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第10話 戦略的撤退

 曇天を見上げながら、体が下へ下へと墜ちて行く。空を切る音が雨音を引き裂いて行く中、俺は思考をフル回転させた。


(ヤバい、あそこから地面まではそこまで長い距離は無かった筈。≪アルブール山≫での時みてぇに空中で体勢を立て直すだけの時間は……無い!)


 それに、満足に体が動かない状態のコトハをこんな不安定な抱え方をしたまま着地するのは危険だ。

 そう判断した俺は、躊躇無く握ったままだった金重(かねしげ)を手放す。自由になった両手を使って、改めてリーリエとコトハの体をがっちりと抱き締めた。

 が、その時に視界の端を樹木の先端が通り過ぎていった。つまり……地面はすぐそこだ!


(しまった、予想よりも地面との距離が近かった! しゃーねぇ、背中で受けつつ可能な限り衝撃を――)


 その時、不意にリーリエの魔導杖(ワンド)が白く光る。えっ、光魔法?


「【防壁展開(プロテクション)】ッ!」


 リーリエの鋭い詠唱と共に、多数の六角形を組み合わせた半透明の壁が()()()()()()出来上がった。

 次の瞬間、地面との距離が零になり、凄まじい衝撃が俺達の体を……襲わなかった。

 背後に作られた【防壁展開(プロテクション)】が、地面に衝突した瞬間にグンッ、という弾力と共に俺達の体を受け止めたのだ。

 その反動で浮き上がったタイミングを見逃さず、素早く俺は体勢を立て直して地面へと着地する。衝撃はほぼ無い。一拍置いて、金重(かねしげ)が轟音と共に少し離れた地面へと突き刺さった。

 後ろで、役目を終えた【防壁展開(プロテクション)】が消えていく。そこで、漸く俺達の緊張が解けた。


「リーリエ……ナイスフォローだ」

「ありがとう御座います……」


 腕の中で、リーリエがホッとした様に息を吐く。


「いや、ホント助かった。あのまま背中で地面にぶつかったら衝撃を殺しきれんかったかもしれん」

「い、いえ……墜ちてる最中に、【防壁展開(プロテクション)】の衝撃吸収能力が役に立つんじゃないかと思って咄嗟に張ってみたんですけど、上手く行って良かったです」

「成程、まぁ硬いだけじゃ防壁としては役立たずだもんな……いい判断だった」

「あはは……固定観念に縛られないって大事ですね。私自身、【拘束(バインド)】を含めてこんな使い道があるとは思いませんでした。でも、あまりぶっつけ本番では使いたくないですね……」


 しかし、今回はその機転に助けられた。間違い無く今日のMVPはお前だぞ、リーリエ。


「……って、こんな悠長に話している場合じゃありません! コトハさんが!!」


 我に返った様に、リーリエが慌てて俺が左手で抱えていたコトハへ目を移す。腕の中のコトハは非常に顔色が悪く、目を閉じて微かに呼吸をしている状態だった。


「こりゃ不味いな。リーリエ、体力回復液(キュアポーション)をありったけ出してくれ」

「分かりました!」


 リーリエを腕の中から解放し、俺はコトハを左手で抱えたまま膝を付いてその体を支える。空いた右手を腰のアイテムポーチへと突っ込み、中に入っていた俺の分の体力回復液(キュアポーション)を纏めて引っ張り出した。


