第20話 砕かれた戦斧
これからの方針が固まった所で、俺達は二手に分かれる事にした。
「まずやらなきゃならんのはコトハの武器の修理だが、これに関しちゃコトハが俺に一存するって言ったから、≪竜の尾≫に持ってってゴードンさんに修理を頼もうと思う」
「分かりました。ワタシの方ではハガネダチについてもう少し調べてみようと思います。ギルドの資料には無くても、図書館で保管されている長期保存資料の中にデータが残っているかもしれませんので」
「なら、私はアリアさんのお手伝いをします。竜種全書に記載されていなかったドラゴンですから、探すならかなりの量の資料を読み漁る事になると思いますので」
「了解。多分俺の方が早く終わると思うから、修理の依頼が済み次第二人の方に行くわ」
リーリエとアリアが頷いたのを確認し、俺達はギルドを後にする。二人が図書館のある方角に歩いて行く後姿を見送り、俺も≪竜の尾≫へと向けて歩き出した。
出来れば、ゴードンさんの工房に雷桜を修理するのに必要な素材等が揃っていればいいのだが……正直、厳しいかもしれない。
そもそも作られたのがこの地方から遥か東に離れた≪皇之都≫だからな……でも、何とかして貰うしかない。
「実際に見せるまでは何とも言えねぇな」
小走りに大通りを進みながら、一人そうゴチる。兎にも角にも、ちゃっちゃとゴードンさんの所へ行こう。話はそれからだ。
◇◆
店の扉を開けて入って来た俺を見て、ゴードンさんは開いていた広報誌の様な物を閉じた。
「すんませんゴードンさん、今いいすか?」
「営業時間中だ、悪い訳が無い……で、どうした? また何かの制作依頼か?」
「いや、今回は武器の修理依頼っす」
「なに? まさか、あの剣が折れたのか!?」
ゴードンさんが驚愕に目を見開いて立ち上がるが、そうじゃない。
「金重は欠けてすらいませんよ、相変わらずアホ程頑丈です。修理して貰いたいのは、俺の武器じゃなくて知り合いが使っていた武器なんすけど……」
「知り合い……お嬢ちゃん、って訳じゃ無いよな。取り敢えず見せてみろ」
ゴードンさんに促されて、俺はマジックポーチの中から雷桜を取り出してカウンターへと置く。それを見たゴードンさんの目が細まり、注意深く観察しながら口を開いた。
「こりゃまた……派手にやったな」
斧部が元のサイズの三分の一程になっている雷桜を手に取りながら、ゴードンさんが呟く。確かに、刃が欠けたとかそう言うレベルじゃないからな……。
「普通、こういう戦斧が壊れるってのは柄が折れるってケースが殆どだが……コイツは、斧部がバッキリイカレてやがる。それでいて、破断面が何かに斬られたみたいに整っている……ムサシ、これを操っていたヤツは一体どんなドラゴンと戦ったんだ?」
「【斬刃竜】ハガネダチってドラゴンっすね。ソイツの頭角と正面からカチ合った結果、そうなっちまって」
俺からその名前を聞いたゴードンさんがピタリと手に持っていた雷桜を動かしていた手を止める。何やら、納得がいかないと言った様子だ。
「……妙だな。ハガネダチは確かに剣の様な角を用いて戦うドラゴンだが」
「えっ、知ってるんすか!?」
「ああ。ワシがまだ若い頃、≪皇之都≫に居た凄腕の鍛冶師の元に一時期弟子入りをしていた時があってな。その時に、何度かハガネダチの素材を用いた武器を作った事がある」
マジかよ、意外な所にあのドラゴンについて知っている人がいたもんだな。もしかすると、コトハが得ていた情報以外の……鍛冶師だけが知っているハガネダチの特性なんかについて聞けるかも。
「アイツの素材、取り分け頭角は剣の素材として非常に優れている。状態が良けりゃ、表面処理だけして柄を付けりゃそのまま剣として扱える位にはな……だが、これ程の業物を斬るだけの鋭さは無い」
「やっぱ、凄い武器なんですか」
「うむ、コイツを作った鍛冶師は相当な腕前だな。技術や知識は勿論、魔法についても深い造詣がある様だ……見てみろ」
そう言って、ゴードンさんが雷桜の壊れた斧部を俺の目の前に持って来た。指差した先には、よく見ると精密なラインの様な物が表面に幾つも張っている。
そこで、ゴードンさんが徐に火属性の魔力を通す。すると、そのラインが瞬時に赤い光を通して、残っていた僅かな刃に炎を纏わせた。
