第50話 VS.■■■■■■ 1st.Stage
――異質だ――
岩石で出来た山肌を粉砕し、俺達の前へと姿を現したソイツを見て率直にそう思った。
ギラギラとした双眸の奥に宿る気配も、放たれる重圧もこれまでのドラゴンとはまるで違う。名前も何も知らない未知の相手だが、チリチリと肌を焼く感覚がコイツが強者という事を教えてくれた。
「ギャオオオオオオオオオッ!!」
均衡は一瞬、次の瞬間には空を震わせる咆哮を上げながらヤツは一直線にこちらへと突っ込んで来た。
「リーリエッ! バックアップ頼むぞ!!」
「はいっ!」
俺が前へ疾駆するのとリーリエが更に後方へと下がったのは同時。間を置かずに、俺とヤツの巨躯が地面を踏み砕く音を響かせ衝突した。
「グアッ!!」
「ぬぐっ!」
剛、と言う音と共に振り下ろされた右手の金重が、俺を薙ぎ払おうと振るわれた太い首とカチ合う。
ドゥンッ! と言う鈍い衝突音が発生し、俺の体が押し戻される。
両足が岩を砕いて地面に食い込み、二本の溝を作りながら後ろへと流れる……が、一メートル程押された所で俺の体はピタリと止まった。
「おーおーイイ突進だなぁ、並のドラゴンなら今の一撃で宙を舞ってるぜ」
「グゥッ……!」
大型のドラゴンすら殴り倒す膂力を以ってその重撃を受け止めた俺を、間近にある金色の瞳が驚愕と共に忌々しげに睨みつける。
多分、初めての経験なんだろうな……己より矮小な存在にその力を受け止められ、あまつさえ押し返されそうになっているこの状況が。
そんな中でも、怒気を撒き散らしながら獲物を喰らわんと俺に向かってその顎が何度も伸びる。それを躱し、斬り払いながら立て続けに俺とドラゴンが交錯した。
(しかし、何だこの感覚)
幾度も斬り結ぶ中で、先程から響く鈍い衝突音を聞きながら俺は思考を奔らせる。
コイツが今まで見てきたドラゴンの様な鱗や外殻は持ち合わせていないという事は分かっている。それは即ち、そう言った物を持たずとも表皮のみで防御力を確保出来ているという事になる……と、考えた。
だが、それでもパワーで押し切って斬り裂くのは可能だと思ったんだが……見た所、食い込んではいるものの傷を付けるには至っていない。
俺の剣術が拙いだけか、それともコイツの表皮の防御力が異常なのか……ぶつかった時の事も気になる。何だあのゴムを殴りつけた様な感触は。
『ムサシさん!』
『おっ、リーリエ。準備オッケーすか?』
『はい! 押さえつけます!』
『あいよ!』
【念信】による念話の後、俺は膠着していた状況を打ち破るように右腕を大きく振り貫き、ヤツの頭をカチ上げた。
「【重力】・【加算】!」
均衡が崩れた瞬間、ヤツの足元に黒い魔方陣が浮かび上がる。途端、まるで見えない何かに押さえつけられるようにヤツの身体がズン! と沈み込んだ。
変異種クラークスを地面に縫い付けたリーリエの【重力】だ、並の拘束魔法とは一線を画す効果を持っている……んだが。
「グッ……ガアアアアアアアアア!!!!!」
『嘘っ!?』
『マジかコイツ』
魔法は間違いなく効いている。今ヤツの身体にはとんでもない圧がかかっている筈だ。
しかし、ヤツが膝を折る事は無かった。動きを制限されながらも、直立を維持している。
……やっぱりコイツ、他の奴よりダンチで強い。この重力の雨を叩き付けられながらも、それを振り解く勢いで抵抗しているのが何よりの証拠だ。
「グルルッ!」
己に降りかかる重力に晒されながらも、その金の瞳がギョロリと後方に居るリーリエの姿を捉える。
「オイコラそっち見んじゃねえ!」
タゲがリーリエに向いたのを見て、俺は即座にその視界を遮るように立ち塞がった。
――コイツ、一発でこの状況を作り出しているのがリーリエだと勘付きやがった……ただのパワータイプって訳じゃ無さそうだな!
