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第40話 狂気のクソモヤシ

 ドンッ!という音と共にクソモヤシの体が叩きつけられた地面に放射状に罅が入る。肺から一気に空気を押し出され、クソモヤシはカハッと掠れた声を吐き出した。


「よかったなぁクソモヤシ、俺がキチンと手加減が出来る人間で」


 本心から言わせて貰えばこのまま圧し潰してやりたい所だが、理性でその衝動を抑える。掴んだままの胸倉を引き戻して、再びその体を宙へと引きずり起こした。


「ガハッ、ゲホッ! ……なに、を……」

「何をだと? さっきから訳の分からねぇ妄想を垂れ流して正義の味方ごっこをしている頭ラリパッパの口を黙らせただけだが?」

「き、貴様――!」

「喋んな」


 再度口を開こうとしたクソモヤシを再び地面へと叩きつける。俺の手から逃れようと、必死に体に力を入れていたようだが、生憎そんな貧弱な力じゃ万に一つも俺から逃れる事は出来ない。

 そして、逃げに意識を向けているせいで受け身を取る事も出来ずに背中から地面に激突する。まあ、この状態じゃ受け身なんざ取れないだろうし、取らせもしないがな。


「が、あ……」

「何で俺がこんなに怒ってるか分かるか?」

「ぐ……」

「分からねえ様だから教えてやる。正直、テメェが何をしようと俺はそこまで気にしねえよ。気に掛ける程の相手とは思ってなかったからな」


 淡々と言い聞かせるように語り掛ける俺を、それでもこのクソモヤシはキッとした眼つきで睨みつけてくる。正直以前の一件で、もう俺とリーリエとアリアにちょっかいを掛けて来る事は無いと思っていたが……見通しが甘かったようだ。

 胸倉を掴む手に自然と力が入るが、絞め殺してしまわない様に努めて冷静に話す。


「……だが、今回は駄目だ。お前は俺が居ない所で……しかも、よりもによって今日、リーリエとアリアに手を出そうとした。その挙句、知りもしねぇ癖に知った風な口をして俺達の間に割って入ろうとしやがった」

「ボク、は……間違って、いない……!」


 駄目だコイツ、反省するどころか自分の間違いを認めようとすらしてねぇ! イケメン過ぎて頭お花畑になってんのか!?


「……お前のその自信はどっから湧いて来るんだよ……とりま、二度と同じ真似が出来ない様に――」

「待って下さい、ムサシさん」


 エンドレスで叩き付け作業を行おうとした俺を、リーリエの涼やかな声が制止する。


「流石にそれは聞けねえよ、リーリエ――」


 そう言って視線を後ろへ向けると……そこには、不自然な程穏やかな笑みを浮かべたリーリエとアリアの姿があった。


「ムサシさん、この先はワタシ達に任せて頂けませんか?」

「お、おう……」


 うわっ、これ怒ってる! しかもかなり!!


 底冷えする様な二人の怒気に押され、俺はクソモヤシから手を離して二人に道を開けた。急に自分を固定していた物が無くなったクソモヤシは、ケツから地面に落ちる。が、リーリエとアリアが俺を止めた事で何やら勘違いしたのか、笑顔で立ち上がって二人へと歩み寄る。ぶち殺してぇ……。


「二人とも、漸く分かってくれたんだね? さぁ、そいつから離れて――」

「えいっ!」

「グヒュッ!?」


 先程までの事など無かった様に笑顔で手を伸ばそうとしたクソモヤシの顔面に、リーリエは左足を軸にして渾身の右ストレートを叩き込んだ。

 可愛いらしい掛け声とは裏腹に、その拳は正確に野郎の鼻っ面を捉えてそのまま後ろへと吹き飛ばした。


「リーリエ!? お前……いいパンチしてるじゃねぇか!」

「そ、そうですか?」


 照れ臭そうにするリーリエを見て、俺は思う。

 ……君、普通に肉弾戦もいけるんでないの? あ、でもスレイヤーだったら女の子でもこの位は出来るのかな? うん、きっとそうだ。そういう事にしておこう! 精神衛生上そうした方がいいと俺の勘が告げている!


「ぐっ、一体何を……」

「リーリエ、それでは手が汚れてしまいます。それに男性にはこちらの方が効きますよ――ふっ!」


 笑顔を浮かべながらも、その瞳が全く笑っていないアリアが、鼻血を垂らしながらたたらを踏んでいるクソモヤシに、風を切り裂く速度で蹴り上げを食らわせた。


「あひィッ!!!?」

「ヒエッ!」


 その蹴りは寸分違わぬ精度で、全男性の急所……金玉に命中する。

 ごちゃっ、と言う嫌な音がした。

 その瞬間、遠巻きにこの光景を眺めていた野次馬の男共と俺は、咄嗟に内股になって股間を手で守る。

 これは……タマヒュンですねぇ!!


「あ、がががっが……」

「この様に、男性は股間を蹴り上げられると、防具を付けてでもいない限り皆一様にこうなります。これなら安全かつ確実に()()()()()のでおススメですよ」

「流石ですねアリアさん、勉強になります!」


 その勉強で得た知識と技術が俺に向かないように頑張ろう、いやマジで。


「ふぅ……ごめんなさい、ムサシさん。水を差すような真似をしてしまって」

「い、いや。別にいいけどさ……何て言うか、二人とも随分とアグレッシブになったな」

「何を言っているんですか、ムサシさんの隣に立つならこの位の行動力は無いと」

「そうですよ。それにワタシもリーリエも、手と足が出る位に怒っていたんです」

「アリアさんの言う通りです」


 そう言って二人は股間を抑えて蹲っているクソモヤシを、ゴキブリを見る様な冷めた眼差しで見下ろす。

 地面に頭を擦り付けてコヒュー、コヒューと死に掛けの魚の様に呼吸を繰り返すクソモヤシの様を見ていると、若干哀れに思えて来る……まぁ、自業自得だけどな!


