第44話 昇級試験
その日、俺とリーリエはガレオに呼び出されてギルドマスタールームへと足を運んだ。
「以前、お前達が受注した≪ネーベル鉱山≫でのクエストの調査結果が出た」
そう言いながらガレオが見せてきたのは、十枚ほどの書類。それを受け取ったリーリエが内容に目を通す。俺は……その横で突っ立っていた。いや、こういうのはリーリエに任せた方がいい、絶対に。
「結論から言えば、お前達の報告を裏付ける調査結果となったよ」
「てことは、あのクエストは成功って事でいいのけ?」
「そう言う事になるな。だから、これから作って貰う正式な報告書にはお前達が最初に報告してきた事をそのまま書いて貰っていい」
「良かった……」
ガレオの話を聞いたリーリエが、ほっとしたように息を吐く。取り敢えず、これで≪ネーベル鉱山≫での一件についてはカタが付いたかな。
「で、ここからが本題だ」
「ん?」
「本題、ですか?」
はて、今日呼ばれたのはこの調査結果の通達の為だけだと思ったが……そうじゃないらしいな。
「――白等級スレイヤー・ムサシ、リーリエ。両名には、これから昇級試験を受けて貰う」
その言葉を聞いた時、俺もリーリエもピンと背筋が伸びた。ついに……来た!
「……本当なら、≪ネーベル鉱山≫でクラークスの変異種を討伐した時点で等級を上げてやれれば良かったんだがな」
「問題ねぇよ。寧ろ俺的にはもっと先だと思っていたが、思ったよりも早かった。これは、クラークス討伐の件も加味してくれたって事でいいのか?」
「当然だ」
成程、リーリエが以前話した通り≪ネーベル鉱山≫での功績が実績に組み込まれて、昇級試験までの道程が短くなったらしい。結構結構。
俺とガレオが話す隣で、リーリエは微かに体を震わせていた。それに気付いた俺は、その頭にポンと手を乗せる。
「やったな、リーリエ」
「……っはい!」
そう言って笑顔を向けてくるリーリエは、感無量と言った様子だった。当然か、自分の夢へ向けて一歩前進した訳だからな。
「おいおい、喜ぶのはまだ早いぞ? 昇級クエストを達成できなけりゃ、この話はおじゃんなんだからな」
「えっ、そんな難しいの?」
「……いや、クラークス変異種を討伐したお前達なら恐らく朝飯前だな」
何だよ、ビックリさせんなや! 一瞬身構えちまったじゃねーか!
「話を聞くに、昇級クエストの中身はドラゴンの討伐ですか?」
「その通りだ。クエストの詳細については、受付に居るアリアに聞いてくれ」
「おっと、気を利かせてくれたのか?」
「言うなよ……しかし、なあ」
背もたれに体を預けながら、ガレオが腕を組んで俺達……正確には、俺の顔をまじまじと見てくる。おいやめろ、今兜被ってねーんだから。
ちなみにマントは基本外している。アレ、着ける場所めっちゃ選ぶからな……。
「お前がアリアとねぇ……しかも、そこのリーリエと一緒にか」
「何だよ、文句あっか?」
「いんや、別に。ただ、周りには気を付けろよ?」
「問題無しだ、俺の筋肉は無敵だからな。防具もあるし」
「お前の事なんざ心配してねーよ! オレが言ってるのは二人の事だ!」
「えっ? 私達の事ですか?」
唐突に話題に挙げられたリーリエが、困惑した表情を浮かべる。
「世の中、どんな奴がいるか分からん。綺麗所を二人いっぺんに搔っ攫ったんだ、お前に嫉妬したバカが二人に何かしないとも限らないだろうが。市場での一件だってある」
「よし、リーリエ。お前にこの防具預けるわ。アリアには別途防具をゴードンさんに作って貰おう。折角俺の為に作ってくれたゴードンさんには悪いが、俺にとっちゃ二人の安全の方が大切だし」
「な、何言ってるんですか!? ムサシさん用の鎧を私が着れる訳無いじゃないですか! 幾らなんでも心配し過ぎです!」
「いやいや、備え有れば憂い無しって言うだろ?」
「ちょっ、脱ごうとしないで下さい! ――もうっ!」
「あいだっ!?」
カチャカチャと防具の留め具を弄っていた俺の頭に、リーリエが魔導杖を振り下ろす。ガンッ、という音と共に俺は正気に戻った。
「……目は覚めました?」
「あ、ああ。すまん、暴走してたわ……」
「あっはっはっは! お前、もう尻に敷かれてんのか!?」
「うっせえ! 余計なお世話じゃい!」
「くっくっ……いや、こりゃ良い物を見せて貰った。酒の肴にしよう」
「ぐっ!」
くっそ、情けない所を見られちまった。しかも、よりにもよって相手はガレオか……こりゃ相当からかわれ続けるぞ……。
「……はぁ、まあいい。とりま、俺達はもう行っても良いのか?」
「ああ、構わないぞ。くくっ……」
「笑い過ぎじゃボケェ!」
「む、ムサシさん。その辺で……ギルドマスター、失礼します」
「ああ。しっかりソイツの手綱を握ってやるんだぞ?」
「はい!」
リーリエに手を引かれて、俺は部屋を後にする。くっそ、後で覚えてろよ……!
