4-2
「道は、ここまで」
私は、人が倒れていた場所から、他の脇道もできるだけ調べながら、道を進んでいった。
相も変わらずメインストリートには人影はなかったけれど、いくつかの脇道には他にも人が倒れていた。
倒れていた人はみんな、なにをしようが起きなくて、けれど死んではいないようだった。
それらを辿りつつ、メインストリートを上って行き、ついにその終点にたどり着く。
そこで、平行に走っていた道はすべて合流し、大きな交差点となっていて、そこは、今でも人で賑わっていた。
私が本来の目的通り、ショッピングモールに向かうならば、終点前のあたりからペデストリアンデッキに上ることになる。
嫌な感じがしていた。
それは、ここに入ったときからそこにあったような気がしていた感覚。
ただ、異様な状況に恐怖しているだけなのかもしれない。
脳みその化物に襲われたときも、の化物を殺したときも感じていた気持ちの悪い緊張感。
(この上……)
その感覚に従って、私はデッキへと上がるエスカレーターに足を踏み入れる。
センサーで乗客を感知したエスカレーターはガコンガコンと音を立てて、私を運ぶ。
交差点上のデッキは広場になっていて、モールへ行く人たちの待ち合わせ等で人が途切れることはない。
頂点に近づき、視界が開けた。
「うぇ……」
図らずうめき声が出る。
広場は、ある区画――きっと下の道の終点の真上まで――を境に、通常通り人々が往来していた。
けれど、人が入ってこない区画もほとんど埋め尽くされるくらいに、人で溢れていた。
今までとは段違いの数の人間が、おそらく同じように、倒れている。
(いったい、なにがこんなことを……)
きょろきょろとなにかおかしいものがいないか、明らかに変なものがないか探す。
しかし、こんな状況を引き起こせそうなものは、なに一つ見つからなかった。
そこに倒れ伏す人たちの中から、声が立った。
「なんだぁ? お前?」
(……え? 人?)
流れていく人を背景にしていたから、こちら側に誰か立っていることにまるで気が付かなかった。
ひょろ長くて、ぎらぎらと目を輝かせているのに、ただ立っているだけで危ういような、まるで科学者か何かのように白衣を羽織った男。
その腕には、立派な革装丁で殴れば人を殺せそうな厚さの本が抱えられている。
(あれ……!)
その本を視界に捉えた瞬間、胸のうちに恐怖か、怒りか、狂喜か、同定できない大きな感情が渦巻く。それが引いたと思ったら、私の姿は、コウモリのときのように無骨な鎧姿になっていた。
変身した私を見て、彼は残念そうに舌打ちする。
「なんだよ、誰か起きたわけじゃねーのか。期待させやがって」
その言葉は、もしかしたら自分と同じようにゴーストタウンに迷い込んだ人物なのかという希望を抱かせたが、私の変身を見て驚くこともないということはそんな人畜無害な人物ではない。
傍観者でないのならばもちろん、当事者だ。
「あなたが、これを起こしたんですか」
彼はあっさりと会話に応じた。
「そうだよ。会話が通じるなんて、この辺じゃ見ない顔だが、珍しい魔法少女もいたもんだ」
すんなり肯定されたことにも驚いたけれど、それ以上に、明らかにこの場に似つかわしくない単語が混じっていたような気がして、反射的に繰り返す。
「魔法少女?」
「あぁ? そんなことも知らないのか? お前みたいなのをそういうのさ」
ま、魔法少女ってつまり、日曜日の朝なんかにテレビでやっているような、小学生の女の子向けアニメの主人公みたいなものことでしょ?
私が――それ?
「な、なんでそんな……」
「知らねぇよ。まあ、この辺を縄張りにしてるやつはよっぽどそういう格好だけどな」
そういう格好っていうことは、フリルがフリフリだったり、巨大なリボンが頭についていたり……って!
「待って! じゃあ、私みたいなのが他にもいるってこと!?」
「そりゃお前みたいなのはそこらじゅうにいるだろうよ」
それは、もしかしたら、私の力の秘密がわかるかもしれないってこと?
