第19話 状況開始
ガレオの元を後にし、俺達三人は一階のギルドホールまで降りて来ていた。
既に情報が伝わったのか、ギルド職員がクエストボードから≪カルボーネ高地≫でのクエストの依頼書の回収を始めていた。仕事が早いねぇ。
そんな光景を眺めながら、俺達はホールの隅っこにあったテーブルへと向かう。あそこは衝立もあるので、内々の話をするにはもってこい。
「あの、ムサシさん」
「コトハの事だろ? まぁ座ろうぜ、二人とも」
俺達三人はテーブルに備え付けられた椅子に腰を下ろす。衝立でホールからこちらの場所を見えなくした上で、俺は口を開いた。
「さて、これから二人に聞いて貰うのはコトハの過去について何だが……アリア。俺とリーリエが何をしようとしているかはもう聞いたか?」
「はい。昨日の夜、リーリエの口から聞きました。ワタシも、お手伝いしますよ」
「そうか……すまんな、勝手に決めちまって。本来ならアリアにもきっちり相談するべきだったんだが」
「気にしないで下さい。ムサシさんとリーリエがやろうとしている事は、きっと間違っていませんから」
「そう言って貰えると助かる。なら、話そう」
俺はふぅ、と一つ息を吐く。コトハに俺達が手を貸すと決め、コトハがそれを受け入れたのなら……コトハが過去に経験した事については、避けては通れない話だ。
「まず、コトハが海を渡ってハガネダチを追いかけている理由だが……予想していた通り、復讐の為だった。だが、復讐すると決意するに至った過程は想像よりもずっと酷いモンだったよ……二人とも、覚悟して聞いてくれ」
俺の言葉に、二人が無言で頷く。それを見て、俺も静かに口を開いた。
「コトハがあのハガネダチに復讐する理由……それは、昔アイツに家族を皆殺しにされ、生まれ故郷を滅ぼされたからだ」
「――っ!?」
「それ、は」
俺が告げた真実に、リーリエとアリアが言葉を失う。それでも、俺は言葉を続けた。
「始まりは八年前。≪皇之都≫の中にあるコトハとその家族が住んでいた街を、あのハガネダチが襲ったんだ。コトハの家っつーのが、何でも代々その街を守る役目を担ってきた家系だったそうなんだが……その役目を果たす為に戦って、結果コトハ以外は全員死んだ。コトハが生き残ったのは、ギリギリの所で親父さんが命と引き換えに守ってくれたからなんだと……リーリエ、アリア。【崩雷】って二つ名の紫等級スレイヤーを知っていたりするか?」
「い、いえ。私は知りませんね……」
「【崩雷】……あっ」
どうやら思い当たる節があったのか、考え込んでいたアリアがパッと顔を上げる。
「確か二十年ほど前に、その二つ名を持つ紫等級のスレイヤーが居たと記録に残っていた筈です。何でも、雷属性を自在に操りドラゴンを屠る、紫等級の中でも屈指の実力を持つ獣人族のスレイヤーだったと……まさか!」
「ああ。その【崩雷】が、コトハの親父さんだ。他の人間が次々に殺されていく中、唯一その親父さんだけがハガネダチと互角以上に渡り合えたらしい……だが、死んだ。自分の命を燃やして、コトハを守り切って死んだんだ」
自然と握りしめた拳から、みしりと音がした。さぞかし無念だった筈……家族を殺され、元凶は未だのうのうと生きており、それでも自分の命を賭して守り切ったコトハは、今復讐の道を歩いている。
「俺とリーリエが見たハガネダチは、四つある眼の内右側の一つが潰れていた。それをやったのは、コトハの親父さんなんだ。だから、アイツがコトハの追い掛けている個体で間違い無い」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
俺の話を聞いていたリーリエが、声を上げる。
「コトハさんが≪皇之都≫を出たのは五年前なんですよね? でも、その事件があったのが八年前なら海を渡るまでの三年間は一体何を?」
「その三年間は、ひたすら自分を鍛え上げながらハガネダチを探して≪皇之都≫中を旅していたらしい。その過程で、探し求めていた相手が海を渡った事を知ったんだそうだ……リーリエ、コトハの歳は知ってたっけか?」
