第62話 寝相が悪いならしょうがないな!
【Side:リーリエ】
月明かりが窓から差し込む夜、私は≪月の兎亭≫のムサシさんの部屋の前を行ったり来たりしていた。
「うう、どうしよう……」
頬に熱を感じながら、私は何度目か分からない自問自答を繰り返す。
嵐の様な昇級試験から三日。アリアさんが看病してくれた事もあって、私の体調は完全に回復していた。あの後の事後処理等は、ムサシさんが全て片付けてくれたらしい。そのムサシさんが帰って来てから話してくれたのだが、何でも私達が戦ったドラゴンは【飢渇喰竜】ディスペランサと言う上位危険種に分類される様なドラゴンだったらしい……今更だけど、私達とんでもない相手と戦っていたんだなぁ。
そんな風に昨日までの出来事を振り返っても、今の状況は好転しなかった。これじゃただの現実逃避だよ……。
「はぁ……」
「――リーリエ?」
「うひゃいっ!?」
ため息をついた私の背後から、不意に涼やかな声が掛かる。驚いた私は、思わず情けない悲鳴を上げてしまった。
「あ、アリアさん――」
「しーっ、もう夜中です。ムサシさんやアリーシャさんを起こしてしまいますよ?」
「……!」
口に人差し指を置いたアリアさんを見て、私は慌てて自分の口を塞ぐ。そうだった、もう皆寝ている時間帯だった。
「落ち着きましたか?」
「はい……ごめんなさいアリアさん、騒がしくしてしまって」
「いえいえ」
小声で話し掛けてきたアリアさんに、私も同じく小声で返す。この位の声量なら、誰かを起こすという事も無い筈……。
「それで、こんな時間に一体どうしたんですか? ムサシさんの部屋の前をウロウロしていたようですが」
「えっと、その……」
「……もしかして、夜這いですか?」
「ちっ、ちが――むぐっ!」
その一言で顔を赤くした私が再び叫び声を上げようとしたので、アリアさんが慌てて私の口を塞いだ。
「し、静かに!」
「……はい」
「リーリエはもう少し平常心を維持する術を身に着けた方がいいかもしれませんね……それで、夜這いでないなら一体何を?」
「そ、それは……」
アリアさんの問いに、私は口をもごもごとさせながら小声で答えた。
「む、ムサシさんとの約束を果たそうかと思いまして……」
「約束?」
「その、昇級試験中に……ですね。口が滑ったと言いますか、何と言いますか……無事帰ったら……わ、私の匂いを嗅がせるっていう約束を、してですね」
「……え?」
私の話を聞いたアリアさんが困惑した表情を浮かべる。ううっ、普通はこういう反応になるよね……。
「あ、あの時は思わずムサシさんの口車に乗せられたと言いますか、売り言葉に買い言葉で答えてしまったというか……と、とにかく! そう言う約束をしちゃったので、それを実行するかどうか迷っていたんです!」
「い、一体どういう状況だったらそんな約束をする事に――」
混乱したアリアさんの言葉を遮る様に、不意に私達の隣にあった扉が開いた。
私達が居たのはムサシさんの部屋の前……つまり、今扉を開けたのは……。
「…………」
私の予想通り、部屋の中から巨大な影を伴った下着姿のムサシさんが姿を現した。その瞬間、私の頭の中は真っ白になってしまった。
「む、ムサシしゃん! これはその――」
呂律の回らない口調で弁明しようとする私と、その隣でおろおろしていたアリアさんを見下ろしたムサシさんは、おもむろに私達へとその太い腕を伸ばしてきて――そのまま、私達二人の体を軽々と抱きかかえてしまった。
「えっ!?」
「な、何でワタシまで!?」
突然の事態に、私達はの思考は大混乱状態に陥る。ま、まさかこのまま美味しく頂かれるんじゃ……!!
