第52話 VS.■■■■■■ 3rd.Stage
……くっそ、油断しすぎだろ俺。
めり込んだ壁の中で、俺は自分自身に毒づく。不意の一撃だったとはいえ、俺なら十二分な対応できる筈だったんだが……全く、リーリエに大見得切っといてこの醜態はいかんでしょ。
体を引き起こそうとした時、やけに顔がスース―すると気付いた。
……まさか。
恐る恐る頭を右側に向ければ、そこには見るも無残にひしゃげたゴードンさん至極の逸品である兜の残骸があった。
――マジかよオオオオオッ! 一体どんな力で引っ叩いたんだあの野郎ッ!
畜生、かなり気に入ってたのに……多分、これじゃ修復も不可能だろうな。ああ、ゴードンさんに聞かれたらなんて言おうかな……取り敢えず持ち帰るか。
拉げた兜をマジックポーチに放り込んだ所で、俺はパチリと思考を切り替える。済んだ事は仕方がない、今はあのクソドラゴンをぶっ倒すことが最優先だ。
俺は金重を握り直し、勢い良く体を置き上がらせる。そして、めり込んだ時に砕かれて下半身を埋めていた岩石を纏めて蹴り飛ばした。
「――ったく、滅茶苦茶にやりおるなこの野郎! 兜がおじゃんになっちまったじゃねーか!!」
悪態を吐きながら、再び太陽の下へと立つ。するとどうだ、一匹だった筈のドラゴンが二匹に増えている。そしてそいつ等は、リーリエを追い詰めようとしている真っ最中だった。
……この野郎、やってくれるなオイ。絶対ぇブチ殺す、千切って殺す。
「さて、試合再開と行こうじゃねぇかクソ蜥蜴。そっちのチビも纏めて相手してやるよ……リーリエッ!」
身の内に猛る炎を感じつつ、俺はリーリエに呼びかける。間を置かず、リーリエの声が返って来た。
「――っはい! まだ行けます!」
「よっしゃ!」
オーケオーケー。まだ心は折れちゃいないし、闘志も失っていない様だ。これなら戦える。
(取り敢えず、気になるのはあの突然魔法が切れた事だな。間違いなくコイツ等が関与してる筈だが、一体どうやった?)
金重を双剣形態に戻しつつ、俺はあの不可思議な現象について考える。アレをどうにかしない事には、リーリエの恩恵をまともに受けられん。そうなると、中々面倒だ。
「グオオオオオオオオッ!!!!」
うるさっ!? お前、人が考え事してる時位静かに……。
そこまで考えた時、ビリッと脳に衝撃が走る。これは……俺の勘が凄く嫌な予感を感知した時の感覚――!
反射的に俺はリーリエへと視線を向ける。その時目に入ってきた光景は、俺から血の気を引かせるのに十分過ぎる物だった。
咆哮と共に振り上げられたドラゴンの尻尾が、勢い良く地面へと叩きつけられる――その落下先、先端部分の真下に、リーリエの姿があった。
――避けろッ!!
俺の声にならない叫びが通じたのかどうかは定かでは無いが、リーリエは咄嗟に横に転がって辛うじて直撃を避けた。が、間近で炸裂した衝撃はリーリエの軽い体を宙に軽々と跳ね上げ……その身を、渓谷の上へと放り出した。
「――ッ!!」
その時、周りの景色が一気にスローモーションになった。俺は瞬速で金重を納刀し、己が今出せる全力を以って地面を蹴った。
ドンッ! とクレーターを作り出し、俺は放たれた矢の如く疾駆する。
「退けオラッッ!!」
「ミギャッ!?」
俺の動きに反応して進路を塞ごうとした小さい方のドラゴンを、無造作に裏拳で殴り飛ばす。デカい方の三分の一ほどしかないソイツの体は、防御力に関係なく宙を舞った。
そのまま二体のドラゴンの間を突っ切り、リーリエの後を追うようにして躊躇無く渓谷の縁を全力で蹴ってその身を宙へと躍らせる。あの蜥蜴共の事は綺麗さっぱり頭から弾き出され、代わりにリーリエの事で俺の思考は一杯になった。
(くっそ、遠い!)
落下していくリーリエとの距離は二メートル程、このままじゃ間に合わない!