「ムサシさん、これで全部です!」

「よし、俺が支えとくから飲ませてくれ」

「はいっ……」


 体力回復液(キュアポーション)の蓋を開けて、リーリエがゆっくりとコトハの口の中へ流し込んでいく。これで全回復……は、厳しいかもしれん。


「う……けほっ、けほっ」

「我慢して下さい、コトハさん……!」


 咽るコトハの背中を軽く叩きながら、リーリエが体力回復液(キュアポーション)を飲ませていく。やがて、少しずつではあるが呼吸が安定してきた。


「はぁ……はぁ……」


 しかし、呼吸は改善されてもその顔色は良くならない。その様子に、リーリエが戸惑いの声を上げる。


「お、おかしいです……これだけ体力回復液(キュアポーション)を飲ませたのに顔色が戻りませんし、目も開かないなんて……」

「……多分、原因はこれだな」


 そう言って、俺は髪で隠れていたコトハの左首筋を露出させる。それを見たリーリエが、息を呑んだ。

 髪の下に隠れていた場所、そこにはコトハが薄皮一枚であのドラゴンの斬撃を躱した時に付けられた切り傷があった。が、その傷周辺の色がヤバい。

 ――紫紺色。人体に浮かび上がるには、余りに違和感のある毒々しい色。コトハの白い肌も相まって、その色は酷く鮮明に俺達の目に映った。


「まさか……毒!?」

「ああ、間違い無ぇ。コトハの状態と血が止まらねえ傷口を見るに、多分だが神経毒と出血毒が同時に入っちまってる……ったく、クソみてぇな小細工使う野郎だな、あのドラゴンは!」


 俺は天を見上げながら舌打ちをした。確か神経毒がコブラ科で、出血毒がクサリヘビ科の持つヘビ毒だった気がする。勿論、全く同じでは無いと思うが……恐らくアイツはその二つを混ぜ合わせた様な毒素を作る器官を持っており、そこで生成した毒を頭角に流し込めるのだろう。

 つまり、あの斬撃は掠っただけでもアウトって事……俺は斬撃波こそ受けていたが、直接肌を斬り付けられた訳では無いので問題無しだが、コトハは肌一枚斬られてしまった。

 その僅かな傷でも、これだけの症状が出る。このまま時間が経過するのは、非常に宜しくない!


「リーリエ、解毒剤か何かはあるか?」

「ちょっと待って下さい……これを!」


 そう言ってリーリエが取り出したのは、紙で包まれた緑色の粉だ。


「薬草を調合して作られた解毒剤です。医療機関で作られた物ですから、効果はある筈!」

「ナイスだ!」


 俺は雨で粉末が流れてしまわない様にしながら、コトハの口へと粉末を入れる。すかさず、リーリエが水筒に入った水を飲ませて、粉末を胃袋へと押し込んだ。


「どの位で効く?」

「すぐに効きます。クエスト中に使う薬品で、即効性の無い物は万が一の時に使い物になりませんから」

「確かにな……木陰に移動しよう。このままじゃ体が冷えちまう」

「はい……」


 コトハの体をそっと抱え直し、俺達は近くにあった木の影へと場所を移す。そこで暫く様子を見ていたのだが……。


「……効いて、ない?」

「っぽいよなぁ。顔色も戻んねぇし、出血も止まらねぇ……」


 俺の頬に、冷や汗が一つ流れる。解毒の効果が現れない以上、このままここに留まるのは愚策だ。雨も降り続いているし、このまま低体温症にまでなったら手遅れになる。一刻も早く撤退してミーティンに戻って医療従事者に見せねぇと……あっ!


「リーリエ、状態異常回復系の光魔法ってないか!?」

「……!」


 俺の言葉を聞いたリーリエが、弾かれたように立ち上がり魔導杖(ワンド)を構えた。


「【耐性強化(トレランズフォース)】・【加算(アディション)】!」


 その詠唱で、俺達の足元に白い魔方陣が現れ、そこから溢れた光がコトハの体を包み込んでいく。


「直接解毒が出来る魔法は有りませんけど、【耐性強化(トレランズフォース)】は対象者の毒や麻痺と言った状態異常に対する抵抗力を上げる効果があります! 薬が効かない程の毒状態の人間に対して、どの位通用するかは分かりませんが……【治癒(ヒール)】・【加算(アディション)】!」


