第21話 紐解かれる過去
ポンポンと雷桜の壊れた斧部を叩くゴードンさんは完全に鍛冶師としてのスイッチが入っている。やはり、この人に任せて正解だった様だ。
「だが、その為にはちょいと特殊な鉱石がいる」
「何ですか?」
一も二も無く食らい付いた。ゴードンさんがより強力な武器に出来ると言ったんだ、その為の素材集めなんざ幾らでもやって見せる。
「“天雷鉱石”って鉱石だ。天雷鉱石は雷属性との相性が他の鉱石に比べて飛びぬけて良くてな。それを使えば、これの使い手……コトハが扱う雷属性との相性が最高の武器になるだろう」
ただな、とゴードンさんが難しい顔になる。もうこの時点で、その天雷鉱石って奴が手に入れるのに大変な労力を使う物だって言うのが察せますねぇ!
「天雷鉱石が採掘出来る場所って言うのが厄介な所でな……この街から最短で行ける場所が、≪オーラクルム山≫の頂上付近なんだ」
「あー……それはまた」
ゴードンさんの口から出てきた名前に、俺は内心で溜息を吐く。
≪オーラクルム山≫――この地方で最大の標高を誇る巨大な山だ。上層は雪で覆われており、常に天候が荒れている。一部じゃ“神託が下る山”なんて呼ばれて神聖視されたりしている。
その山頂付近となると……面倒だな。俺達のタイムリミット的な意味で。
「場所が場所だけに、市場にも殆ど流れん……過酷な場所だ、行くならみっちり時間を掛けて準備をした方がいい」
「いえ、今日出ます。詳しくは省きますけど、今の俺達には時間が無いんで」
「そ、そんなに急ぎなのか?」
「えぇ、まあ」
「……分かった。ならワシの方でも、お前達が天雷鉱石を持ち帰ったらすぐに作業に取り掛かれる様にしよう」
「すんません、助かります」
俺が頭を下げると、ゴードンさんはカッカッカッと笑ってぐっと力こぶを作って見せた。
「気にするな。これだけの業物を作り直すんだ、楽しみで腕が鳴るってもんよ……ああ、そうだ。ちょっと待ってろ」
何かを思い出したのか、ゴードンさんがカウンターの裏側にある引き出しをゴソゴソとし始める。
そして、一枚の紙を取り出してペンを走らせ始めた。はて、あの紙はギルドのクエストボードに貼ってある依頼書と似た感じだが……。
「……よし、こんなもんか。ホレ」
「これは?」
「指名クエストの依頼書だ」
指名クエスト……確か、依頼主が特定のスレイヤーを指名して発注するクエストだったか。つまり、この依頼書はゴードンさんが俺達へ名指しで依頼するクエストが書いてあるって事だ。
内容は……“≪オーラクルム山≫での天雷鉱石の採取、及び採取した素材の武具屋≪竜の尾≫への納品”だ。
「クエストって形にしとけば、スレイヤーとしちゃ何かと都合が良いだろう。≪オーラクルム山≫でのクエスト何て中々出ていないだろうしな……時間が、無いんだろ?」
「――! 恩に着ます!」
「おう、さっさと行って来い」
パッパと手を振るゴードンさんから依頼書を受け取って、俺は≪竜の尾≫から飛び出す。
何から何まで申し訳無いな……今度、珍しいドラゴンを討伐する機会でもあったらその素材を提供させて貰いますぜ、ゴードンさん!
◇◆
≪竜の尾≫を後にした俺は、リーリエとアリアが向かった図書館へとダッシュで向かった。通行人がギョッとした顔になっているが、そんなの気にしていられない。
向こうがやってるのは調べ物だ、それも極端に情報の少ないドラゴンについてならそれ相応の時間がかかっている筈。こちらの用事が終わったのなら早めに合流して手伝いをしたい。
「……ここか!」
ガガガガッ! と音を立てながら石畳を踏みしめてブレーキを掛けた俺の前に現れたのは、重厚な石造りの建物。間違いない、ここだ。
俺は入り口を潜ると、足早に受付へと向かった。
「すいません」
「はい、何でしょ――ヒッ!?」
突然目の前に現れた俺を見て、受付のお姉さんが短く悲鳴を上げる。ああ、なんかこの反応凄ぇ久し振りな気がする……俺そんなに怖いかなぁ!?
「ここに二人組の女性が来ませんでしたか? リーリエとアリアっつー名前なんですけど」
「え、は、え?」
「あ、二人ともウチのパーティーメンバーなんですよ。はい、これ」
ちょっとこのままだと埒が明かなさそうだったので、俺はスレイヤーの身分を証明する等級認識票を提示した。それを確認したお姉さんは、ハッと我に返り慌てて仰け反っていた姿勢を正した。
「は、はい! えーと……黄等級スレイヤーのムサシさんですね。リーリエさんとアリアさんなら、二階の歴史資料室にいらっしゃいます」
ん? 歴史資料室? 二人はハガネダチについて調べている筈だが……まぁ気にしてもしゃあない。もしかしたら別に調べる事を見つけたのかもしれんし、取り敢えずは合流しよう。
俺はお姉さんに礼を言って、二階へと昇る。通路に現れた俺の姿を見た瞬間、他の利用者がザザザッと道を開ける。
……“葦の海の奇跡”か何か? 泣くぞコラァ!!