「えっと、確か等級認識票には二十五歳、と……」
そこまで言い掛けて、リーリエの顔がサッと青くなる。
「そうだ。つまり、コトハは今のリーリエと同じ歳の頃に大切な物……家族と故郷を失ったって事になる」
俺が告げた残酷な真実に、リーリエの肩がびくりと震える。アリアがそっとリーリエの肩に手を置き、視線を俺に送って来た。
キッツイ話だろうが、これから先コトハに手を貸すのならこの事実は受け止めなければならない。リーリエには悪いが、話を続けさせて貰おう。
「十七にしてあのハガネダチに全てを奪われたコトハは、直ぐにヤツへの復讐の為に行動を始めた。五年所じゃない、俺が魔の山で暮らしてきた十年に迫る長い時間を、コトハは復讐に費やしてきたんだ」
「……壮絶、過ぎますね」
「ああ」
未だに口を開けないリーリエに代わって、アリアが唇を噛み締めながら言葉を零した。
俺はふと天井を見上げる。十七っつったら、向こうの世界で高校二年生をやってる頃か。季節が冬なら、もう大学受験に向けた勉強を始めているな……至って、平和に過ごしていた時間だ。だが、その時コトハは既に復讐への道を歩き始めていた訳だ。
それは、あまりに凄絶で――あまりにも、哀しい。
「変分化属性も、固有魔法も、紫等級クラスの戦闘力も……全ては、あのハガネダチを殺す為だけに身に付けた力なんだよ。どれもこれも、一朝一夕で身に付けられる様なモンじゃないのは明白……地べたを這いずり回り、血反吐を吐く様な鍛錬をしたのが容易に想像出来る」
今の俺は、十年と言う長い時間を掛けた末に出来上がっている。強靭な体も、精神も……それは、生きる為に身に付けた力。
対して、コトハの力は憎い相手を殺す為に身に付けた血塗られた刃だ。その刃を、八年と言う歳月の中で完成させた執念は凄まじいと言う他に無い。だが……。
「リーリエ、アリア」
俺は話を区切り、二人の名前を呼ぶ。青褪めていたリーリエも、俺の言葉とアリアに促されて顔を上げた。
「コトハにとって、あのハガネダチは家族の仇であると同時に、今の修羅道から抜け出す為に必要な唯一の鍵でもある」
「鍵……」
「そうだリーリエ。アイツをコトハ自身の手で討ち取る事で、初めてコトハは過去では無く未来を見て歩ける様になるんだ」
「その為には、討伐隊よりも早く動く必要がある……そう言う事ですね?」
アリアの言葉に、無言で頷く。もしここで討伐隊に先を越されようもんなら、恐らくコトハの心は永遠に血生臭い場所から出られなくなる……そんなの、あんまりだろうが。
「俺は、コトハに八年前から今に至るまでの決着を付けさせてやりたい……改めて頼む。二人とも、俺に手を貸してくれ」
そう言って俺は膝に手を突き、リーリエとアリアに深く頭を下げる。もう決めた事とは言え、ここで再度二人に頷いて貰う為に俺が出来るのは、こうして頭を下げる事だけだ。
「……顔を上げて下さい、ムサシさん」
その言葉で頭を上げれば、先程までの青ざめた表情では無く、静かな意志の強さを感じさせる凛とした表情のリーリエの姿が、そこにはあった。
「――やりましょう、ムサシさん」
たった一言。だが、その一言の中には≪カルボーネ高地≫の馬宿で見せた時よりも強い大きな覚悟と決意が滲んでいた。
「……ムサシさん。ワタシもリーリエも、今の話で怖気づく様な女じゃありません。寧ろ、今の話を聞いて尚の事、コトハさんの手助けをしたくなりました」
アリアがそう言ってリーリエと同じ凛とした表情を見せる。二人の視線を受け止め、俺は口を開いた。
「ありがとうな、二人とも……なら、行動を始めよう。こっから先は時間との勝負だ」
「「はいっ!」」
その会話を最後として、俺達は席を立つ……コトハの為の戦いが、始まった。
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