第43話 股ドンも、ステキやん?
俺がゆっくり近寄ると、アリアは高速で眼鏡を上げ下げし始める。これは動揺してますね、間違いない。
で、普段クールなアリアにこんな行動されると……俺も、気分が上がっちゃう訳でして。
「ふ、ふふっ。ワタシに今の手は通じませんよ? 何故なら、もう一度見てしまっていますから――」
「よっと」
「きゃっ!?」
瞳をグルグルとさせながら必死に取り繕おうとしていたアリアを、俺は問答無用で抱き上げる。無論、お姫様抱っこだ。
そうして、アリアをリーリエが立っていた壁へと同じように背を預けさせて立たせる。
「ででで、ですから! 今の手はワタシには通用しないとっ!」
「――アリア?」
「っ!!?」
わたわたと言い逃れをしようとするアリアを、俺は強く命じるような口調と行動を以って制した。
「口説けと言ったのはアリアの方だろう? 何でそんなに慌てる?」
「む、むむむムサシさん!? あ、脚が……!」
そう言ってせわしなくアリアは目線を足元へとチラチラと向ける。
今の俺の体勢は、先程リーリエにやったものとは若干異なる。壁ドンは壁ドンだが、これはその派生形。
左腕を頭の横に置き、右手はフリー。そして右脚の膝を……アリアの股の間に滑り込ませていた。
これ即ち、股ドンである。あー、これ犯罪臭やべぇわ! でもここまで来たらやめんぞォ!!
「アリア、こっちを見ろ」
「!?」
目を逸らす様に右へ左へと動いていたアリアの視線と顔を俺の顔に固定するように、空いた右手の親指と人差し指でその顎を軽く掴んでクイッと上へ上げる。
俺の瞳とアリアの瞳が、重なった。
「アリア、どうして俺から目を逸らしたんだ? 俺を愛しているんじゃなかったのか?」
「そ、それはそうですけどっ! これは流石に……!」
「流石に?」
静かに笑顔を浮かべながら、俺は差し込んだ右膝をグイッと上へ押し込む。「あっ……」と言う声が、アリアの口から漏れる。それは、どこか艶めかしい色を含んだ声だった。
「なあ、アリア」
「は、はい……」
「お前は、俺の女だ。そうだろ?」
「はい……」
「だったら俺から目を逸らすな。これはお願いじゃないぞ、命令だからな?」
「あ、う……」
完全に正気を失っているアリアの目を見て、俺は止めとばかりに顔を近づけ……銀髪の間から覗くエルフ特有の長い耳を、軽く嚙んだ。
「ひあっ!」
「分かったか?」
「ひゃ、ひゃい……分かりまひた……」
「なら、いい」
呂律の回らない返事を貰った所で、俺は体を引く。腕を壁から離し膝を股の間から抜き取ると、リーリエと同じ様にアリアもまた体から力が抜けて座り込みそうになったので、そっと体を抱え上げて元の席へと座らせた。
「ふぅ……アリーシャさん、先に謝っときます。すんません」
「は、え?」
俺の言葉に困惑するアリーシャさんとぽけーっとしている二人をテーブルに残し、俺は席を立つ。
そして、ずんずんと歩を進める……その先にあるのは、この建物を支える太い柱の一つ。
そこに両手を当てて――俺は、自分の頭をしたたかに打ち付けた。
ズシンッ!
「ちょっ! おま」
「ああああああああああああクッッッソ恥ずかしいいいいいいいいいいい!」
何やってんだ俺はアアアアアアアア! 行動もセリフも臭過ぎるし気持ちワル過ぎんだろうがああああああああああ!
こういうのは、イケメンがやるから許されるんだよオオオオオオオオオオオ!!
