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第53話 VS.■■■■■■ 4th.Stage

 落ち着いたリーリエを地面へと下ろし、俺は腕を組んで口を開いた。


「とりま、決めなくちゃいけないのはこれからの方針だな」

「方針、ですか」

「ああ」


 そう言って、俺はあの二体のドラゴンがいた渓谷の上を睨みつける。組んでいた腕から、()()()と音がした。


「今の俺達には選択肢が二つある。一つ目は、このまま山を下りるって選択肢だ。恐らく、試験官があの状況をどっかから見ていた筈だから、ギルドに応援要請の一つでもしているかもしれん。もしそうだったら、下でギルドの応援部隊と合流すれば少なくともこの切迫した状況はいくらかマシになるだろう。幸い、あのドラゴン共とは大分距離が空いたからな……俺がリーリエを背負って下れば、あっという間よ」


 あくまで仮定の話だが、恐らく俺の考えはあってると思う。この状況を何もせず放置するような真似を、ギルドがするとは思えない。

 俺の話を、リーリエは真剣な面持ちで聞いている。先程までの焦燥していた表情は、そこには無かった。


「二つ目は……このまま、追撃を仕掛ける事だ。だが、今の状況的に苦戦を強いられる可能性は大いにある……なにせ、一体でも中々骨が折れる相手が二体になっちまったからなぁ」

「正直、アレは完全に予想外でした……」


 その時の事を思い出したのか、リーリエが苦虫を噛み潰したような顔をする。分かるぞ、俺も全く同じ気持ちだ。


「リーリエはアイツ等が二体に増えた時の様子を見たんだよな?」

「はい。ただ、“増えた”と言うのは正しくないかもしれません。あのドラゴンは、最初から二体で私達と対峙していたんです……覚えていますか? あのドラゴンの右側面部が大きく隆起していた事を」

「ああ、覚えてる」

「ムサシさんが吹き飛ばされた後、隆起した部分が身体から剥がれ落ちて小さい方のドラゴンになったんです……初めて見ました、あんな事が出来るドラゴン」


 身震いをさせながらそう話すリーリエの言葉を聞き、俺は顎に手を当てて思案する。


「……リーリエ。分離した方のドラゴンには何か特徴はあったか? サイズが小さいって事以外で」

「特徴……あ、元のドラゴンに比べて体の一部が退化していましたね。目とか、腕とか」

「退化?」

「はい。元は眼球があったと思われる場所は落ち窪んで完全に表皮で塞がっていましたし、腕部は辛うじて根元を残している程度でした」

「融合して生活している過程でそうなったんだろうな……ん?」


 その時、俺は不意に頭の中で()()()()()()()()感覚を覚えた。


「ムサシさん?」

「…………」


 融合、退化。確か似たような生態を持つ生き物を元の世界に居た時にネットか何かで見たような……確か魚だった気がする……あっ!


「――チョウチンアンコウか」

「えっ?」


 俺がふとした様に口にしたその言葉を聞いて、リーリエは首を傾げる。そりゃあ、この状況でいきなり魚の名前口走ったらこういう反応になるわな。


「チョウチンアンコウ。魚の一種なんだけど、知ってるか?」

「いえ……聞いた事の無い魚ですね。その魚が、どうしたんです?」


あ、これもしかしてこの世界には居ないパターンか? まぁ言っちまったし、このまま話そう。


「……そのチョウチンアンコウの中には独特な生態を持つ奴がいてな。要点だけ言うと、体の小さいオスが自分より十倍近くデカいメスに嚙みついて、そのままメスと同化する……そういう生態を持った奴がいるんだ」

「――!」

「皮膚が繋がって、血管も繋がるともう自分で餌をとる必要は無くなる。必要な栄養は全て血管を通してメスから回ってくるからな。そうやってメスと一つになったオスは、やがて眼や内臓が退化して、精巣だけが残る。オスの精巣を得たメスは、いつでも産卵できる様になるんだ……でもって、こっから先は仮定の話」

「……もしかして、あのドラゴンも似たような生態を持っている、と?」


 信じられない、と言った表情でリーリエが俺の顔を見る。そりゃそうだ、口にした俺だってぶっちゃけ「俺何言ってんの?」状態だし……。


「勿論、全く同じって訳じゃ無い。そもそも魚とドラゴンじゃ似ても似つかないし、生物としての次元も違う。でも……似てると思わないか? 自分よりも大きなドラゴンと一体化していた事といい、一部の器官が退化した身体といい……ただ、同化した後も分離してまた活動が出来るって点はチョウチンアンコウには無いがな」