「魔法付与を行った際に効率良く魔力を伝達する為の仕組みだ。柄の中から斧部に掛けて、びっしりと組み込まれてる。強度を損なわず、これだけ細かく正確な加工を施せる鍛冶師は中々居ない……恐らくだが、この戦斧を使っていたのは雷属性を操るスレイヤーだろう?」
「そうっすね。斧部に雷の刃を纏わせて戦っていました」
「やはりか……コイツの魔法付与機構は雷属性に特化している。今ワシの火属性を通せたのは、破壊された事によって機構の属性特化が失われたからだな」
「成程。雷属性のみを扱うコトハ専用の設計になってるって事っすね」
「コトハ……これの使い手か?」
「そうですね」
「等級は?」
「青等級……何ですけど、実際の腕前は紫等級レベルっすね。変分化属性や固有魔法使いこなして戦う凄腕です」
俺がそう告げると、ゴードンさんはううむと唸る。相当な使い手だとは思っていた様だけど、流石に紫等級レベルだとは思っていなかったようだ。
「なら尚更こんな壊れ方は不自然だ。紫等級クラスの使い手が魔法付与を施したこの大業物を叩き斬るなんざ、如何に鋭い頭角を持ったハガネダチでも到底出来る芸当じゃないぞ」
ああ、ゴードンさんの話を聞けば聞く程あのハガネダチが如何に通常個体よりも強靭な個体かって事が分かるな。さて、こっから先はゴードンさんにもアイツについて伝えないと。
「確かにコトハは凄腕です。武器強化と身体強化を用いて、強固な外殻を持つ大型種の岩殻竜を単独で圧倒出来る位に。ただ、そのコトハと戦ったハガネダチも並の同種個体とは比べ物にならない位強い奴なんすよ……聞きたいんすけど、ゴードンさんが知ってるハガネダチの頭角ってどの位の大きさが平均的です?」
「む……そうだな。根元から先端まで、大体二、三メートルって所か」
「四倍」
「は?」
「そのハガネダチの頭角は、その四倍位の長さがあったっす。厚みもありましたし、金重と正面から打ち合って刃こぼれ一つ起こさない位の強靭さも併せ持ってたっすね」
その言葉に、ゴードンさんは絶句する。自分が持っていたハガネダチに関する知識と、今俺が話した個体に関する情報との乖離が激しかったと見えた。
「……何だそりゃ、原種なのか?」
「恐らく。以前俺とリーリエで討伐したクラークス変異種程の元が分からないレベルの変化はしていませんでしたし」
ゴードンさんは腕を組んで暫く考え込む。俺はその思考を邪魔しない様に閉口し、ゴードンさんが再び口を開くのを待った。
「……ハガネダチの頭角は、成長の証なんだ」
ゆっくりと、一言一言を噛み締める様にしてゴードンさんは言葉を紡いだ。
「長く生きれば生きる程、ヤツの頭角は長く強靭になっていく」
「……つまり、俺達が見たハガネダチはそんじょそこらのドラゴンよりも長く生き、経験を積み重ねた個体だと」
「そうだ。その過程で、この戦斧をぶった斬る程強靭で長大な頭角と、技術を身に付けたと考えられるな」
……不味いな、これは不味い。経験という物は過去の積み重ねだ。通常では有り得ない程頭角を発達させたという事は、それだけ長い年月を掛けて生き延びて戦闘技術を磨いて来たという事になる。
「その長さまで至る為には、十年や二十年ではきかない筈だ……少なく見積もっても、三十年は生きているだろうな」
「それは……ヤバいっすね。戦闘経験の蓄積が半端無さそうっす」
「当然だろうな、強くなけりゃそれだけ長生きなんて出来ないだろう……ソイツを、仕留めに行くのか?」
重々しい口調で問い掛けて来るゴードンさんに、俺はコクリと頷いた。
「ええ、この武器の持ち主……コトハのリベンジマッチですよ。俺とリーリエは、その手伝い」
「……はぁ。どうにも、お前達はいつも面倒な事に首を突っ込んでいるよな」
「良く言われます。で、修理は出来ますか?」
「駄目だ」
……え? 即答? ま、マジで?
「修理して同じ形に戻しても、また同じ末路を辿る……だから、残った部分をベースとして作り変える。使い勝手はそのままに、より鋭くより頑強に……魔法付与機構も強化して、その化け物の頭角をぶった斬れる様にな」
そう言ったゴードンさんは不敵な笑みを浮かべ、その瞳をギラギラと光らせていた。
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