第6話 雷を纏いし白狼
「あぁ、そう言えば」
「うん?」
リーリエを介抱しながら、コトハがふと思い出した様に口を開いた。
「ムサシはんって、もしかしてうちと同郷だったりする?」
「同郷……では無いな」
確かに、コトハの名前は日本名と言う感じがするし、方言にも聞き覚えはある。
だが、同郷って事は無いだろうな……だって俺、この世界の生まれじゃねぇし。
「そうなんや。名前の響きがうちと似とったから、てっきり≪皇之都≫出身かと思ったんやけど」
「スメラギノミヤコ……そこがコトハの故郷なのか?」
「せやね。ここからずーっと東に言った所にあるでーっかい都市でなぁ、海に浮かぶ列島の上にあるんどす」
ああ、薄々感じてはいたけどめっちゃ日本っぽい……すんごい和風な都市なんだろうなぁ。
「て言うても、うちは五年前に飛び出して来て以来一度も帰っとらへんのやけどなぁ」
五年前……つまり二十歳の時に家を出たって事か。この世界では十五で成人らしいから、別段不思議は無い。
「へぇ、て事は海を渡って来たのか。結構な長旅じゃなかったか?」
「そらもう、長い旅路やったよ? あちらこちらの街や村のギルドを転々としとったからなぁ……」
そう言い終わると、コトハは俺からふと視線を外して馬車の外を見やる。その視線は、遥か遠くを見つめていた。
「帰りたいとは、思わないのか?」
「んー……思わへんかな。少なくとも、うちの目的を果たすまでは帰るつもりはあらへんよ」
目的。その言葉を口にした時、一瞬だけコトハの緋色の瞳が揺らぐ。
……これ以上は、あまり深く踏み込まない方が良さそうだな。誰だって、触れられたくないモノはあるだろうし。
「そうか……果たせればいいな、その目的ってヤツ」
「果たすよ、絶対に……その為に、うちは牙を研いだんや」
そう言ったコトハは、視線を俺に戻して薄く笑顔を作る。その笑みの中には、どこか仄暗い覚悟の色が浮かんでいた。
◇◆
ミーティンを発って三日、俺達三人は目的の≪カルボーネ高地≫へと辿り着いた。
標高が高いという事もあり、強い風が吹いている。気温も低く、装備によっては肌寒いと感じるだろう。
「リーリエ、寒くは無いか?」
「はい、大丈夫です。上から一枚、ローブを羽織っていますから」
そう言って、リーリエは肩から掛かる紺色のフード付きローブをひらひらとさせる。よしよし、寒さ対策は大丈夫みたいだな。
「と言うか、ムサシさんこそ寒くないんですか? その鎧、防寒機能は有りませんよね?」
「無いね。でもこの程度なら全く問題無しだ、寧ろ涼しくて快適なレベル」
ふっ、魔の山で十回冬を乗り越えた俺にとってはこの程度へでもない。
魔の山の冬は半端ないぞぉ。ドカ雪が降るわ吹雪くわ雪崩が起きるわクソ寒いわ……あ、でも八年目位からは毛皮無しでも元気に駆け回れるようになってたな、ハッハッハ……俺は雪男かよ。
「快適……こ、コトハさんは寒くないんですか?」
「大丈夫どすよ、リーリエはん」
そう言ってにこりと笑い、コトハはピコピコと白いケモ耳を動かす。それを見て、俺はふと疑問に思った事を口にする。
「なぁ、コトハの耳と尻尾って狼の物って事で合ってる?」
「あら、良く分かりましたなぁムサシはん。大抵の人はイヌビトと間違えるんやけど」
俺の言葉に、コトハが尻尾をばっさばっさ振りながら答える。
「ん、気配が犬のモンじゃ無くて狼のそれだったからな」
「へぇ、そんな事までわかるんや……なぁ、ムサシはんって何でそんなに感覚が鋭いん? 普通、気配がどうのこうのなんて口に出来るヒト族なんてそうそうおらんで? 感覚以外も、色々と常人離れしとるし……」
「あー、その辺の事については俺の出自が関わって来るんだが……聞くか?」
「うん、聞きたい」