「こ、このバカ! アンタうちの店をぶっ壊すつもりかい!?」
「ぐああああああああああ!!」
「やめないかい、このアホンダラ!」
「あだっ!」
俺の行動を見かねたアリーシャさんが、空になっていた樽ジョッキを俺の頭へと投げつけた。寸分違わずにクリーンヒットしたそれのお陰で、漸く俺は行動を止めた。
「死にたい……有り得ねえ……何だよあのセリフ……俺の口から言っていいセリフじゃねえよ……犯罪だよ……」
「あ、アンタねぇ。そんだけ後悔するならもうちょっと別の事言ったら良かったじゃないか」
「咄嗟につらつらと出てきたんすよ……」
「はぁ……まあ、確かに聞いててこっ恥ずかしくなるようなくっさいセリフだったけどさ」
「ガハッ!! もう無理……」
「この男はホントに……大物何だか小物何だか分からなくなるねぇ。取り敢えず、二人に感想を聞いてみたらどうだい?」
「……そっすね」
ふらふらと席へ戻ると、おずおずと二人に話し掛ける。ああ、この時点でもう恥ずかしい……。
「あー……どうだった、二人とも? 一応俺なりに口説いてみたけど」
「へっ? そ、そうですね……」
我に返ったリーリエが、顔を赤くしながら思案する。そうして、ゆっくりと語りだした。
「ムサシさんは……すっごく、独占欲が強いと思いました、はい」
「そ、そうか……」
「あと、あれは他の人にやっちゃダメです。絶対に、ダメです」
「しねぇよ!? てかもうお前達にもやらんわ! アホ程恥ずかしい!!」
「そっ、それはダメです! 私達にはまたやって下さい!」
「嘘だろオイ!?」
ま、マジで? 俺またやらなアカンの? 冗談だろ?
「あ、アリア? アリアはどうだった?」
俺は救いの手を求める様にアリアへと話を振った。しかし、差し伸べられた手は俺を奈落へと突き落とす悪魔の手だった。
「……ムサシさんは独占欲が強いです、間違いなく。そして……とっても、Sです。ドSです」
「どっ、どえ……!」
「そして、ワタシはムサシさんの前ではMになるみたいです……あの、またやって下さい。今度は、もっと強くして貰って大丈夫ですから」
「はいぃっ!?」
頬を紅に染め、熱っぽい視線を向けてくるアリアを見て俺は愕然とする。
これ……アカンわ。変な物目覚めさせちまったぞ俺。
「……アリーシャさん」
「なんだい?」
「ここで、一番強い酒を貰えますか」
「はいよ。……ま、それで忘れられるとは思えないけどね。アリア、部屋はもう空けといたから今日からここで暮らして大丈夫だよ」
「分かりました……」
「あとリーリエ、今日はもうやめときな。ここから更に飲んだら、流石に響くよ?」
「はい……そうします……」
そう言い残し、リーリエとアリアはふわふわとした足取りで二階へと上がって行った。残されたのは、真っ白に燃え尽きている俺とアリーシャさんの二人だけ。
「ほれ、これ飲みな。≪火竜の吐息≫って酒だ、麦酒とは比べ物にならないくらい強いよ」
「あざっす……」
「ま、頑張りな。アンタが言ったあれ、全部本心なんだろ?」
「分かりますか?」
「そりゃあね。伊達に年食っちゃいないよ……ムサシ、アンタはあの二人を同時に選んだんだ。逃げだしたら許さないよ」
俺のグラスに酒を注ぎながら、アリーシャさんは静かに告げる。それはまるで、わが子の未来を案じる母親の様だった。
「そこは大丈夫です。俺の辞書に“後退”って言葉は有りませんから……二人とも、キッチリ幸せにして見せますよ」
「ほう、言うじゃないか。ま、頑張りな」
俺の酔いを感じさせない頑とした返事を聞き、アリーシャさんは満足した様に顔をほころばせる。
……さて、俺はもう後戻りは出来ねぇぞ。リーリエとアリアの想いを聞いて、それに応えたんだ。これからは、俺の全てを二人に捧げて行くんだからな。
――願わくば、明日からまた始まる日常が今までよりも輝きますように――
そんな事を心の中で思いながら、俺はグラスに注がれた≪火竜の吐息≫を一気に飲み干した。
次の日の朝、≪月の兎亭≫には悶絶する様な声が三人分響き渡った。やっぱ酒飲んだ程度じゃ記憶は消えなかったね! クソが!!
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