第47話 朱色の惨劇
そこを一言で表すなら“凄惨”。それ以外に表現出来なかった。
天を向いて生えていた木々は、無残にも圧し折られて原形を留めていない物が多い。中には、根っこごと地面から引き抜かれて地面に横たわっている物もある。
地面は大きく抉られている場所が多々あり、ここで生じたエネルギーの大きさを物語っている。
ニオイを追って辿り着いた場所……そこはまるで“巨大なナニか”が暴虐の限りを尽くしたかのような有様だった。
「酷いですね……」
「ああ」
リーリエを降ろした俺はそう短く返し、静かにマジックポーチから金重を取り出して背中へとマウントする。
既に、俺の意識は別の場所へ向いていた。それは、なぎ倒された木々の向こう側……ニオイが、より強くなっている方角。
「リーリエ、俺の後ろに。この先がニオイの発生源だ」
「! 分かりました」
倒された木々を避けながら、俺達は進む。地面を観察すれば、何か巨大な物が目指している場所に向かって引きずられたような跡が残っていた。
そうして、俺達は辿り着く。緑のある空間から、岩肌が剝き出しになっている岩山エリアへ。
そこに広がっていた光景――先程までの場所が“凄惨”なら、ここは“惨劇”だ。
「こ、これは……うっ!」
それを目にしたリーリエが口元を抑える。対して俺の思考は酷く澄み渡り、感覚は研ぎ澄まされていた。
周りを囲むように反り立っている岩肌は真紅で塗り潰されており、元が何色だったのか分からない。濃密な鉄臭さが、それらの朱が全て血である事を物語っている。
無論、地面も広い範囲が大量の血で汚されていた。その血の海の中でも一際大きく踏み荒らされ、血溜まりを作っている場所があり……そこを見た時、俺はここで何があったのかを悟った。
「見ろ、リーリエ」
俺が指し示した方向にリーリエが目を移す。その表情は驚愕から困惑へと変わって行った。
「……大量の、鱗?」
「ああ、そうだ。そしてコイツの持ち主は、恐らく俺達が探していたブライウスだろうな……」
どす黒くてらてらとした光を放っているその場所にしゃがみ込み、俺はそこに散らばっていた数多の鱗の一枚を手に取る。大きさは手の平程。血で汚れてはいるがその赤の合間から灰色が見える。
「【灰鱗竜】っつー位だ、当然鱗の色は灰色だよな?」
「はい、そうです」
「なら決まりだな。ほれ、これ見てみ」
「……確かに灰色ですね。形状から見ても、ブライウスの物で間違いなさそうです。しかし……」
「一体全体何がどうしてこんな事になってんだ、って話だな」
今までの状況から見るに、さっきの場所とここでブライウスとナニかが争ったのは間違いない。問題は、一体何とかち合ったらこんな悲惨な状況になるかだが……。
「……自分よりもデカいドラゴン、それも肉食性の奴に襲われたか」
「恐らくそうだと思います。今日は私達の試験があるという事でこの山には他のスレイヤーは入っていません。仮に別のスレイヤーが居てブライウスと戦ったとしても……」
「こんな状況を作り出したりはしないわな……むっ」
顎に手を当てて思案していた時、あるモノに気付いた俺は血溜まりを一歩一歩踏みしめながら歩いて行く。前へ進む度に足元から不快な音が鳴る……全く、随分と行儀が悪いな、この状況を作り出したヤツは。
そう一人心の中でゴチる俺の後を追いかける様に、リーリエが恐る恐る付いて来た。
「これ、足跡じゃないか?」
「確かに……でも、ブライウスの物では無いと思います。竜種全書で見た足裏の形状と大分違いますし、それに……」
「……ああ。中型種のブライウスでは有り得ない大きさだ」
俺達が見下ろした先にある大型種のドラゴンの物と思われる足跡。とても中型種の物とは思えないサイズだった。
俺の身長を悠に超える大きさ、縦にデカけりゃ横にも太い。かなり巨大で強靭な身体の持ち主だと分かる。そして、その足跡の規則性を見るに恐らくヴェルドラと同じく二足歩行型だ……が。
「コイツ、ヴェルドラより巨大な」
「……!」
俺の分析にリーリエが言葉を失う。だが、これは事実だ。俺の記憶の中にあるヴェルドラの足跡より、大分……いや、かなり大きい。
「十中八九、この足跡の持ち主にブライウスは襲われたんだろう。あの血の量を見るに、恐らく生きちゃいない」
「そう、ですね。しかし、一体どんなドラゴンが……そもそも、≪アルブール山≫に肉食性の大型種のドラゴンが居るなんて話聞いた事がありません」
「クラークスみたいに飛翔能力持ってて、偶々今日ここに飛んで来てブライウス襲ったって可能性は?」