 耐性アップの魔法に加えて、治癒魔法も追加でリーリエが発動させる。俺はアイテムポーチから魔力回復液(マナポーション)を数本引っ張り出し、リーリエの足元へ転がした。


「ありがとう御座います!」


 リーリエが魔法文字を刻み終わった左手で、魔力回復液(マナポーション)を手元へと引き寄せる。光魔法が効果を発揮し続ける中、俺は改めてコトハの状態を見た。

 顔色は、さっきよりも大分マシになっている。つまり、あの魔法が効果を発揮しているって事なんだが……出血が止まらない。

 俺はコトハの傷口を、改めて見る。神経を研ぎ澄まして観察すれば、紫紺に変色している場所が他の部分に比べて僅かに盛り上がっているのが分かった。

 それに気付いた瞬間、俺は迷わずにコトハの傷口へ吸い付く。そのまま流れ出ている血も含めて吸い取ると、口を離してそれを近くへと吐き捨てた。


「うっ……!」


 ビチャッ、と音を立てて地面にへばり付いた物を見て、リーリエが思わず言葉を詰まらせる……俺が吐き出した血液は、通常では考えられない程に毒々しい赤紫色をしていた。


「傷口付近に毒が蓄積してるみたいだから、全部吸い出す。体に回っちまった分はもうどうにもならんから、リーリエは引き続き魔法による治癒を頼む!」

「わ、分かりました!」


 そうしてリーリエが光魔法を掛け続ける傍ら、俺は何度も血を吸い出してはそれを吐く。暫く繰り返していると、やがて吐き出す血液の色が赤色へと戻っていった。


「よし……こんなもんか」

「ですね……あの、ムサシさんは大丈夫ですか?」

「ダイジョーブダイジョーブ、ちょっと舌が痺れてるだけだから」

「【耐性強化(トレランズフォース)】・【加算(アディション)】!!」


 ちょっと……いや、かなり怒った様な口調で、リーリエが俺にも耐性アップ魔法を掛けた。


「もうっ! ムサシさんは自分の体を気にしなさ過ぎです!」

「えぇ……本当にちょっと痺れてるだけだぜ?」

「問答無用です! 万が一ここでムサシさんが毒で倒れたらどうするんですか!? 言っておきますけど、私一人の力じゃムサシさんとコトハさんを運んで行くなんて無理ですからね!!」

「う、ウッス! すんまへん!!」


 鬼の様に怒ってくるリーリエに、俺は小さく縮こまる事で反省の意を示す。だが、確かにリーリエの言う通りだ。この状況で俺とコトハをリーリエ一人で運んで行くのは、強化魔法マシマシにしてもキツイ……てか無理だな、うん。主に俺のせいで。


「……大分、落ち着いて気ましたね」

「ああ。これならもう移動しても問題無い筈だ」

「待って下さい、動く前に包帯を巻きます」


 魔法を解いたリーリエが、手早くコトハの傷口をアイテムポーチから取り出した包帯で包んでいく。その間、俺はあのドラゴンが現れないか周囲に警戒網を張り巡らせていた。


「……はい、これで大丈夫です」

「サンキュ。後は、この雨で体が冷えない様に……」


 俺は自分のマジックポーチから折り畳まれている紫金のマントを取り出して、コトハの全身をグルグル巻きにする。人間簀巻きですねコレは……ちょっと窮屈だろうが、我慢してくれよ?


「ムサシさん、私のローブも」

「いや、それはリーリエが着といてくれ。これから全速力で馬宿まで戻るから、ローブ無しじゃ雨風でリーリエまで体調を崩しちまうかもしれねぇ」

「わ、分かりました」


 俺の言葉に、リーリエはローブに付いているフードを被り、きゅっと紐を結んだ。その間に俺はブレードホルダーを外して、その革製のベルト部分を使ってコトハの体を俺の前面に横抱きにする様な形で固定する。金重(かねしげ)の重さに耐える逸品だ、切れはしまい。

 そうした後、俺達は木陰から出て最初に落ちた場所へと戻る。そこで、地面に放り捨てた金重(かねしげ)を回収して、マジックポーチへとぶち込んだ。



 ――グオオオオオオオオンッ!!――



 雨音に混じって、上の方からあのドラゴンの咆哮が聞こえてくる。それは、どこか勝ち誇った様な愉悦の色を含んでいる様に聞こえた。


「行こう、リーリエ」

「……はい」


 静かに頷くリーリエを背負い、俺は地を蹴ってその場を後にする……逃げる訳じゃ無いぞ、これは戦略的撤退ってヤツだからな! 覚えとけよクソ野郎!!

お読みいただきありがとう御座います。

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