そこで俺がとった行動は、傍から見ると酷く滑稽な物だっただろう。
「ぬおおおおおおおおおおっ!!」
雄叫びと共に、全力で俺は――空中で、平泳ぎをした。
断じてふざけている訳では無い。リーリエとの距離を縮める為、大真面目に俺は空を泳いだのだ。
――そして、俺の体はリーリエへと辿り着いた。成せば成るんじゃい!
「リーリエッ!」
「む、ムサシ、さん」
ガッチリと手を掴むと、か細い返事が返って来た。そのまま、俺はその体を引き寄せてしっかりと抱き締める。
もう下との距離は殆ど無い。眼下には、激しく音を響かせながら流れる激流がある。残された時間的に川岸への着地は不可だ!
「リーリエ、目ぇ閉じて息止めろ!」
「は、はいっ!」
俺の腕の中で、リーリエがぎゅっと目を瞑る。それと同時に、俺は頭から落ちていた体制を強引にひっくり返し、足から着水出来る様にした。
次の瞬間、俺達は盛大な音をたてて着水した。
(ぐっ……予想はしてたけど、結構な流れだなコレ!)
激流に揉まれながら、何とか川から上がろうと俺は画策する。が、流れが激しく水深が深い事と身に着けている装備品の重さも相まって中々思うように岸へと近付けない。
不味い、このままだと脱出する前にリーリエの息が切れる!
(しゃーない、ちょい乱暴だが試してみるか)
リーリエを抱きしめ直し、俺は川底へと向かって泳いだ。
元々沈みながら流されていた事もあって、あっさりと足が川底へと着く。間髪入れず、俺は腰を下ろして――。
(――噴ッッ!!)
あらん限りの力で、川底を蹴り抜いた。その瞬間、一気に体が水面へと向かって突き進み、そのまま派手な音と水柱を立てて空中へと躍り出る。よっしゃ、上手くいった! 後は……。
「リーリエ、着地すんぞぉ!」
「!?」
纏わりつく水の感触から解放されたリーリエが、俺の声で目を見開く。水も滴るいい女……んな事言ってる場合か!
余計な考えを振り払い、俺は着地のタイミングを見極める。激流からの脱出に誤算があったとすれば、思ったよりも高く跳んじゃったって事かな……。
自由落下に入る前に、俺はリーリエをお姫様抱っこの形に持ち替える。その後、重力に従って地面へと体が吸い込まれていった。
「ふんぬっ!」
「きゃっ!?」
着地の瞬間、つま先から背骨の頂点までの関節をフル稼働させて全身をクッションの様にして着地する。感触からするに、恐らくリーリエに衝撃は行っていない筈だが……。
「大丈夫か、リーリエ?」
「はい……何とか……」
お姫様抱っこの体制のまま、恐る恐ると言った口調でリーリエが返事を返してきた。ああ、良かった……。
「あの……私達、生きてますよね?」
「おう、ちゃんと生きてるぞ。足だって二本付いてる、幽霊にはなってないから心配すんな」
「そ、そうですか……」
ここに来て漸くリーリエは安堵したのか、腕にかかる重さが僅かに増した。多分、緊張が解けて脱力したんだろう。
「……すみません、もう少しこのままで」
「む、それは構わなねぇけど……」
俺がそう言うと、リーリエは鎧の胸部に両手と頭をくっつけた。……硬くて冷たいと思うんだけど、大丈夫かな?
「……良かった……! ムサシさんが無事で、本当にっ……!」
「あー……悪い、心配かけた」
微かに体を震わせながら嗚咽を漏らすリーリエに、俺は抱きかかえた腕に力を入れる事で返した。
「ムサシさんがあのドラゴンに吹き飛ばされた時、生きた心地がしませんでした……」
「うん」
「それでも、何とか二人で生きて帰ろうって、思って……!」
「うん……ありがとうな、そんなに心配してくれて」
二人で生きて帰ろう――リーリエの口から出たその言葉は、陽光の様な温かさを持ってずぶ濡れの体を包み込んだ。
今のこの状況は、恐らくギルドまで伝わっているだろう。俺達を監督している試験官が居た筈だからな、流石にこれだけイレギュラーな事が起こって傍観しているという事はあるまい。ミーティンとの距離もそんなに離れていないし……ああ、それだとアリアにも心配かけてそうだな。
「ちゃんと二人で帰ってアリアに“ただいま”って言わなきゃな」
「はい……!」
リーリエが涙を浮かべながらも笑顔で答えたのを見て、俺も自然と笑みを作った。
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