われつつ、連絡先を交換し終えると、舞ちゃんは魔法少女らしく杖を振ってふわりと浮かび上がる。私が手を振るのを見てから、空へと消えていった。
舞ちゃんが去っていったのを見送ってすぐ私は駅へと戻った。
ホームに滑り込んできた電車に飛び乗って、家路に乗る。
(しっかりした子だったな……)
年下のはずなのに、魔法少女という使命に裏打ちされた自信を持っていて、この力に振り回されがちな私とは大違いだった。
(もっと違う風にこの力を手に入れていたら、私も違っていたのかな)
それは、無意味な仮定だったけれど、ああはなれなかった自分を思うと、考えざるを得なかった。
でも、自分と同じ立場の人間がいることを知って、少しだけ、心に余裕を持つことができた。
(なにも解決できなかったけれど、今日は来てよかった)
気が塞いでいた自分にとっては、そう思えたことがなによりの収穫だった。
上向きになった気持ちと一緒に、自分の状態を自覚する。
「お腹すいた……」
窓から入る柔らかくなった陽射しが時間の経過を示していて、お昼ごはんを食べ損ねた事に気づいた。




