第56話 VS.■■■■■■ 7th.Stage
【Side:リーリエ】
「――【感覚強化】」
ムサシさんと二体のドラゴンが戦闘を開始した。私は自身に感覚強化の光魔法を掛け、その様子を後方から神経を研ぎ澄まして観察する。
あのドラゴンが持つ能力……即ち魔法無効化の事だが、どうやら今は使われていないらしい。現に、私自身に掛けた魔法は解除されていない。
単に距離があるからか、それとも別の要因があるのか……不確定要素まみれだが、私はその中から一本の光る糸を見つけなくてはならない。でなければ、この状況を打破できないから。
ムサシさんの斬撃は、いくら金重の切れ味が悪いからと言って無傷で済む様な代物ではない。現にクラークスと戦った時だって、切断こそしていなかったものの、あの鉱石の複合体で出来た強固な外殻を一振り毎に砕き、クラークスの身体を大きく仰け反らせていた。
その一撃を何度その身に受けても、あのドラゴンは身体を仰け反らせては再び立ち向かってくる。ムサシさん曰く、“骨までは届いていない”らしい……ただ、分離した方の小さい個体は仰け反るだけに留まらず派手に吹き飛ばされているようだが。
(あの弾力がある表皮を切り裂くには、ムサシさんに私の光魔法による身体強化を施さなくちゃいけない。でも、このままやってもまた解除される可能性が高い)
だからこそ、あの魔法無効化の原理を一刻も早く解明しなければならない。私は、より一層神経を集中させて戦いを見守る。一挙手一投足、些細な変化も見逃さない様に。
(そもそもどうすれば魔法を無効化なんて出来るんだろう……陣を強制的に壊された感じでは無かった。まるで魔法を構成している魔力をそのまま奪われて自然消滅したような……)
そこまで考えて、私はある事を思い出す。
魔法が解除されたあの瞬間、指先から自分の魔力が湯水の様に流れ出していく感覚……まるで、何かに吸い取られているみたいだった。
(……吸い取られる?)
瞬間、私の脳内にある仮説が浮かび上がる。それを確認する為には、行動を起こさなければ。
私はアイテムポーチから魔力回復液を一本取りだして、一息で飲み干す。そして、手に握る魔導杖に魔力を通した。
「【念信】」
魔導杖が白い光を放つと同時に、私とムサシさんの間に意思疎通の為の回路が出来る。
『ムサシさん、聞こえますか?』
『おお、バッチリ聞こえるぞ』
ムサシさんが軽い口調で返してきたのを聞いて、私はホッと胸を撫で下ろす。よかった、まだまだ余裕があるみたいだし、【念信】も切られていないみたいだ。
安堵も程々に、私は本題に入る。
『ムサシさん、少し試してみたい事があります』
『ほう』
『これから【重力】をドラゴンに掛けます。まずは小さい方、その次に大きい方といった具合に。なので、数秒で構いませんから二体の距離を引き離して下さい』
『了解!』
私の要望を聞いたムサシさんは、即座に二体のドラゴンの間に割って入り大きい方を金重で弾き飛ばし、小さい方を回し蹴りで吹き飛ばした。
(け、蹴っ飛ばした……でも、これで!)
ムサシさんが作ってくれた隙を無駄にしない様に、私は魔導杖へと闇属性の魔力を通した。先端が黒く光ると同時に、私は詠唱を行う。
「【重力】!」
吹き飛ばされた先から身を起そうとしていた小さい方の足元に、黒い魔方陣が出現する。それが紫の光を放つと、重力の雨がその赤黒い身体に降り注いだ。
「ミギャッ!?」
己の身に突如降りかかった圧力に、小さい方のドラゴンは呆気なく地面へと沈む。大きい方に比べて圧倒的に小さい体格には、大きい方程の力は無いと見える。
それでも、不意打ちとは言えその尾の一撃はムサシさんを吹き飛ばした……私は油断無く神経を研ぎ澄ましながら事の推移を見守った。
(今の所、魔法が解除される兆しは無い……となると、あの能力は小さい方のドラゴンには備わってないのかな? だったら次は――)
小さい方に掛けた魔法を維持しながら、私は大きい方へと意識を移す。そして、同じ様に魔法を発動させた。改良魔法では無く単純に新しくもう一つの魔方陣を作り出したので燃費が悪い事この上ないが、致し方ない。
「【重力】!」
「ガアッ!?」
ムサシさんと幾度も激突していたその巨体の足元に、先程と同じく黒い魔方陣が現れ、重力がその身体を拘束する――が。
「……っ!」
魔法が発動して間を置かず、指先から魔力が流れ出ていく感覚が私を襲う。これは、間違い無く最初に接敵した時に魔法を打ち消された時と同じ感覚!
(間違いない、魔法無効化の能力を持っているのは大きい方のドラゴンだ!)