コトハがそう言って頷いたので、俺は自分の生い立ちを話し始めた。勿論、別の世界から来たって部分はごまかしてだがな……リーリエとの出会い、スレイヤーになってからの事などを、当時を振り返りながら語る。
そうして会話をしながら、俺達は≪カルボーネ高地≫を先へ先へと進んで行った。
◇◆
探索を始めて三時間程経った時。ちょっとした高台の上から見下ろした場所に、漸く俺達は今回の標的を見つけた。
「アイツがヴラフォスか……なんつーか、ホント“岩”だな」
眼下に見えるドラゴンの姿を見て、俺はゆっくりと金重の柄へと手を伸ばす。
【岩殻竜】ヴラフォス――大型種に分類される四足型ドラゴンで、食性は雑食。全身を岩石の様な外殻で覆われており、高い防御力を誇る。特徴的なのは、自分よりも強い外敵に遭遇した際は自分の身を丸めて転がりながらやり過ごすと言う独特の習性……アルマジロかオメーは。
「そうですね。あのドラゴンの外殻の硬度は非常に高いそうですから、素材の価値を生かしたまま討伐するとなると中々大変そうです」
「だな。したらばリーリエ、“速さ”と“腕力”――」
「はいはい、お二人ともちょっと待ってな?」
戦端を開こうとした俺とリーリエを、コトハの言葉が押し留める。何だ?
「二人とも、うちが何の為に付いて来たか覚えとります?」
「うーんと……」
「……お返し?」
「リーリエはん正解♪ せやから、ここはうちに任せてもらえへん?」
「任せて、って……ソロで討伐するって事ですか!?」
コトハはにこりと笑って、音も無く戦斧を背中から手に取った。どうしたものか、と言った表情でリーリエが俺の顔を見る。
「――分かった。お手並み拝見と行こうじゃないか」
俺が金重の柄から手を離して一瞥すると、コトハはすっと目を細めて薄く笑う……空気が、変わった。
「おおきに。ほな……うちとその得物――雷桜の働き、しっかり見といてな?」
コトハが言い終わると、その身に光が僅かに奔る。パリッとも、ビリッとも取れる断続的な音……これは、雷属性か。
俺が理解すると同時に、コトハの口が唄う様に言葉を紡いだ。
「――【参式・雷装武御雷】」
その詠唱が行われた瞬間、コトハの姿と気配が掻き消えた。迅い!
だが、今度は目で追えた。多分ギルドで俺に感知されずに逃げた時も、似た様な事やったんだろうな……。
「グオオオオオオオオッ!?」
「きゃっ……い、いつの間に!?」
辺り一帯に響き渡る咆哮……いや、これは悲鳴だな。それを聞いたリーリエが、コトハの姿が既に眼下に居るヴラフォスの元に在る事に気付いた。
「リーリエ、感覚を強化して視てみろ。中々お目に掛かれるもんじゃないぞ、ありゃ」
「――っ! 【感覚強化】」
俺の言葉に、リーリエが自分自身に【感覚強化】を掛ける。強化魔法は対象者の地力によって効果に振れ幅があるが、土壇場で固有魔法を完成させる位の集中力を持ったリーリエなら、【感覚強化】の恩恵も十分に受けられる筈だ。
そうして俺達二人はコトハの姿を追う。その戦いは、一方的だった。
空に奔る稲妻の如き速さで、鋭角的に動き続けながら戦斧……否、雷桜っつー銘を持つ武器だったか。
扱いが難しいであろう長大なそれを、まるで手足の様に軽やかに扱う様は、正しく凄腕。
その雷桜の刃からは、黄色い光の刃……恐らく、雷属性の魔法で出来た刃だ。宙に煌めくその雷刃が、ヴラフォスの硬い外殻を次々にカットしていく。
「グアアアアアッ!!」
ヴラフォスの方も必死で反撃しているが、その鈍重な動きでは到底捉える事は出来ず、逆にその攻撃によって生まれた隙を突かれてダメージを被っている有様……完全なワンサイドゲームだ。
「あれは……まさか、変分化属性?」
その戦いを見ていたリーリエの口から、ポロリと聞き慣れない言葉が零れ落ちる。俺はコトハの動きを目で追いながらリーリエに問い掛けた。
