第46話 山登り、不穏な空気
「あー着いた着いた。今回の御者は運転が丁寧で助かったな」
「そうですね、もうお尻が痛くなるのは嫌です……」
「だな……さて」
ミーティンから三時間。馬車に揺られながら、俺達は目的地である≪アルブール山≫へと到着した。
「名前と場所は把握してたけど、実際に来るのは初めてだな。あ、リーリエは来た事あったりする?」
「はい、採取クエストで何度か。ここはそれなりに人の手が入っているので、麓から山頂まで魔の山の浅層程度の探索難度だと思います」
「いいねぇ」
人の手が入っている場所とそうでない場所、この差は大きい。魔の山で俺が住んでいたエリアは全く人が入った形跡が無かったからな……お陰で色々と苦労した。
「では、行きましょうか。探索しながらブライウスの痕跡を探してそれを追って行けば見つかる筈です」
「うーん、それでも良いが……もっと手っ取り早い方法があるぞ。リーリエ、ちょいこれ預かって」
「え? は、はい」
戸惑うリーリエに、俺は兜を取り外してそれを渡す。これで、俺の感覚を遮る物は無い。
ゴードンさんが作ってくれた兜は、確かに機能的には何の問題も無い。良く見えるし、良く聞こえる。普段使いや戦闘の際に装備して使用するのには全く支障は無いだろう。
ただ、こと索敵や追跡の時に対象を見つけるとなると話は別だ。一枚隔てていると、どうしても“視えないモノ”、“聴こえないモノ”が出てくるからな。ゴードンさんには申し訳無いけれども。
風は向かい風、山の上から吹き降ろして来る様に俺達の肌を撫でる。よし、これならイケる。
俺は前方に見える山道を見据え、大きく鼻で空気を吸う。呼吸の為では無い、ドラゴンが持つ独特のニオイを追う為だ。
ドラゴンは他の生物には無い様々な体臭を持つ。その中に多種多様なドラゴン種類を問わずに存在する共通したニオイがある。俺が今嗅ぎ分けようとしているのはそれだ。
これまで出会った全てのドラゴンに共通していたモノ。ブライウスもドラゴンなら、必ずそれがある筈だ。
暫く吸い続けていると、樹木等の匂いに混じって微かなニオイが漂ってくる。どうやら、アタリの様だ。
一度嗅ぎつけてしまえば、後はこっちの物。兜を付けても問題なく追える。
俺には、そのニオイがまるでラインを引く様に山の上から流れて来ているのが可視化されていた。
「よし、見つけた。すまんなリーリエ、重い兜持たせちまって」
「いえ……あの、ムサシさん。見つけたって言うのは?」
「ブライウスのニオイだよ。これ追っかけて直線距離で行きゃ、あっという間に見つけられんだろ」
「に、ニオイですか……あの、ドラゴンってそんなに臭いんですか?」
「いや、臭くは無いけど他の獣とかには無い独特のニオイがあんだよね……あれ、もしかして嗅いだ事無い?」
「ドラゴンからそんなニオイがするなんて初耳ですね……」
「えっ、嘘」
「本当です。私、鼻は別に悪くは無いですけどムサシさんに聞くまでドラゴンにそんなニオイがするなんて知りませんでしたし、アリアさんや鑑定官のマコールさんからも聞いた事がありませんね」
「ま、マジか……」
結構特徴的な臭いなんだけどなぁ……あ、でもあれか。魔の山での生活で五感が鍛えられている俺だから感じ取れたのか?