体内の魔力を失いながらも、必死にその巨躯を観察する。
――そうして注視した時、私はある事に気付く。しかしその瞬間、限界が来て魔方陣を維持できなくなってしまった。
「くっ!」
魔力を大きく失った私は、ドラゴンの方から目を離さずに急いで魔力回復液を飲む。全回復とまではいかないが、それでも飲まないよりはずっとマシだ。
「【念信】!」
魔力の回復を確認し、私は再度ムサシさんとの間に回路を作る。先程の魔力消失の時に【念信】も【感覚強化】も解除されてしまったから……でも、収穫はあった。
『大丈夫かリーリエ!』
『問題ありません……ごめんなさい、無茶なお願いをしてしまって』
『いや、それは構わないんだけどよ……やっぱり、魔法は消されるか』
『はい。でも、今は大丈夫みたいです……それと、実験のお陰で分かった事があります』
息を整えながら、私は先程の一連の流れから辿り着いたある一つの答えについて話す。恐らく、合っている筈だ。
『あのドラゴンの魔法無効化能力は、大きい方だけが有している能力の様でした。小さい方に【重力】を掛けた時は、解除されませんでしたから』
『ほう』
『それで、ここから先は能力の正体についてですが……どうやらあの大きい方のドラゴンは、周囲の魔力を体内に吸収する能力を持っているようです』
私が感じた魔力の流出、そして魔導士の私が感じ取れた魔法が打ち消された時の大気中の魔力の不自然な流れ……それ等を引き起こしていたのは、間違いなくあの巨大なドラゴンだった。
『魔法が打ち消される時、私は魔力が自分の体の中から抜け落ちていく感覚を覚えました。同時に、大気中の魔力が不自然な速度であのドラゴンに向かって行く感覚も。恐らくあのドラゴンは、自分の周囲……それも、かなりの広範囲で魔力を吸引する事が出来るんです。そして、魔法と言う物は魔力が無ければ維持する事が出来ない……私の魔法が打ち消されたのは、あのドラゴンが大気中の魔力と一緒に私の体から魔法を維持するのに必要な魔力を吸い出していたからだと思います』
『成程。そういう能力を持っているんだとしたら今までの現象に説明がつくな。【念信】も切られたし……てか、ちょっと待て。魔法を維持できなくなるレベルで魔力吸われたって事は、今リーリエってカツカツじゃねぇのか!?』
『吸い取られて直ぐに魔力回復液で回復したから大丈夫ですよ。でなければ、こうして魔法を使えません』
『そ、そうか……』
ホッとした様な返事が頭の中に響き、思わず頬が緩む。が、直ぐに引き締め直した。
その間もムサシさんは幾度もドラゴンと斬り結んでいるが、やはり目に見える程のダメージは確認出来ない……硬い外殻や鱗を持たずとも、これ程の防御性能を備えられるのは驚愕の一言だ。
『しかし、リーリエの言っている事が事実だとして一つ疑問がある』
『……どうやって魔力を吸収しているのか、ですね?』
『察しが良くて助かる』
『それに関しても分かった事があります。ムサシさん、ドラゴンの側面部に付いている幾つもの連なった赤い器官が見えますよね?』
『ああ、あの魚のエラみたいなやつね』
『恐らくそれが、魔力吸収に使っている器官です。さっき魔法が打ち消されて、魔力が吸収されている時……あの器官が呼吸をする様に開閉していたのが見えました。それこそ、魚がエラ呼吸をする様に。そしてその動きは、私が魔法を維持出来なくなった途端に収まりました』
『……マジか』
『マジです』
ただ、魔力を吸収はすれども、逆にそれを放出している様子は無かった……つまり、今まで吸収した魔力は全て体内に収まっているという事になる。
それは、一体どれ程の量なのか……少なくとも、人間が測れる量では無いだろう。
『ですので、あの器官の働きを阻害出来れば魔法を打ち消される可能性も低くなる筈です。ただ……これだけムサシさんに斬られても能力を使ってくる所を見ると、どうやって対処すれば良いのかと言う話にはなりますが』
『何だ、それなら気にしなくてもいいぞ』
『えっ?』
まるで何でもない事の様に、ムサシさんはあっさりと言い切る。何だろう、何か秘策でもあるのだろうか?
『恐らく首を斬り落とすよりかはよっぽど楽に対処が出来る。ただ、その為にはヤツにもう一度魔力吸収をやって貰う必要がある』
『……つまり、私がもう一度【重力】をあの大きい方のドラゴンに掛ければいいんですね?』
『ああ。リーリエ的にはしんどいだろうが……』
『構いません。今の状況を変えるのに必要なら、私は何度でも魔法を使います』
『……分かった。タイミングはこっちで指示するから、魔法はその時に』
『はい』
『一瞬……一瞬だけ、ヤツの魔力吸収行動を引き出せればそれで十分だ。だからリーリエは自分の魔力の消失を感じ取ったら、直ぐに魔法を解除してくれていい。【重力】の効果が無くなれば、魔力の吸収も止むだろうからな』
『分かりました』
『頼む』
ムサシさんは短くそう返すと、二体のドラゴンへと猛然と斬りかかる。その攻撃は、明らかに先程までの物より苛烈になっていた。
そのムサシさんの姿を注視しながら、私は魔導杖を構えていつでも魔法を行使できる態勢をとる。
……さぁ、ここが正念場だ。私は魔導杖を握る手に力を入れながら、その時を待った。
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