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第51話 VS.■■■■■■ 2nd.Stage

【Side:リーリエ】


 その瞬間に何が起こったのか、私は直ぐに理解する事が出来なかった。

 上手くいくと思った。作戦通り、あのドラゴンの突進に合わせて【拘束(バインド)】を発動させ、右脚を拘束して転倒させ、そこに【重力(グラビティ)】を掛けて動きを封じた。

 だが、あのドラゴンはそれでも動いた。クラークスの様な苦し紛れにもがくという風では無く、敢然と私達にその牙を再び向ける為に。


 その時点で、以前の様な完全強化をムサシさんに施す事は詠唱時間的に不可能だと悟った。それはムサシさんも同じだったらしく、私に【腕力強化(アムフォース)】と【加速(アクセル)】のみを要求して、私も瞬時にそれに応えて二つ、強化魔法を掛けた。


 その二つだけでもムサシさんにとっては十分だったらしく、瞬きをした瞬間には既にドラゴンの右脚の後ろ側へと回り込んでいた。


 ――脚を斬るつもりだ。


 私は、その一太刀で脚が切断されたドラゴンの姿が頭に浮かんだ。

 ……しかし、ムサシさんが腰溜めにした剣を振るおうとした瞬間、それは起きた。


「えっ?」


 唐突に、自分の手から魔力が抜け落ちていくような感覚に襲われ、魔導杖(ワンド)からも光が失われる。そのまま、ムサシさんに掛けていた強化魔法も含め私が発動させていた全ての魔法が忽然と消滅した。


 一体何が……そう考えた瞬間、視界の中でムサシさんの体が()()()に吹き飛ばされる姿が酷く鮮明に映った。


「――ムサシさんッ!!」


 その光景を目にした時、思わず悲鳴染みた声で名前を呼んだ。

 ドラゴンの背後にあった岩壁に叩きつけられたムサシさんの姿は、衝撃で舞い上がった岩粉とドラゴンの巨体に隠されて見えない。


「あ……ああっ!」


 頭の中が真っ白になる。ムサシさんが人ならざる強靭な肉体を持っていると分かっていても、私は心臓が止まる様な感覚に襲われた。


「グルルルル……オオッ!!」


 硬直していた思考と体が、地を這う様な唸り声で現実へと引き戻される。ハッとして前方を見れば、そこでは信じられない事態が発生していた。


 ――バリッ、ベリベリッ!――


 分厚い布を引き裂く様な音と共に音と共に、ドラゴンの右側面部……左側に比べて、異常に隆起していた部分が剥がれ落ち、ドラゴンの身体から分離していく。


「嘘……こんな、事って」


 目の前で起きている事に、私は思わず息を呑んだ。

 分離したモノは、ただの肉塊では無かった。それは、ドラゴンの身体から離れるとそのまま地面に()()した。


 ……脚だ。あの物体から、二本の脚が生えている。その全体像は、よくよく見れば元のドラゴンと酷く酷似している。だがその頭には眼が無く、腕は根元付近が少し出っ張っているだけ……元々そうだったのか、それとも退化したのか。

 サイズこそ大きい方の三分の一程度だが、そのシルエットは()()()()()()()()()だった。


「――ミギャアアアアアアアア!!!!」


 分離したドラゴンが、酷く耳障りな咆哮を上げた。その怖気だつ様な音色に、私は思わず耳を塞ぐ。


「……あいつだ。あいつが、ムサシさんを」


 震えた声で、しかし確信を持った声が私の口から零れ落ちる。

 ムサシさんが吹き飛ばされた時、元のドラゴンは拘束が解除され再び立ち上がろうとしていた。あの体勢から後ろ側に居るムサシさんに攻撃する為には、尻尾か脚を使う必要がある筈。


 しかし、あの時脚は地面を踏みしめる以外の動きは見せておらず、尻尾も振り抜かれてなどいなかった。

 にも関わらず、ムサシさんは突然横合いから殴りつけられた様な攻撃を受けた。その時、一瞬ではあったがドラゴンの身体から鞭の様なナニかが伸びていたのを私は見た。


 その正体が何だったのか私は掴めていなかったが、ここに来て漸くそれがこの分離したドラゴンの尾だったと気付いた。つまりあの時、魔法の解除と融合していたもう一匹のドラゴンの見えざる尾が振るわれた……のだと思う。


「グルルル……」

「ミャア……」


 じっとりと、魔導杖(ワンド)を握る手に汗が滲む。竦みそうになる脚を何とか奮い立たせ、私は目の前にいる二体のドラゴンを見据えた。


(落ち着け……考えろ、私。どうすればこの状況を切り抜けられる? どうすれば、この二体のドラゴンを搔い潜ってムサシさんの元まで行ける?)


