第41話 おネェさん登場
一気に距離を詰めて切りかかろうとしたクソモヤシとそれを迎え撃とうとした俺の間に、空を切りながら飛来したモノが割って入った。
その正体を確認した時、俺は動きが固まった。
それは、人間だった。浅黒い肌に丸められた頭、俺に勝るとも劣らない身長。ガタイこそ俺の方が良いが、その体は服の上からでも分かる位引き締まった筋肉の鎧で覆われている。俺の目から見れば、アレは明らかに実戦で使える筋肉。見せかけの紛い物では無い。
で、ここまでならただのマッチョメンである。でもこの人……い、異質だ。
だって、こんだけ男らしい体をしときながら着てるのは赤いラメ入りボンテージに白いファーコートやぞ? 足元は赤いピンヒールだし……極め付きはバッチリメイクの施されたその顔!
バチバチまつ毛に青いアイシャドー、その中に一つ落とされた桜色の口紅がとっても可愛らしいですね!
……はい、どう考えてもおネェさんです。本当に有難う御座いました。
「アナタたち……今までのやりとり、全て見させてもらったワ!」
「あっ、そうなんですか」
思わず敬語で返事をしてしまった。しゃーねーだろ、インパクト凄すぎるんだもの!
腰に手を当てたモデル立ちの彼女?から繰り出されたウィンクからは、バチコーン☆と音がした気がした。
「なっ、何だ貴様は! 邪魔をする――」
「お黙り!!」
「ガフッ!?」
呆気に取られた状態から我に返ったクソモヤシが、再び燃焼しようとしたのを彼女?は振り下ろされた鉄槌の如きビンタを以って鎮火した。
うわっ、体が二回転したぞ……人間ベーゴマかな?
「ふぅ……全く、人様の恋人に手を出そうとするなんて、このコにはお仕置きが必要ネ!」
やれやれといった風に首を振ると、彼女?はクソモヤシの体を持ち上げて俵担ぎにした。
「アナタ達、大丈夫かしら?」
「「「は、はい……」」」
こちらを振り向いてニッコリと微笑む彼女?に、俺達は三人同時に返事をする。てか、一体何者だこの人……?
「あの……貴方は?」
俺と同じ気持ちだったのか、リーリエが恐る恐るといった様子で問い掛ける。
「アラ、ごめんなさいネ。アタシはアンジェリカ。ここから少し離れた場所でバーのママをやってるワ、よろしくネ」
「あ、ご丁寧にどうも。俺はムサシ、白等級スレイヤーです。よろしく……」
「わ、私はリーリエって言います。ムサシさんと一緒にパーティー組んでる白等級スレイヤーです!」
「ギルド職員のアリアです」
「ムサシちゃんに、リーリエちゃんに、アリアちゃんネ。三人ともよろしくネ」
ム、ムサシちゃんて……俺、二十八なんすけど……。
そんな俺の心情など知ってか知らずか、アンジェリカさんはにこにこと笑っている。
……生物学的には間違いなく男だと分かる。しかしママ……やっぱりおネェじゃねぇか!
握手の為に差し出された手を、俺はぎこちない動きで握り返す。力つよっ!
「フフッ、アナタ達の事は知ってるわヨ? 街の大通りの方で、とっっっってもロマンチックな事やってたのを見ていたワ!」
そう言って空いている片手で頬に手を当てて顔を赤らめながら、アンジェリカさんは体をくねらせる。Oh……。
「はぁ~アタシもあんな風に情熱的な愛の告白を受けてみたいワ~」
「は、はは……アンジェリカさんは、中々乙女なんですね……」
「あら嬉しい! でも、そんな他人行儀な呼び方じゃなくて気軽にアンジェって呼んデ!」
いやいや、初対面でそんないきなり言えるかァ!
「アッハイ。アンジェサン」
とまぁそんな心の声を出せる訳も無く、俺は素直にその言葉に従う。
ごっつい大鎧を着た男と、ごっつい漢女。え、絵面がァアアアアアアア!
「後ろの二人も、そう呼んでくれて構わないからネ?」
「は、はい!」
「分かりました、アンジェさん」
リーリエはまだ戸惑いがあるようだが、アリアはもう順応したみたいだ。流石すぎる。
「あのー、アンジェさん? 割って入って貰ったのはいいんすけど、そのクソモヤシはどうするつもりですか?」
「このコ? さっきも言ったけど、お仕置きをするのヨ」
そう言って、アンジェさんはクソモヤシのケツをねっとりと撫で回す。あっ、これ深く踏み込んだらアカン奴や。
「実はね、ウチのバーにこのコに弄ばれたって泣きながら愚痴を言いに来る女の子って結構多いのよネ」
「うわぁ!」
「最低……」
「屑ですね」
こ、このクソモヤシ……女性を何だと思ってるんだよ……。
「本当にネ。名前と容姿は知ってたから、最初は見つけて注意するに留めておこうと思ったんだけど……三人とのやり取りを見て、これは口だけじゃ聞かないと思ったから実力行使をさせて貰ったワ」
成程、その判断は正しいですなぁアンジェさん。俺なら問答無用で鉄拳制裁に行ってただろうけど。
「もしムサシちゃんが現れなかったらアタシが間に入ろうと思ってたんだけど……まさか、空から降ってくるとは思わなかったワ」
「最短ルートで来ましたから……にしても、よく俺がリーリエとアリアの相手だと分かりましたね? あの騒動の時とは全然違う格好してるのに」
「声で分かったのヨ。その黒い兜の奥から聞こえてきたのが、あの告白劇で聞いたとーってもステキなバリトンボイスと同じだったかラ」
バ、バリトンボイス……? 俺の声ってそんなに低かったか?