「……ジークさん、私達は貴方が想像しているような関係じゃありません。告白したのは私達の方からですし。それに……ムサシさんは、人を脅して関係を迫るような人じゃ断じてありませんっ!!」


 倒れ伏すクソモヤシに向かって、リーリエは叫ぶ。その肩は、怒りで震えていた。


「ジークさん。あなたのこれまでの言動は、最低の一言です。ワタシ達がどれだけ悩んででムサシさんに想いを伝えたか、ムサシさんがどういう覚悟でワタシ達を受け入れてくれたか……あなたには分からないでしょう? なのに、あなたは自分勝手な推論と()()()()でリーリエとワタシを()()()()()()だけではなく、ムサシさんを悪と決めつけ一方的に断じようとした……到底、許せる物ではありません」


 冷たくそう言い放ったアリアは、静かに拳を握り締めている。


「……リーリエ、アリア」

「えっ? ふぁっ!」

「? きゃっ!」


 二人のやり取りを見ていた俺は、そっと左手に持っていた兜を被り直すと、二人が言葉を切るのに合わせてその体をぐいっと抱き寄せた。

 鎧にぶつけて怪我をさせない様に、細心の注意を払いながら腕の中へとすっぽりと収めると、右手でリーリエを、左手でアリアを胸の中に抱き留めるような形になった。


「ごめん、鎧冷たいし固いだろ? でも悪いな、今はこうさせてくれ」

「は、はいぃ」

「……後で、防具無しの時にもう一度抱きしめて下さい」

「言われなくてもそうするつもりだ」


 顔を赤くして頷くリーリエ、優しくはにかむアリア。多分今の俺は、かなりだらしない顔をしているだろう。

 兜を被り直していなけりゃ間抜け面を晒すハメになってたな。


「……おい、クソモヤシ」

「っ!」


()()()()。よく覚えとけ」


 そう言い捨てて、俺達三人は踵を返す。リーリエとアリアを解放して、並んで歩く様にしてその場を去ろうとした、その時だった。


「……キッサマ等ァ!!」

「「「「「ジークくん(さん)!?」」」」」


 憎悪の入り混じった声と、女の悲鳴。それと同時に背中に感じた殺気。俺は瞬時に後ろを振り向くと同時にリーリエとアリアを背中へと隠す。

 振り向いた先に居たのは、鼻から血を垂れ流しながらその目を狂気に染めたクソモヤシの姿。その手には、いつの間にか両手持ちの長剣が握られていた。


 あの野郎、マジックポーチの中に自分の得物隠してやがった!


 チッ、と舌打ちをして兜の裏側からその剣を見据える。

 剣は燃え盛る炎を身に纏っており、今向けられている殺気が明らかに脅しでは無い事を証明していた。


「おい、クソモヤシ。そっから先は冗談じゃすまねぇぞ」

「五月蠅いッ! このボクをここまでコケにして……!」

「オメェが節操無しでバカじゃなけりゃこんな事になってないんだよなぁ」

「や、やめようよジークくん! こんな街中で剣を抜いて、魔法付与(エンチャント)までして……!」

「そ、そうよ! このまま切りかかったりなんかしたら等級認識票(タグ)の剝奪じゃ済まなくなるわよ!?」


 自分達の男が狂気に呑まれたのを見て、取り巻き達が慌てて説得にかかる。こっちの心配を微塵もしてねぇ辺り、やっぱクソモヤシに相応しい女なんだろうなアイツ等は。リーリエを侮辱したのを見た時から思ってはいたけどよ……。


「む、ムサシさん……これ、私達のせいですよね……」

「やり過ぎてしまいましたか……」

「ん? 何言ってんだ? 二人はこれっぽっちも悪くねえよ。無理矢理女性に言い寄ろうとしたアイツが悪い、正当防衛だ」


 そう言って二人の不安を拭い去りながら、俺はパキパキと親指で指を鳴らす。

 このまま来るようだったら、その時は剣折ってから気絶させてやれば静かになるだろ。ただコイツの場合なぁ……そうやったらやったで逆恨みがエスカレートしそうで怖いんだよなぁ。


 リーリエとアリアの安全を考えるなら、ぶっちゃけ()()しちまいたいが、ここは魔の山と違って“人の法”があるからな……どうしたもんか。


「はぁ……言い寄った女の男にボロクソにされて、それでも助けたと思った女にはコテンパンにされて……怒りたくのは分かるけどよ、幾らなんでも無様過ぎだろ」


 あっ、ヤベッ。思わず本音が口から漏れちまった。


「ッ貴様ァ!!」


 それを聞いて激高したクソモヤシが、叫びながら一気に切りかかって――



「――アンタたちっ! そこまでヨッ!!」



 唐突に、しかし市場一帯に響き渡るような野太い、しかしどこか女性っぽい口調の声が、俺達の間に割って入った。

お読みいただきありがとう御座います。

面白いと思って頂けましたら、是非評価・感想・レビューを宜しくお願い致します。

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