 じりじりと後ろへ下がりながら、私は必死で思考を奔らせる。

 一人で逃げるという選択肢は無い。ムサシさんは大切な仲間で……私の、愛する人だから。


「二人で生き残るんだ……絶対に!」


 己を奮い立たせんと、私は強い口調で自分自身を叱咤する。

 状況は端的に言って絶望的。後ろは深い渓谷で、これ以上下がれない。

 そんな私を嘲笑うかのように、二体のドラゴンはじりじりとこちらへとにじり寄ってくる。もしかしたら、私が恐怖する様をみて楽しんでいるのかもしれない。


 ……正直、泣きそうだ。それでも、私は歯を食いしばって溢れそうになるそれを押し殺す。一度恐怖に支配されてしまっては、万に一つあるか分からない勝機を完全に見失う。


(【加速(アクセル)】を【二重詠唱(ダブルキャスト)】して、それを【加算(アディション)】で強化すれば私でもある程度のスピードは得られる。それであの二体のドラゴンを振り切って……っ、ダメ! 原理は分からないけど、あのドラゴンは魔法を強制的に解除する能力を持ってる!)


 そこまで考えて、私は今の状況が所謂“詰み”だと気付いた。

 私にムサシさんの様な身体能力は無い。私に使える手段は、自分自身で磨いた改良魔法を使った戦術……でも、その魔法が使えないのでは、私に出来る事は――。


「……ダメ、ダメよリーリエ。諦めてはダメ」


 一瞬心の中を覆い尽くしそうになった絶望を、私は振り払う。

 状況が人を殺すのではない、諦めが人を殺すのだ。だから……!


「絶対に、ムサシさんと一緒に生きて帰る!!」


 その決意と同時に、魔導杖(ワンド)が白い光を帯びる。

 成功するかどうかは分からない。それでも、何もしないという選択肢は無い!


「【加速(アクセル)】・【二重詠(ダブルキャ)――】」


 一世一代の大博打をしようとした、その瞬間。


 ――バゴォンッッ!!――


 けたたましい音と共に、ムサシさんが叩きつけられた岩肌が吹き飛ぶ。その音が轟いた時、私に向いていた二体のドラゴンの首が勢い良く後方へと向けられた。



「――ったく、滅茶苦茶にやりおるなこの野郎! (メット)がおじゃんになっちまったじゃねーか!!」



 崩壊した岩と立ち込める岩粉を打ち払い、素顔を晒した状態のムサシさんが姿を現す。兜こそ無くなっているが、それ以外に目立った外傷の様な物は見て取れなかった。


「ああ……良かっ、た」


 その威風堂々とした姿を見た時、私の全身から張り詰めていたモノが抜け落ちていくのを感じる。少なくとも、頭の中にあったムサシさんの安否についての懸念はこれで取り払われた。


「さて、試合再開と行こうじゃねぇかクソ蜥蜴。そっちのチビも纏めて相手してやるよ……リーリエッ!」

「――っはい! まだ行けます!」

「よっしゃ!」


 ムサシさんの掛け声で私は闘志を取り戻し、魔法の詠唱体勢に入る。

 まずは、このドラゴンが見せた魔法無効化の仕組み(トリック)を解き明かさなければ。それを成すのは、私の役目。


「グオオオオオオオオッ!!!!」


 “忌々しい!”とでも言うかの様に大きい方のドラゴンが咆哮を上げる。

 その時、私の意識は魔法の方に向いており、このドラゴン……本体とでも言うべき方のサイズを失念していた。それが、良くなかった。


「えっ……?」


 不意に、私の上に影が下りる。一瞬何事か分からなかったが、上を見ればそこには叩き付けるように迫るドラゴンの尻尾があった。


「……っ!!」


 そうだ、このドラゴンは並々ならぬ巨躯の持ち主。当然、その体から生える尻尾の長さも尋常ではない。それこそ、目測を見誤る位に。

 反射的に、私は横へと転がる様に飛び退く。直後、私がさっきまでいた場所に巨大な質量とエネルギーを伴った尻尾が叩きつけられた。


 それは、きっと私を狙った物ではない。だって、その尾の持ち主はこちらを一瞥たりともしていなかったのだから。

 咆哮を上げた時に振り上げられた尻尾が、偶々私が居た場所に落ちて来たのだ。


 そして……叩き付けられた尻尾は地面を砕いて凄まじい衝撃を発生させる。それは、直撃を避けたとはいえそのすぐ傍にいた私の体を地面から打ち上げるのには十分すぎる威力だった。


「あっ――」


 体を襲う浮遊感。春風に吹かれて舞い上がる綿毛の様に、私はあっけなく渓谷へと放り出された。

お読みいただきありがとう御座います。

面白いと思って頂けましたら、是非評価・感想・レビューを宜しくお願い致します。

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