 こうして考えると、ドラゴンの生態ってのは中々興味深い……いや、その辺の事は今考える様な事じゃない。

 逸れた思考を引き戻して、俺は更に踏み込んだ推測の話をした。


「荒唐無稽な話ではあると思う。だが、もしもだ。もしこの仮定が正しかったとしたら……ヤツ等は、(つがい)って事になる」

「そう、ですね……あっ!」

「気付いたか?」

「……このまま放置すれば、この地で繁殖する可能性がある?」

「その通り」


 もしアイツ等がチョウチンアンコウと同じ様な生態と機能を持っていたとしたら、野放しには出来ない。あれ程高い戦闘能力と旺盛な食欲を有しているドラゴンに繁殖なんかされたら、たまったもんじゃない。


「もし俺達がこの山から下りた後に、ギルドの応援部隊を振り切って行方をくらましでもしたら厄介だ。下手すりゃ、アレの群れと戦う事になる可能性だってある……どの位の速度で成長するかは知らんがな」


 あのドラゴンについての知識が殆ど無い事が悔やまれる。この仮定からくる推測の結果は二通り、全く見当違いの事を言っているか、そうでないかだ。


 だが、俺には不思議と確信があった。それは知識によるものでは無く、俺の直感に基づく自信……即ち勘だ。でも、ここまで言って勘を引き合いに出したら身も蓋も無いから口にはしねーけど!


「んで、選択肢の話に戻る。逃げるか追うかって話ね……さっきはこのまま逃がしたくは無いって感じに話したが、正直に言ってリーリエをこれ以上危険に晒したくない気持ちの方が大きい。だから、俺としては安パイ取って下山する方向で行きたい」


 そこまで話して、俺はリーリエが渓谷へと落とされた時の事を思い出す。このまま追撃をかけるにはあまりに不確定要素が多い。そうなると、必然的にまたリーリエの命が危険に晒される可能性が高くなる……。

 逃亡される可能性も増すが、こればっかりはな。


「まあでも、仮に山を下りたとしても超特急でギルドの連中と一緒に追撃をかけりゃ、逃げられるって可能性はかなり低――」

「ムサシさん、屈んで下さい」


 ……え?


「り、リーリエ? いきなりどしたの――」

「か・が・ん・で・く・だ・さ・い」

「アッハイ」


 得も知れぬリーリエの気迫に押され、俺は体を屈めてリーリエと視線の高さを合わせた。


「……えいっ!」

「ふがっ!?」


 ぱちん、と子気味良い音と共にリーリエの両手が俺の顔を挟み込んむ。掛け声とは裏腹に、その表情は真剣そのものだった。


「……リーリエさん、もしかして怒ってます?」

「はい、怒ってます」


 ま、マジで? 俺なんかやったか? あっ、もしかしてあんまりにも荒唐無稽すぎる話を前提にして話進めてたからか!?


「……ムサシさん、私ってそんなに頼りないですか?」

「――はい?」


 その問いは、俺の頭の中にあった予想を打ち消し、代わりに混乱をもたらした。

 頼りない? リーリエが? いや、それは無いだろ。


「どうなんですか?」

「そんな事ねぇよ。今までリーリエの魔法には色々と助けられたし、俺が不得手な部分をカバーして貰った事だって沢山ある。俺にとっちゃ頼れる相棒だ」

「そうですか、ありがとう御座います。でも、さっきの話を聞くと“私ってもしかしてムサシさんのお荷物になっているんじゃ?”って考えちゃいますよ」

「さっきの話……」

「“私を危険に晒したくない”、ムサシさんはそう言いましたよね」

「言った、な」


 ふぅ、とリーリエは息を吐いてから俺の目を真正面から見据えた。


「半分は嬉しかったです。私の事を大事に思ってくれているんだなって実感出来ましたから……でも、もう半分は悲しい気持ちでした。どうして、“二人でだったらきっとあのドラゴン達を討伐出来る”って言ってくれないだろうって」

「――!」


 リーリエに言われて気付いた。確かにさっきの言い分じゃ、“リーリエが居るから追撃は出来ない”って言ってるのと同じだ。それは、同じパーティーメンバーであるリーリエを信頼していないと言っている様な物。

 ……いや、俺は本気で心配した上でああ言った訳だが、リーリエが語った様に捉えられても仕方がない言い方だった。


「ムサシさんの危惧は分かります。折角これから反撃というタイミングで、私がドジを踏んで足を引っ張ってしまいましたし……それに、どういう原理かは分かりませんが、あのドラゴンは魔法を無効化する能力を持ち合わせているみたいでしたから、魔導士(ウィザード)の私では悪戯に命を危険に晒して、結果的にムサシさんの足を更に引っ張る事になるかもしれません……でも、それでも! 私は、ムサシさんと一緒に戦いたいんです。守って貰うんじゃなくて、並んで立って目の前の困難に立ち向かいたいんです!」