そんな悲しみを背負いながらも、俺は何とか目的の部屋の前まで辿り着いた。年季を感じさせる木製のドア、そのドアノブに手を掛けようとした所で扉が勢い良く内側へと開き、リーリエが姿を現した。
「おっと」
「あっ、すいませ……ムサシさん!」
頭を下げかけていたリーリエが扉の前に居たのが俺だと気付くと、パッと顔を上げる。
「おう、俺だ。リーリエ達の進捗はどうだ?」
「えっとですね……取り敢えず、中へ」
リーリエに手を引かれて、俺は歴史資料室とやらの中へと入る。
室内はかなり広く間取りが取られており、所狭しと置かれた本棚や山積みとなった資料と思われる書類が目に付いた……職員さん、もうちょい整理した方が良くなぁい?
「ムサシさん、お疲れ様です」
部屋の奥へと進むと、一つのテーブルに何かの資料を広げているアリアの姿があった。あれは……新聞か何かか?
「お疲れ。こっちの方は修理にちょいと特殊な素材が必要になったから、これから採りに行くって事になったんだが……二人とも、何を調べていたんだ? ハガネダチについて調べるって言ってたけど……ここ、歴史資料室って名前だよな?」
「ええとですね……最初は私もアリアさんも、ドラゴンについての学術書を中心に調べていたんですけど、ハガネダチについての資料が全然見つからなくて」
リーリエが申し訳なさそうにそう言った横で、アリアがクイっと眼鏡を指で上げて口を開いた。
「なので、アプローチを変える事にしました。直接ドラゴンについて調べるのではなく、コトハさんの故郷が襲撃を受けた八年前辺りの年代を中心にして≪皇之都≫で起きたドラゴンによる竜害について調べる事で、間接的ではありますがハガネダチについての情報を得ようと思ったんです」
人間の生活圏で発生したドラゴンによる何らかの被害を、竜害と言う。獣害のドラゴンバージョンだな。
「それで、今までこの歴史資料室で調べ物をしていたんです……と言っても、私はアリアさんに言われた場所にある資料を運んで来ていただけですけどね……」
「いえいえ、リーリエが欲しい資料を素早く持って来てくれているからここまでスムーズに調べられるんですよ。ワタシ一人ではこうはいきません」
「はえー、ふたりともしゅごい」
成程なぁ、今必要な情報が正面からでは得られないと判断したら、即座に切り口を変える……うん、脳筋の俺には無理だわ。
十年前にこの世界に来る前はもうちょい頭が回った筈なんだけど……あれ、俺肉体は進化したけど知能は退化してねぇか? いや、今はそんな事はどうでも良いんだよ!
俺はかぶりを振ってアホになっていた頭を元に戻した。
「で、その様子だと収穫はあったみたいだな」
「はい。ムサシさん、この資料を見て下さい」
そう言ってアリアが指し示したのは、机の上に広げられた一つの資料。
「ギルドが月毎に発行している機関紙です。うちのギルドでもある程度保管はしていますが、新しい年代の物ばかりで八年も前の物は残っていません。でも、ここにあるのは今から十二年前に≪皇之都≫にある一番規模の大きいギルドが発行していた物です」
「よ、よくそんな古い物が残ってたな」
「ええ、本当に助かりました。それで、注目してほしいのはこの部分です」
そう言ってアリアが機関紙をめくり、ある一面を俺の前に出した。まだ見ていなかったのか、リーリエも俺と一緒に紙面へと顔を近づける。
そこには、デカデカとした見出しと共にある記事が掲載されていた。
「『山間部ノ小村、長大ナ頭角ヲ有スル京紫ノ竜ニヨル襲撃ヲ受ケル。死傷者多数』……これは」
「はい。記されている外見的特徴から察するに、恐らくコトハさんが探していたハガネダチが引き起こした竜害に関する記事かと。この時点では、ハガネダチという名前は無かったようですが……これ以前に、似たような特徴を持つドラゴンの襲撃事件に関する記事は有りませんでした」
「じゃあ、あのハガネダチがコトハさんの時みたいに人の生活圏を襲い始めたのって……」
「十二年前から、って事になるな……俺の方でも、ゴードンさんにハガネダチについて何か知っているか聞いてみたんだが」
「何か分かった事が?」
「ああ。ハガネダチの頭角ってのは歳を重ねる毎に長くデカくなっていくらしいんだが、俺達が出くわしたハガネダチレベルで長い頭角を持っている個体は、普通は居ないらしい。あの頭角の長さから考えると……アイツは少なくとも三十年は生きているんじゃないかって話だ」
「さ、三十年……」
俺の言葉を聞き、リーリエが驚愕の表情を浮かべる。無理も無い、自然界での生存競争は人の生活圏から離れれば離れる程苛烈な物となる。そんな中で三十年も生き続けられるヤツは多くは無い……意外と、この世界のドラゴンという連中は短命なのだ。
「おう。だが、十二年前時点で名前が判明していなかった所を見ると……最初の襲撃までは、山奥とかでひっそりと生きていたのかもな。『ハガネダチ』って名前が付いたのは、もしかするとコトハの故郷が襲われた辺りなのかもしれん」
俺は一つ大きく息を吐いて、紙面に視線を戻す。この記事から四年後に、コトハの故郷だった街が襲撃を受ける訳か。
今回の件……根本的な始まりを知るなら、かなり時間を遡らないといけない様だ。
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