「変分化属性……ってのは? 今まで聞いた事の無い単語だけど、魔法の一種か何かか?」
「いえ、魔法ではなく属性に関する事です。コトハさんが扱っているのは間違いなく雷属性の魔法ですが、その魔法に使われているのは単純な単一属性ではないんです……コトハさんの扱っている雷属性が、三色の色に分かれているのが見えますか?」
「ああ。雷桜から出てる黄色い雷刃、体から断続的に発せられている紫の雷、足元から迸る青い雷……この三色だな?」
「はい」
リーリエの言う通り、俺の目に映っているコトハが扱っている雷属性は黄・紫・青の三つに分かれている。まるで、それぞれが別の役目を担っているみたいだ。
「一つの属性を複数に分ける事、これを変分化属性と言うんですが……恐らく、コトハさんは三つに分けた雷属性に、それぞれ別の効果を持たせる魔法を使って戦っているんだと思います」
「……それって、誰でも出来る様なモンなの?」
「無理です。属性制御の高い才能を持ち、尚且つ血の滲む様な努力をした人でない限りは……加えて、コトハさんが使っている魔法は、聞いた事の無い詠唱の物でした」
「つまり、あの魔法は固有魔法って事か……うん、普通にヤバいわ。何度も紫等級に上がる為の試験が回って来たってのも当然だろうな」
「はい。でも、あの三つの雷属性に付与されている効果がどう言った物なのかまでは……」
「それは分かるぞ」
俺の眼が正しいなら、あの迸る三色の雷に割り当てられている効果は全て強化系だな。直接相手にぶっぱする様なもんじゃねぇ。
「雷桜の黄色い雷刃は単純に武器の攻撃力を上げる効果だろう、めっちゃスパスパ斬ってるし……体から断続的に出ている紫の雷属性は、身体強化だな。アレが出る度、全身の筋力がその瞬間だけ上昇している」
「筋力って……そんな事まで分かるんですか?」
「応よ。んで、足元から垂れ流されてる青い雷属性は速度強化だ。あの尋常じゃねえ動きは単純な筋力強化で得られる様なモンじゃない……グリーブだけ他の防具と違う金属質な素材で出来てるのは、恐らくあの青い雷属性を効率良く推進力に変える為かもな」
もしあれが電磁誘導による加速なら、リニアモーターとかそんな感じの物が頭に思い浮かぶが……それだと、足元に磁場まで作り出してる事になる。魔法だからこそ成せる技か……いいなぁ! 楽しそう!!
「ムサシさんの言う通りなら、三つに分化した属性に一つの魔法でそれぞれ三つの効果を持たせている事になりますね……完全に規格外です」
「リーリエも負けてないと思うけどな……そろそろ決着だ」
そう言った俺の視線の先に居るヴラフォスは、もう満身創痍と言った様子だった。
強靭な外殻は素材としての価値を保ったまま鮮やかに斬り裂かれ、関節部を守っていた外殻が引っぺがされちまっている。そして、コトハは剥き出しになった関節部を体を滑らせながら正確に断ち切っていく……。
――美しい。
素直に、そう思った。純白の髪を躍らせ、笑みを崩さぬまま舞う様に斬撃を走らせるその姿は、体から迸る雷も相まって戦場にあるまじき幻想的さを伴っていたから。
「綺麗……」
ポツリと、リーリエの口から言葉が漏れる。全く以って同意、基本パワー押しばっかする俺にはとても真似出来ないな……改めて、自分の技術の拙さを感じた。
そんな雷の舞が終わる。関節部を断たれた事で、碌に動きをとれなくなったヴラフォスの頸部が無防備に晒され……コトハの雷桜が、そこに向かって振るわれた。
「グオ――」
一瞬聞こえたそれは、断末魔と呼べるほどの音は伴っていなかった。胴体と離れた頭部がずるりと地面に落ち、辺りに静寂が訪れる。
「――お粗末様でした」
終幕を告げるコトハの言葉が、静まり返った空間にピンと響いた。
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