◇◆
一階のホールに戻り、俺達は受付……アリアの元へと向かう。こちらの姿を確認したアリアが、にこりと微笑んだ。
「お二人とも、ギルドマスターとのお話は終わりましたか?」
「おう、バッチリ」
「昇級クエストの詳細はアリアさんに聞いて欲しいと言われたんですけど……」
「はい、こちらですね」
そう言って、アリアは一枚の受注書を取り出す。それは通常のクエストの受注書と違い、黄色の縁取りがしてある見慣れない物だった。
「これが、今回お二人に受けて貰う昇級クエスト……【灰鱗竜】ブライウスの討伐です」
「成程、ブライウスか。さっぱり知らん!」
「……ムサシさん、少しは私が渡した竜種全書に目を通して下さい」
呆れながらも、リーリエは俺に討伐対象のドラゴンについて教えてくれる。ごめんな、その内読んどくから……。
「【灰鱗竜】ブライウス。二つ名が示す通り、その身に灰色の鱗を纏う中型種のドラゴンですね」
「中型……てことは、ヴェルドラやクラークスよりは小さいのか」
「はい。クラークスと同じく四足歩行型ですが、飛翔能力は持ち合わせていません。食性も草食ですから、肉食種より攻撃的では有りませんね。その代り、中型種という事も相まって移動速度はかなり早いです」
「外敵からの逃走の為だな?」
「そうです。それに、追い詰められると逃げから一転して攻撃態勢に入るらしいです」
「成程ねぇ、しかし草食性なのか……なんか、話聞く限りだと刺激しない限りはあんま害は無さそうだな」
「それが、そうでも無いんです」
リーリエが困った様な表情を浮かべて、その理由を教えてくれた。
「ブライウスは確かにドラゴンの中では大人しい部類です。ただ、問題はその食性でして……訪れた森や山のキノコや薬草と言った物を根こそぎ食べ尽くしてしまう事があるんです」
「あー……食害か」
「はい。おまけに、人里に近い所に出る事もあるのでそうなると農家の方々に被害が出てですね」
「収穫期にでも来られたら死活問題だな」
「ええ。繁殖力も高いので黄等級以上であれば頻繁に討伐依頼が出ていますね」
うーん、コイツはヴェルドラやクラークスとは別ベクトルで厄介な相手かもしれんな。
「場所はどこだっけ?」
「あ、それでしたらこちらに……」
そう言って、アリアが一枚の大判の地図を取り出す。
「お二人に討伐していただく個体は、この≪アルブール山≫に最近住み着いたと報告が上がって来たブライウスです」
「ほうほう。あれ、確かこの山ってミーティンから大分近い所にある山じゃなかったか?」
「はい。馬車で三時間程の距離にある山ですね」
「なら、上手くすりゃ一日で帰って来られるかもな」
「そ、それはどうでしょうか……幾ら相手が比較的討伐難易度が低いブライウスでも、山の中を逃げ回られたりしたら結構手間取りそうな気がしますけど」
「なーに言ってんだリーリエ。山は俺のホームグラウンドだ、アドバンテージはこっちにある」
「あ、確かに……」
「まあ任せんしゃい」
この時点で、俺の中では完全に今日一日で終わらせて帰ってくる予定になった。
山の中に隠れている相手を見つけ出す手段なんざ腐るほどある。高所から目で追うも良し、ドラゴン特有の臭いを追っかけて補足するもよし。ま、どうやるかは実際に現場に着いてから決めるか。
「あ、そうだアリア。試験の合否ってどうやって判断するんだ? 素材持って帰ってくりゃいいのけ?」
「いえ、ギルドの試験官が現地でお二人を監督します。その後、合格か不合格かを判断しますね」
「へぇ、ちなみに誰が来んの?」
「ごめんなさい、ムサシさん。公平性を保つ為に、派遣される試験官についての質問には一切答えられないんです」
あっ、そりゃそうか。誰が来るか分かってたら予めそいつに賄賂渡したりっても出来る訳だしな。
「試験官は、お二人から見えない離れた場所で監督しますのでクエストの邪魔にはならない筈ですから、そこは心配して頂かなくても大丈夫です」
「了解。リーリエ、他に何か気になる事はあるか?」
「いえ、大丈夫です」
そう言ったリーリエの顔は、凛としていた。それだけ、今回の昇級試験にかける物が大きいって事なんだろう。
なら、俺もそれに応えんとな。
「では、ギルドより昇級クエストを発注します。……ムサシさん、リーリエ。どうかお気をつけて」
「はい!」
「合点承知の助」
よし、そんじゃ馬車手配して目的地に――。
「待ってくれ!」
……なーんでこういう良い時にお前が話し掛けて来るんだクソモヤシィイイイイイイイイイイイ!!
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