「ちょ、ちょっと待って下さいムサシさん!」
「そ、そうです! まだ心の準備が――!」
そんな私達の抗議など意にも介さず、ムサシさんは迷いなくベッドへと歩いて行く。
そして――私達を両腕で抱き締めたまま、ベッドへと横になった。
「え……?」
「む、ムサシさん?」
困惑する私達を余所に、ムサシさんは既に寝息を上げ始めていた。こ、これは……。
「……アリアさん。私達ひょっとして凄く恥ずかしい勘違いをしていたんじゃ」
「言わないで下さい、リーリエ。顔から火が出そうです……」
そう言ったアリアさんは、ムサシさんの腕の中で顔を両手で隠してしまっている。だが、窓から差し込む月明かりに照らされた長い耳が真っ赤に染まっているのを見て、物凄い羞恥心に襲われているのだと分かってしまった。
……かく言う私も、多分耳まで真っ赤になっていると思う。
「これじゃワタシ達、抱き枕ですね」
「あはは……」
力が抜けた様に言葉を交わした私達。さっきまでの騒がしいやり取りが嘘の様な静けさが、月明かりの差し込む部屋の中に満ちていた。
「……このまま寝ましょう、リーリエ。ムサシさんの胸板の上で眠ると言うのは、中々恥ずかしいですけど」
「そうです、ねっ!?」
今日はこのまま何事も無く眠る、そう思い油断していた私の体に電撃の様な衝撃が走った。
「んー……」
「む、ムサシさん!? 一体どこに顔を当てて……んぅっ!?」
穏やかな寝息を立てていたムサシさんが突如、私の腰に手を回したままの右腕を頭の方にずらして、そのまま私の体――正確に言えば……む、胸の間にその顔を押し付けて来た。と、吐息と鼻息でくすぐったい!
「む、ムサシさん! リーリエに何を――ひゃんっ!?」
「アリアさん!?」
突如上がった色っぽいアリアさんの悲鳴を聞いて、私は思わず左腕の方へ顔を向ける。
そこにはムサシさんの大きな手で……お、お尻を鷲掴みにされているアリアさんの姿があった。
「やっ! そ、そこは……んんっ!?」
「あわわわ……!」
ど、どうしよう!? アリアさんの声がどんどん艶っぽくなってく!
「む、ムサシさん! それ以上はやっちゃダメですぅ!」
出来るだけ小声で喋りながら、ムサシさんの頭をペシペシと叩く。しかし、かのディスペランサの尻尾攻撃を食らってもピンピンとしていた人に対してこの程度の抵抗など通じる筈も無く……。
「ふかふか……」
「んやっ、あっ! そんなに強く嗅がないでぇ!」
私の願いも空しく、ムサシさんはますます強く鼻で息を吸う。下着の上に薄いネグリジェを着ているだけなので、呼吸の感触がモロに……!
「ん……んくっ……!」
視線をムサシさんから外せば、お尻を揉みしだかれながらも口を手で覆って必死に声を嚙み殺しているアリアさんの姿があった。
「む、ムサシさん!? 実は起きてますよね!?」
「くかー……ふがっ……くー……」
がっつり寝てるぅー! も、もしかしてこれってただ単に寝相が悪いだけ? 私達二人を抱き枕だと思っているから遠慮なく体を動かしてるだけなの!?
そうしている間にも、ムサシさんの寝相の悪さはエスカレートしていく。も、もう無理……止められない……!
「んー……」
「っ!? そ、そこは嗅いじゃダメですぅ!」
息苦しくなったのか、胸の間から横へと顔を逸らそうとしたムサシさんの頭を私は慌てて両腕で抱き留める。だ、だってその先は脇だし……!
「ムサシひゃん……」
――あっ、これは堕ちましたね。
そんな感想が出てきた私の目に映るアリアさんの表情は、羞恥心一色から蕩ける様な女の顔へと変貌していた。
「ま、負けない……絶対に負けない……!」
ムサシさんが顔を動かし呼吸をする度に、ゾクゾクと背筋に得も知れぬ快感が走る……こ、このまま堕ちたりなんてするもんか!
「ん」
「あっ――」
そんな私の決意を嘲笑うかのように……腰に回されていたムサシさんの大きな手が、背後から私の胸を鷲掴みにした。
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勝 て ま せ ん で し た 。
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