いや、そりゃ確かに十年前と比べりゃ低くなったのは分かってたけど……。
「さて、それじゃアタシはお邪魔にならない内に帰るけど……あっ、そうだワ! 三人にはこれを渡しておくわネ?」
そう言ってアンジェさんがポケットから取り出したのは、三人分の……名刺?
「“BAR Blue Rose”……?」
「アタシのお店。落ち着いたら、三人で遊びに来てネ?」
待ってるわヨ~♪、と言い残して、アンジェさんは颯爽と去って行った。それと同時に、周りの野次馬達も散っていく。後に残されたのは、名刺を手に佇む俺達三人と置いて行かれてポカーンとアホ面を晒している取り巻きズだけだった。
「嵐の様な人だったが、いい人だな」
「そうですね……」
「……あなた達、追わないのですか? 想い人なのでしょう?」
アンジェさんが去って行った方向を見ていた俺とリーリエだったが、アリアの言葉でハッとしたようにクソモヤシの取り巻きズを見る。
アリアの言葉で正気に戻ったのか、彼女達は慌ててアンジェさんが向かって行った方角へと走り出していったが……ありゃ間に合わんな。南無。
「……二人とも、すまんな。もうちょっと早く来れればよかったんだが」
「そ、そんな! ムサシさんが謝る事なんて無いですよ!」
「そうですよ。寧ろ、どうやってワタシ達を見つけたんです?」
「あー、唐突に嫌な予感がしたもんでな……勘に従ってひたすら跳んできたら、二人の所に辿り着いた」
そう説明する俺を見て、リーリエとアリアは顔を見合わせる。な、なんだ?
「……ムサシさんの勘とか予感って、もう魔法の領域ですね」
「いえ、ここまで来ると最早魔法という領域に収まるものではありませんね……超能力というか、何と言うか」
「そ、そう? まあでもこれのお陰で二人のピンチに駆けつけられたからな、心身共に鍛えてて良かったよ」
本当に、自分の第六感に助けられる事は多い。魔の山で暮らしていた時も大分世話になったなぁ。
「どれ、二人ともこれからどうする? 俺は≪竜の尾≫に戻って頭金の支払いやら荷物の引き取りやらしてくるけど」
「あ、じゃあ私達も行きましょうか? アリアさん」
「そうですね、ムサシさんの用事が終わったのなら……あ、そうだ」
「ん、どした?」
「いえ、≪竜の尾≫でやらなきゃいけない事が全部終わったら、一旦≪月の兎亭≫戻って荷物を置いてから、もう一度出かけませんか? まだ日も高いですし……」
「あ、それいいですね!」
ふむ、確かに。このまま帰って終わりっていうのは味気無いしな。
「あ、でもあの贈り物の山どうするよ? アリアが欲しい物だけ先にアリアの家に持ってくか?」
「いえ、その必要はありません。もうあの家は引き払いましたから」
……え?
「ワタシも、≪月の兎亭≫に部屋を借りる事にしたんですよ。その方が、一緒に居られる時間が長いですから」
「初耳ィ!」
「あら、言っていませんでしたか?」
「聞いてねえよ!」
「私は知っていましたよ? アリアさんからも、アリーシャさんからも聞いていましたから」
「えぇ……何で俺だけ知らんの……」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。サプライズという事で……それとも、ムサシさんはワタシが≪月の兎亭≫に住むのは反対ですか?」
若干不安そうな表情をしたアリアの頭を、俺は肩をすくめてから優しく撫でた。
「んな訳無いだろ、大歓迎だよ。一緒に居られる時間も増えるし、近くに居て貰えりゃ安心する。だからそんな顔するな」
「良かった……ありがとう御座います、ムサシさん」
「むー……二人だけの世界に入るのはズルいです……」
「おっと、すまんなリーリエ」
可愛らしく口を膨らませるリーリエを、慌てて片手で抱き寄せる。
それで満足したのか、拗ねたような表情だった顔がへにゃりと緩んだ。
「ふふっ、ごめんなさいリーリエ」
微笑ましい物を見る様な優しい眼差しを俺とリーリエに向けながら、アリアは俺の左腕に腕を絡めてくる。
クソッ! 鎧のせいで胸の感触がいまいち良く分からん!
「……やっぱり防具越しだと、あまりムサシさんの体温が感じられませんね」
「アリアさんもそう思いますか?」
「ええ。ムサシさん、≪月の兎亭≫に戻ったら防具は置いてきますよね?」
「そりゃあ、そうだな」
「良かった……あっ、じゃあその後に服を買いましょう。いつものつなぎ姿じゃなくて、もっと別の恰好のムサシさんも見てみたいですし」
「あっ、それいいですね! シェイラさんのお店で見繕って貰いましょう!」
「それが良いですね」
女性陣が俺の服の話題で盛り上がってるのはいいんだけどさ……周りの視線がだな……。
「……二人とも、そろそろここ離れねえか? 時間ももったいないしさ」
「あっ、そうですね」
「じゃあ、≪竜の尾≫に向かいましょうか」
程よく切り上げた所で、俺達三人は背中に生暖かい視線を感じながら市場を後にした。
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