「無くは無いと思いますが、もしそうだったらムサシさんが気付かない訳が無いと思うんです」
「おー随分と俺の事を高くかってんねぇ。だが、確かにそうだ」
言われて気付く。こんな事をしでかすようなヤツが空から飛んで来たら、俺の感覚網に引っ掛からない訳が無い。
「ここに来るまで、俺が感じ取ったのはドラゴンの体臭と血の臭いだけだ。空から何かが来るような気配は感じ取れなかったから、デカブツは俺達が麓に着いた頃にはもう山の中に居たと考えるのが妥当か」
「はい……そして、私達がこの場所に到着する前にはコトを終えて別の場所へ移動した」
「だろうな。しかし、そうなると気になる点が一つある」
辺り一帯を眺めながら、俺は頭の中に湧いて出たある疑念を口にする。
「ここでブライスを襲った輩が肉食性なのは間違い無いだろう。だが、こんだけ派手にやった割には随分と周りが綺麗だ」
「綺麗、ですか?」
この状況を見て何を言っているんだ、と言うような視線がリーリエから飛んでくるが、俺は構わず話を続けた。
「……ドラゴンに限らず、野生の動物が餌を食ったらその食い残しが多かれ少なかれ残るモンなんだ。だが、この場にあるのは血と鱗だけだ」
「…………」
「こんだけの血をまき散らしてるんだ、相当手酷く傷付けて食ったんだろうが……奴さん、食い物は無駄にしない主義らしい。肉片一つ落ちていない辺り、念入りに拾って食ったんだろうよ」
「仕留めたブライウスを、別の場所に持って行ったという可能性は?」
「無いな。この足跡が続く先に、血の跡は残っていない。何かを引きずった様な痕跡もな」
そう言って、俺は血溜まりの向こう目を遣る。岩肌に両側を挟まれているその道には、デカい足跡しか残っていなかった。
「しっかしなぁ、骨まで残って居ない所を見る限りコイツはブライウスを丸吞みにでもしたのかね」
「丸吞み……」
「両手両足食い千切って動けなくなった所を、残った胴体そっくりそのまま胃袋に入れたんでねーかなーって。あくまで勘だけどな」
「もしそうなら、相当巨大な胃袋の持ち主ですね。中型種のドラゴンの身体を丸々一匹収めるなんて」
「おう、かなりの大食漢と見える」
そこまで考えて、俺はふぅと天を仰いだ。
まさかこんな事になるとは……これもう試験所じゃねえだろ。対象はもう居ないだろうしな……これからどうするべきか。
「ムサシさん、どうしましょう。一旦山を下りて、ギルドに報告しますか? あっ、試験官の職員さんを見つけて判断を仰ぐという手もありますけど」
「あー……でもなぁ、どちらにしてもこの状況とそこから推測される事しか伝えられないってのは痛いな。肝心の犯人については“大型種のドラゴンであろう”って事しか分からんし」
「ですね……」
そうなると、自ずと取れる選択肢は限られてくる。だがその先は、藪蛇になる可能性が大きい。
「リーリエ、これはあくまで提案なんだが……俺は、この足跡の主を追い掛けたい。そして出来れば、その姿形を把握した上でこの状況とセットで報告したいんだが、どう?」
「……確かに、その方がより具体的ですしギルドも対策の方針が立てやすいと思います」
「その通り。だが、正直言ってかなり危険な選択肢でもある。上手く気付かれずに確認出来りゃいいが、そうならなかったら戦闘必至だからな……だから、リーリエの考えも聞きたい」
俺の言葉に、しばしリーリエは思案する。俺達は一人で行動している訳じゃない、パーティーを組んでいるんだ。だったら、何でもかんでも一人で考えて結論を出すのは間違いだろう。
「……安全策を取るなら、このまま下山した方がいいでしょう」
「うん」
「でも、より確実にギルドに対策を立てて貰って一般人に被害が及ばないようにする為には、その正体を把握する必要があります。……ムサシさん、行きましょう」
「よし来た」
確固たる決意を滲ませるリーリエの言葉を聞いて、俺は即座に足跡が続く先を見る。
研ぎ澄まされた視力が、鮮明に足跡を遠くまで洗い出して行く。これは……渓谷の方に向かってるな。
「方角は把握した。すまん、こっから先は背負えない」
「問題ありません。私の事は気にせず、ムサシさんはいつでも戦えるようにしていて下さい」
「了解。したらば……行こうか」
「はい」
お互いの意思決定が成された所で、俺達は足跡を辿って進んで行く。さぁて鬼が出るか蛇が出るか、見物だな。
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