「今日だってそのうち来るとは思ってたが、入ってくるのに気づきもしないとは思わなかった。やりすぎだったかねぇ」
更に、彼はふと空を見上げて、
「噂をすれば、だ。方っぽうは腑抜けでも二人は面倒くさい」
それから、おもむろに本を開き、何かをつぶやく。
すると、ガシャン! ととても重い金属がぶつかるような音が背後からして、私は振り返った。
さっきの音は、どういうわけかエスカレーターの上に街灯が落ちて来たもののようだった。
「……え?」
更に、それを引き起こしたであろう男は、捨て台詞を吐いて、
「それじゃあお前らは仲良く半分こにしてこれでも食ってろ。ピザカッターは必要なさそうだしな」
私が再び目を向けたときには、もういなくなっていた。
なんだかもやもやした気持ちを抱えながら、私は大きくため息をつく。
「食べられないってこんなの……」
私はどこからかやってきた街灯にふらふらと歩み寄った。
「これ、下の道のやつかな。戻したほうが――」
あと数センチで触れる、というところでその街灯に変化が起きた。
輪郭が不安定になり、だんだんと形を変えていく。
驚き、飛び退いた私の鼻に下水道のヘドロを煮詰めたような悪臭が届く。
「けほ、うぇえ……なにこれ……」
みるみるうちに姿を変え、街灯だったものは元の形状を想像することもできない『なにか』になっていた。
それは、『なにか』と形容するのが一番正しいように感じられた。
乗用車程度の大きさで、どす黒いタールのような一様の体が、手足を型作り上空に向けて無数の触腕状に伸びる。こちらに向いている二つの目を除けば、生き物らしい器官はなに一つ見当たらない。奇々怪々という言葉にふさわしい、あまりにグロテスクな姿をした怪物だった。
ただ身じろぎするだけでその醜怪さが網膜を通じて伝染してしまいそうな気がして、背筋に怖気が走る。
その姿に当てられた私は後ずさりしながら、威嚇するように必死に左手のサーベルを掲げた。
かかとが何かにあたって、気がつく。
(まずい……後ろには人が倒れてるんだ……)
あの大きさでも、実はわたあめのように軽いということならばともかく、それが乗ったエスカレーターが不穏な駆動音を鳴らすだけの機械に成り下がっていることからわかるように、大きさに見合った重さはあるのだ。
そんなもの、敵意のあるなしにかかわらずここから先にすすめるわけにはいかない。
「いくよっ!」
誰にいうでもなく掛け声をかけつつ走り出した私は、数歩先の眉間に、勢いをつけて刃を突き立てる。
豆腐に箸を刺したような感覚を感じながら踏み切って、くるりと空中で一回転、そのままエスカレーターのふもとまで飛び込んだ。
メインストリートのタイルをマットに前転。すぐに立ち上がって振り返る。
「む、無傷……?」
怪物はまったく動じることなくそのままでいた。
しかし注意をこちらに向けることには成功したようで、ぎょろりとした緑色の瞳をこちらに移動させて、私を見た。
(確かに、刃物では傷つかなそうな感じだけどさ)
粘土というかスライムというかプラナリアというか、そういう類だ。分裂しないだけよしとするべきかもしれない。
打つ手なしの私が動きあぐねていると、それはのそのそと足らしき部分を動かして、エスカレーターを降りてきた。
慌てて詰められた分離れるが、それでも当座の最大の危険は去ったと言っても良さそうだった。
それでも、打つ手はなく、きれいに舗装されたメインストリートの上で睨み合う時間がしばらく続いた。
先に辛抱たまらなくなったのは私の方だ。
「もう、こんなのどうしろっていうのよ!」
緊張感に耐えられず、人のいない路上で力いっぱい怒鳴る。
当然、それは誰に当てたわけでもなかったのだけれど、怪物が私の声に反応するように体を揺すった。
それは、大きな声を出した私に対して、威嚇をしたのかもしれない。
でも、なんだか目の前の怪物が、ちゃんと私の言葉を聞いているような気がした。
同時にコウモリを殺した時の罪悪感を思い出す。
その気持ちに押されて半信半疑のまま、再度口を開いた。
「えっと……さっきはいきなり切りつけてごめんなさい」
すると、怪物は触腕をぐるぐる振り回したと思ったら、数歩、歩みをこちらに進めた。
やっぱりわかっているのかもしれない、と私は更にもう一度意思疎通を試みる。
「あなたは何者?」
これを聞いて、今度は眉間の辺りにもう一つ色の違う瞳を増やし、それをぱちぱちと閉じて、瞬きを繰り返す。
何か伝えたいのかと、その動きに集中すると、
『――――』
具体的に何かが聞こえたわけではなかったけれど、頭に直接音が刷り込まれるようなその感覚には覚えがあった。
(あの時、最初と同じ)
ラジオの周波数が合うように段々と音ははっきりとした形になる。
『聞こえる?』
なんだか、不思議な気分だった。
まったく異なる存在のような見たまま怪物としか言えない生き物に、話しかけて、返事が返ってきた。
達成感とも違う、奇妙な喜びがあった。
「うん!」
『ぼくだよ』
ん? なんだって?
「そ、それはどういうこと?」
『それは、ぼくだよ』
(……まるで会話ができそうにない)
その言い方で通じるということを完全に信じ切っているような、むしろ、こうやって通じるのが、それにとっては普通なんだということが心底わかってしまって、意思疎通ができないんじゃないかと、がっかりする。
一瞬光明が見えただけに失望感は大きい。
私はため息をついて、黙り込むことしかできなかった。
『これも、あれなんだね』
「あれってなによ……」
肩を落として、会話をする気もなくただ文句をつける。
『魔法少女』
「え?」
また、それか。
この短時間で二度もその単語を聞くことになるとは。
ダメ元で、それがなにを指すのか聞いてみようとした時、答えが降ってきた。
「星は流れ、光は闇を払う――ルーチェ・ステラーレ!」




