第32話 見えた光明
コトハの全身から、ハガネダチを相手にしていた時と同じ様に【参式・雷装武御雷】によって制御された三つの雷が噴き出す。
唯一あの時と違うのは、武器を強化する黄色い雷だ。今コトハが装備しているのは訓練用のハルバートであり、雷桜の様なコトハの雷属性を最大限に活かす設計は施されていない。精々全属性の魔法を平均的に魔法付与出来る程度の機構が組み込まれている位か。
その為か、本来高密度の雷刃が形成されるはずの斧部には不安定に揺れる雷が見えた。それでも、刃と分かる位の形を保っている辺り、コトハが持つ属性制御・魔法制御の技術の高さが伺える。
対する俺は、右手に金重を一振り構えて、その剣先をピタリとコトハに向けていた。ただ、ちょっとした小技を使っている。
コトハの敵は俺では無い、あのハガネダチだ。なので、対人戦の訓練をやってもあまり意味が無い……そこで、俺は自分の気質を少し変えてみる事にした。
初めてあのハガネダチと対峙した際にアイツから感じた殺気、気迫、圧力……覚えている範囲内ではあるが、それ等に俺自身が持つ気を練り直して近付けてみた。
気配が隠しにくい場所で警戒状態の獣を狩る時に、獲物に合わせて自分の気配を変える事で接近を容易にするって技術何だが……これ、魔の山で暮らしていた時にはかなり役に立った。久しぶりにやってみたけど、中々どうして一度自分で覚えた事って言うのは忘れないもんだな。
その効果の程は、コトハの様子を見れば分かる。魔法によるフル強化状態、遠慮無しに向けられる殺気と憎悪、剥き出しの犬歯……確実に、コトハは俺の背後にアイツの幻影を見ている。ドラゴンの気質を真似るってのは初めてだったが、上手く俺の思惑通りに行っている様だ。
これなら幾分かマシな筈――そう考えた時、コトハの姿が掻き消えた。
「疾ッ!」
一瞬でトップスピードまで加速したコトハが間合いを詰め、先程までの強化無しの状態より数段速い斬撃を俺の首目掛けてに奔らせる。
もうガチで殺す気満々である……が、それがいけない。
俺は金重を手首の動きのみで僅かに傾け、飛来したハルバートの側面に当ててやる。それだけで、必殺の一撃は呆気無く地面へと落ちて訓練場の地面を深く斬り裂いた。
速度のある一撃の欠点はコレだ。相手に見切られず、正確に切り込めたのなら問答無用で両断だが、そうでない場合は側面にちょっと当てられただけで大きく軌道が変わる。
結果、攻撃した方は全力の一撃を捌かれて隙を作り、受けた方は最小限の力で攻撃を回避した上で反撃が出来てしまう。
剣術で言えばコトハの遥か下を行く俺でさえこうも簡単に捌けてしまうのだ、あのハガネダチなら言わずもがなってやつだな。
そして、実際に刃を交えて分かった。今の状態のコトハは、読み易すぎる。何故なら、岩殻竜を相手に一方的な戦いを展開した時の様な落ち着きが無いからだ。
速度も力も文句無し。しかし、今のコトハは全身から殺気と憎悪を濁流の様にだだ流しにしている状態だ。その氾濫した気は全て剣先に乗り、相手にどこに攻撃してくるかを知らせてしまう。これじゃ折角の一撃が台無しだ。
普通のドラゴンが相手なら、それでも力押しで何とかなるかも知れない。だが、コトハが倒そうとしているハガネダチは普通では無いのだ。アイツがコトハの凄まじい連撃を苦も無く捌けていたのは、恐らく今の俺と同じくその剣気を鋭敏に見抜き、それに対処出来るスピードと技術を持ち合わせていたからだ。
「コトハ、熱くなり過ぎだ。それじゃなんぼ振るったって一太刀も届かないぞ」
「ッ!!」
俺の忠告が届いていないのか、相も変わらず速度と力に任せた連撃を叩き込んで来る。が、それ等は全て俺が軽く合わせた金重に弾かれていた。
乱雑な上に直線的、これで見切るなと言う方が無理な話だ。おまけに視線も「今から攻撃しますよー」って場所にガッツリ向けられてるもんだから尚の事対処し易い。
「一か所を見るな、全体を見ろ。殺気と憎悪を体の中に仕舞い込め、全部攻撃に乗っちまってるから見切り易いったら無いぞ」
「ガアッ!!」
おいコラ、何でそこで悪化する? 獣じゃドラゴンには逆立ちしたって勝てないんだぞ? ましてや相手はあのアホみたいに対人戦に長けたハガネダチ、今に至るまで何回ぶった斬られてる?