 そう言い切って、リーリエはふっと俯いて肩を落としてしまった。


「……ごめんなさい、我儘を言って。凄く自分勝手な言い分なのは分かってます。死の淵から救って貰って、今こうして気遣って貰ったのに、それを否定する様な事を口にして……でも、私はムサシさんと一緒に前に進みたいんです。それに、ここで撤退して万が一にでもあのドラゴン達に逃げられたら――!」

「リーリエ」


 リーリエの言葉を遮る様にして、俺は頬に添えられたままのリーリエの手を握り――そのまま腕の中に抱き寄せた。


「わぷっ! む、ムサシさん?」

「すまん、水浸しだから冷たいだろ」

「そ、それは別に気にしませんけど……!」


 顔を上げて困惑した表情を浮かべたリーリエを見て、俺は硬い鎧でその体を傷付けないようにしながら、抱きしめる腕に力を込めた。


「……ごめんなリーリエ。どうやら俺は、自分でも気付かない内に臆病になっちまってたみたいだ。全く、情けない話だなぁ」

「そ、そんな事!」

「そんな事あるんだよ……俺はリーリエの事も、ミーティンに残してきたアリアの事も大切な女性だと思ってる……その、街中であんだけ盛大に愛を誓った訳だし」

「…………」

「だからかね、どうにも俺はお前達を背後に隠そうとしちまうんだ。二人が傷付くのが怖くて、後ろを歩かせちまっていた……危険に晒したくないってのは紛れも無い俺の本心だ。リーリエがまた死にかける位なら、背中に隠したままこの山を下りたいとも思う……でも、それじゃ駄目なんだよな。一緒に目の前の壁に挑んで、それを乗り越えてこそ本当の仲間ってもんだしな」


 俺の腕に収まったまま、リーリエは黙って話を聞き続ける。


「それに、ずっと俺が前に居たままじゃお天道様の光が届かねぇし、折角想い合ってるのにお互いの顔も見れないよな」


 ああ、自分で言ってて思ったけど……俺って、こんなにも周りの人間が傷付くのを嫌がるタイプだったんだな。でも、恐れているばかりじゃ前には進めないとリーリエが教えてくれた。だから――。


「リーリエ、危険を承知で頼む……俺と一緒に来てくれ。アイツ等を山から降ろす訳にはいかん、民間人に被害が出る前に俺達で討伐する」

「……っ、はい!」


 リーリエの凛とした瞳を見て、俺も覚悟を決めた。ああ、そうだよな。俺達は最高のコンビだ、何を恐れる必要があったのか。


「ムサシさん、あのドラゴン達……いえ、大きい方だけかもしれませんが、魔法を無効化する術を有しているのは確かです。ですから、このままだと私の強化魔法や拘束魔法はあまり当てに成りません」

「そうだな」


 俺の腕から解放されたリーリエが、確認する様にして問い掛けてくる。


「なので、出来る限りあのドラゴン達を引き付けて貰えませんか? どんな固有能力でも、そこには必ず()()()()がある筈です。ムサシさんが相手をしてくれている間に、私がそれを何としてでも見つけ出します。無茶なお願いですけど、お願いします!」

「相分かった。アイツ等の相手は俺がしとくから、その間にリーリエは連中の分析を頼む」

「ありがとう御座います!」

「礼はいらん。あと、もう遅れは取らねぇから俺の事は気にせずじっくりと見極めてくれ」

「はい、任せて下さい」

「任せた。リーリエなら、あの程度の手品を見破る位余裕で出来るさ……期待させて貰うぞ?」

「ええ、存分に期待して貰って大丈夫です」


 おお、言う様になったねぇ。もう出会った時の自信無さげな姿は無いな……こういうやり取りが出来るってのは、いいもんだね。


「あっ、でも咄嗟に庇うのは許してくれよ? なんぼ一緒に並んで歩くからって、みすみすリーリエに降りかかる火の粉を見過ごすつもりは無いからな?」

「そこまでムサシさんの行動を縛るつもりは有りませんよ……でも、いつかそういう火の粉も自分で払えるようになりたいですね」


 そういう心構えを持つのはいい事だけれども、例えリーリエがその位力付けても咄嗟に出る俺の行動は変わんないと思うなぁ……ま、それはそれとして。


「リーリエがあのインチキ能力の正体を暴いたら、速攻でそれを潰す。そしたら、強化魔法貰って二体纏めて一気に畳む……それで(しま)いだ」

「はい。あっ、もしかしたら【念信(テレパス)】も切られる可能性があるので、その時は大声で呼びかけますね」

「はいよ。空間を揺るがす位の声で頼む」

「そんなドラゴンみたいな事は出来ませんよ……全くもう」


 口を尖らせながらも、リーリエは笑顔を浮かべる。


 よし、これならもう心配はいらない……さぁ、反撃(リベンジ)の時間だ。

お読みいただきありがとう御座います。

面白いと思って頂けましたら、是非評価を宜しくお願い致します。

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