「でも、ムサシさんがそう言うのなら私はそれを信じます」
「おお、そう言って貰えると助かる。討伐し終わった後に【感覚強化】使って嗅いでみりゃリーリエにもそのニオイが分かるかもしれんぞ」
「その時魔力に余裕があったらやってみます。それで、直線距離で行くって言ってましたけど……ニオイはどちらの方角から来ているんですか?」
「ん、あっちだな」
そう言って俺が指し示した方角は山道の方……ではなく、鬱蒼と木々が生い茂る斜面の方角。そこには、人が通るような道は無い。あるのは僅かな獣道だけだ。
「え……あの、ムサシさん? あっちの方に道は有りませんけど……」
「おいおい何言ってんだリーリエ。俺達の目的は登山じゃないぞ?」
そう言いながら、俺は背負っていた金重を武器収納用に買ったマジックポーチに放り込む。
空いた背中をリーリエに向けて、俺は膝を付いた。
「む、ムサシさん。まさか」
「ほれ、乗った乗った。目的地までは、俺が負ぶって全力疾走で行くから」
「ですよね……はぁ、よろしくお願いします」
ううっ、と唸りながらリーリエは俺の背中に体を預ける。それを確認して、俺はリーリエの足をガッツリ抱え込んで立ち上がった。
「よっしゃ、行くぞぉ! しっかり掴まってろよリーリエ!」
「お、お手柔らかに! お手柔らかにお願いします!!」
「任せろ、程々に全速力で突っ切るから!」
「ちょ、それ全然お手柔らかじゃ――うみゃっ!?」
リーリエの抗議を他所に、俺は全速力でニオイのラインを辿って駆け始める。防具の重さも何のその、木々が生い茂る中々の斜面を細かい枝や小さな木を蹴散らしながら突っ切って行く。
いやぁ、やっぱり山の中を駆け回るのは楽しいなぁ!
「うあっ、ちょっ!」
「俺の背中から顔出すなよ~飛び散る枝とか危ないから」
「は、はいっ!」
俺の体からはみ出さないように体を縮め、リーリエはギュッと俺の体を抱きしめてくる。
くっそ、やっぱり鎧越しだと何か柔らかい物が当たっているという事位しか分からん! たわわって感じはしねぇな!
「にしても、あれですね」
「ん?」
「こうしてニオイを辿って獲物を追うのって、ワンちゃんっぽいなと思って」
「……ワンワンワンワンワンワン!!!」
「ふぎゃっ! い、いきなりの加速はぁぁああああ~~~~っ!!?」
◇◆
リーリエを背負って延々と山を登って行く。樹木地帯を抜け、岩石地帯を経由して、再び樹木地帯へ……そんな事を繰り返しながら着々と目的地へと近づいていく。ああ、途中には渓谷もあったな。下には中々の激流が流れていた。
「どーれ、そろそろ近くなってきたぞ……大丈夫か?」
「ええ、問題ありません」
「なら良し。大分耐性も出来たなぁ、リーリエ」
「お陰様で……」
そうやって軽口を交わしている間にも、どんどんニオイの発生源へと近付いていく。
その時、俺はある違和感に気付いた。
「……んー」
「? どうしました?」
急に唸った俺に、リーリエが訝しげな声で訪ねてくる。
先程から感じる違和感。それは、辿って来たニオイに別のある臭いが混ざり始めて来ていた事に対するモノだった。
――それは、血の臭い。それもちょっとやそっとの臭いじゃない、近付けば近づく程それはむせ返るほどの強烈な臭いとなって嗅覚を刺激する。
「……ムサシさん」
リーリエも、気付いた様だ。そりゃ、この位の臭いになれば誰でも気付くわな。
「リーリエ、いつでも魔法唱えられるようにスタンバっといてくれ」
「はい!」
カチャッ、とリーリエが魔導杖を片手で背中から外す音が聞こえる。俺の中では、かなり嫌な予感がし始めていた。
「獣、ですかね」
「もしそうだとしたら相当大量に死んでるな……俺がここに来るまで、獣の気配を一切感じ取れなかった事と関係している事も大いにある、か」
そう、麓からここまで駆け上がってくる間一匹たりとも野生の獣に出会う事は無かったし、その気配を感じ取る事も出来なかった。俺の感覚を以ってして、である。
「……ブライウスに襲われでもしたか?」
「どうでしょう、ブライウスの性質的にはあまり考えられませんが……」
「ま、何はともあれ実際に見てみない事にはな。……着くぞ、この先だ」
そうして斜面を駆け上がった先にあったのは、勾配の中に現れた平坦エリア。ドラゴンのニオイも、血の臭いもここから発生している。
「うわっ」
「……これ、は」
辿り着いたその場所を見て、俺とリーリエは我が目を疑った。
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