頭が沸騰しちまってるコトハを一回冷ます為、俺は何回目か分からない攻撃を弾いて、ガラ空きになった左肩に金重の面を押し付けてそのまま地面に押し倒した。無論、金重自体の重量で押し潰されないようにしながらだが。
「あぐっ……!」
「その激情を捨てろとは言わねぇ、ただ自分の中に留めろって言ってんだ。そんだけ派手に気を撒き散らしてたら、当たるモンだって当たらないって事ぐらい、お前だって分かってんだろ?」
金重の剣先で肩を押さえつけられ地べたに這い蹲りながらも、必死にもがくコトハに淡々と言って聞かせる。まさかこんな場面で金重の切れ味の悪さが役に立つとは……他の剣で同じ事やったら今頃コトハの左肩には風穴が開いてるな。
「お前の“憎悪”はアイツを倒すのに必要な物だ。ここまで歩みを止めさせなかった原動力な訳だしな……だが、それに呑まれるのは駄目だ」
「…………」
「感情に支配されるんじゃなく、お前が支配するんだ。心は熱く、頭は冷やせ。闘気は外に出すのではなく内側に満たして、相手に攻撃を読ませるな……アイツを倒したいなら、俺が今言った事を全てやって見せろ」
「――!」
出来るな? と言ってスッと金重を退ければ、弾かれた様にコトハは後ろへと跳んで俺から距離を取った。
そうして乱れた息を整えハルバートを構え直すと、コトハは深く息を吐きながら目を閉じる。すると、さっきまで垂れ流しだった気が徐々に収まっていき……やがて、ピタリと流出が止まった。
それと同時に、コトハが目を開き緋色の瞳を覗かせる。その視線を見て、俺は率直に言って感動した。
(凄ぇな……言っといて何だが、普通こんな早く実践出来るか?)
センスの塊だと言わざるを得ない。短時間所では無い、ほんの数秒で俺が言った事をモノにしたその才能……これなら仮に“復讐心”と言う八年間コトハの全てを動かしてきた物が無かったとしても、相当な高みに行けた筈だ。
(リーリエとは別ベクトルの天才って訳か……末恐ろしいね)
自然と、口角が吊り上がった。どうしてもこういう手合いを相手にすると、頭で本物の殺し合いでは無いと分かっていても気分が高揚する……悪癖かもな、コレ。
それはそれとして、俺は改めて金重を構え直す。
恐らく、次の一撃は今までの攻撃とは違うだろう。手数こそ減るかも知れないが、容易に対処出来る物では無い筈だが――。
瞬間、コトハが音も無く消えた。それとほぼ同時に左側から迫る極限まで研ぎ澄まされた鋭い気配。
視界の端に映ったのは、地面スレスレの超低空から俺の左顔面に向かって振り抜かれた神速の雷刃だった。金重で打ち払うのは……無理だな、間に合わない。
「御美事ッ!」
今までフリーだった左腕が迫り来るハルバート目掛けて振り抜かれる。脱力の状態から瞬時に加速し、音を置き去りにした裏拳がその刃とカチ合った瞬間――パァン! と言う乾いた音と共にハルバートが粉々に砕け散った。
一瞬空気の流れが止まった直後、爆裂的に発生した衝撃波と突風が雷を纏いながら訓練場の地面をメッタクソに抉り取る。それが収まった時、訓練場の中に静寂が戻った。
柄のみになったハルバートを振り切った状態で止まっているコトハと、ピリピリとほんのり雷を帯びている左腕を振り抜いて止まっている俺。
やがて、俺はゆっくりと左腕を下ろしてコトハを見た。
「……何だ、やれば出来るじゃねぇか。本番もこの調子で頼むぞ?」
そう言って笑った俺に、コトハは何も返さない。
あ、あら……? もしかして、ちょいと偉ぶり過ぎちゃったかな……?
「……あぅ」
「っとォ!」
若干焦った時、コトハの体がぐらりと揺れた。咄嗟に左手を戻してその身体を支える。
「……魔力切れか?」
「みたいやね……ちょっと、無理し過ぎたかも」
「あー……すまん、病み上がりだって事忘れてた」
「ええよ、気にせんでも……少し、光明が見えた気がするわ」
そう言って、コトハは腕の中で自分の右手を見詰める。どうやら、俺が言った事が少しは役に立った様だ、良かった良かった。
そう安堵した時、不意に凍てつく冷気が俺の体を包み込んだ。それに、ビクンと俺の体が震える……コトハも同じように震えたのを見る限り、どうやら俺と同じ感覚に襲われている様だ。
恐る恐る、その冷気が漂ってくる方向を俺とコトハは見やる……案の定、そこには凍える笑顔を浮かべながらこちらへと歩いて来るリーリエとアリアの姿があった。
「……お 二 人 と も ?」
「ち ょ っ と お 話 が あ り ま す」
「「は、はひっ……」」
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