「グッ、ガアッ!!」
俺がリーリエの盾となるように身を翻すと同時、ヤツは勢い良く自分自身の頭を岩で構成された地面に丸ごと突っ込んだ。
岩の硬さなど意に介さず、ヤツは砕いた地面から勢い良く頭を空に向かって振り抜く。その衝撃で跳ね上げられた大量の礫が、散弾銃の如く俺達へと襲い掛かって来た。
「きゃあっ!?」
「こンのっ!!」
俺は金重を大剣形態へと変え、その巨大な面を向ける様にしてフルスイングをブチかました。一本足打法、これ最強。
幸い、飛んで来たのは砕かれて細かくなった礫ばかりだったので、俺のスイングから生じた風と衝撃波で纏めて吹き飛ばす事に成功する。うん、楽でいいね。
だが、その攻防の間に【重力】が解けてしまった様だ。軽く身震いをしながら、ヤツがこちらに視線を向ける。
「すみません、魔法が……!」
「いい、気にすんな。しっかしあの野郎、とても拘束されているとは思えない様な動きしやがったな……どんだけの馬鹿力持ってんだよ」
「少なくとも、≪ネーベル鉱山≫で遭遇した変異種クラークスより力が強いのは確定ですね」
「ああ。くそ、情報が無いってのは面倒くせぇな……せめてアイツがどの位のカテゴリなのか分かってりゃもう少し余裕を持って立ち回れるんだろうが」
「書籍でも記されていなかった辺り、元々発見報告が少ないドラゴンなのかもしれません。せめて、ギルドにある資料に目を通していれば……!」
「しゃーない。試験中にこんな奴とカチ合うなんて完全に想定外だろ」
まさか、昇級試験でこんな異常事態に遭遇するとは……クラークスの時といい、どうにも俺達は引き運が強いらしい。良い方向でも、悪い方向でも。
「グアアアアアアアアアッ!!」
「取り敢えず! 俺が前で抑えるからリーリエは拘束の方を頼む! 隙が出来次第強化魔法合わせて一気に片を付けるッ!」
「はいッ!」
再度、咆哮を上げてこちらに向かって来たヤツ目がけて俺は地面を蹴って突貫した。
「今度はこっちの番だデカブツ!」
「ガッ!?」
その巨大な顎で食らいつこうとして来たヤツの頭を、大剣形態の金重で圧し斬らんばかりに切りつける。
脳をシェイクする様な衝撃を受け、たまらずヤツは大きく頭から首、胴体から足元へかけて大きく仰け反った。それに合わせて大剣形態から双剣形態へと移して怒涛の連撃を叩き込む。
が、やはりその感触は先程と同じ物。斬ったという様な感覚は全く無く、鈍器で殴打したという感じだ。しかも、手に伝わって来たモノから察するに金重から生じた衝撃は体表こそ揺さぶるものの、中の骨までは全く届いていない。
『チッ、硬い外殻も鱗も持ってねぇ癖にやたら防御力あるなコイツ』
『これは……切れ味が悪いからとかそう言う問題では有りませんね。あれだけの斬撃を受けて表面に傷一つ付かないと言うのは流石におかしいです』
『だよなぁ……もしかしたら、コイツの表皮は斬撃と打撃に対する耐性が異常に高いのかもしれん。となると……』
手を休めずに斬撃を叩き込みながら、俺は考える。少なくとも、このままじゃいつまで経っても決着は付かない。これは、またリーリエに無理をさせちまう可能性が……。
『ムサシさん、あのドラゴンから突進を誘い出す事は出来ますか?』
『出来る。が、何するつもりだ?』
『最初と先程の突進を見るに、このドラゴンは瞬発的に生み出すスピードがかなり速いと思うんです。なので、突進の瞬間に【拘束】で足を拘束すれば転倒させられるかもしれません』
『成程、いいじゃないか』
『ありがとう御座います。もし成功したら【重力】を重ね掛けして、その隙にムサシさんに目一杯身体強化の魔法を掛けます』
『……大丈夫か? アレやると魔力スッカラカンになるだろ?』
『今は気にしていられませんよ。それに、ムサシさんなら一発で決めてくれると信じていますから』
『おおっとぉ、責任重大だな。なら、俺はその期待に応えられる様にしようか……行くぞ!!』
『はいっ!』
作戦が決まると同時に、俺は攻撃の手を“速さ”から“重さ”を重視する方向に切り替える。
「どっ! せいッ!」
「ガッ!? ……グオオオオオオオオオッ!!」
突然身に降りかかる衝撃が大きくなった事により、ヤツが大きく後ろへと後退した。それを確認して、俺はバック宙で後方へと大きく跳んだ。
かぶりを振ってから頭を元の位置に戻した時、俺が距離を取ったと見るやヤツは憤怒の咆哮を上げて突進を仕掛けようと地面を蹴った――その瞬間。
「【拘束】!」
ドンピシャのタイミングで、リーリエの魔法が発動する。ヤツの後方に魔方陣が出現し、そこから闇魔法によって作られた四本の鎖が駆け出そうとしたヤツの右足首を雁字搦めにして拘束した。
「グオアッ!?」
突然足がつっかえた事により、さしものヤツも大きく体勢を崩して遂に頭から地面に突っ込む形でその巨体を転倒させた。
「【重力】・【加算】!」
間髪入れず、リーリエの追加魔法によって更なる拘束が掛けられる。それでも、まだヤツは立ち上がろうと脚に力を入れる。オイオイ、あれでもまだ動けるのかよ……。
「くっ……ムサシさん!」
「“加速”と“腕力”だけくれ! 全乗せは間に合わねぇ!!」
「――ッ! 【腕力強化】・【加算】、【加速】・【加算】!」
バフが掛け終わった瞬間に俺は一足でヤツの背後、右脚後方側へと回り込んで大剣形態にした金重腰溜めに構えて、その足の付け根――関節部と思われる場所に向けて全力で振り抜く。
完全強化状態ではないので、さっきからガンガン弾かれている首を狙っても致命傷まではいかない可能性がある。だったら先に機動力を削いで、その後全強化で一気に首を斬り落とす。
リーリエの方も、全乗せ出来なかった分まだ魔力には余裕がある筈だ。動きが大幅に鈍ったコイツが相手なら闇魔法による拘束をしなくても問題無いだろうから、強化魔法だけ貰って確実に息の根を止める!
「脚貰うぞ、デカブツ――ッ!?」
強化された腕力、そしてスピードを以って断ち切ろうとしたその時……不意に、自身に掛かっている魔法とヤツを拘束していた魔法が消失した。
「んがッ!!」
同時に、凄まじい衝撃が左側頭部を襲う。それは、重量差のある俺を吹き飛ばすのに十分すぎる一撃だった。
不覚……脚部に集中していたため、そして突然魔法が消えた事により反応が遅れた。
インパクトの直後に俺の眼が捉えた光景……それは、ヤツの右側面部から生えたもう一本の尻尾が俺を打ち据えて振り抜かれた姿だった。
なんだそりゃ――その呟きと共に、俺の身体は轟音と共に背後にあった岩壁に叩き込まれる。岩を砕く音に交じって、リーリエの絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
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