第37話 専用防具の完成
ゴードンさんに促され、俺は店舗内の展示スペースから工房スペースへと向かう。
「最初はヴェルドラの素材に鉱石を製錬したインゴットを織り交ぜて作ろうと思ってたんだが、お前さんがいきなりクラークスの素材を持ち込んできたからな……」
「あれは本当に申し訳ないっす。本当なら≪ネーベル鉱山≫のクエスト報告の後、直ぐに持って来る筈だったんすけど、何だかんだつい先日の≪ビルケ大森林≫でのクエストに行く直前に預ける事になっちゃいましたからね……」
頭をポリポリと掻きながら、俺は頭を下げる。
≪ビルケ大森林≫でのクエストの為にアイテムの確認をしていた時、マジックポーチの中に大量のクラークスの素材が入りっぱなしだった事に気付き、慌ててクエストに出発する前にここに持ち込んだのだ。
その時のゴードンさんの傍迷惑そうな顔は中々の物だった。
「全く、お陰で設計案を大分見直す羽目になったぞ。言っとくが、その迷惑料は代金に上乗せさせてもらうからな?」
「はい……しかし、よくあそこからの短期間で今日までに仕上げるなんて予定立てれましたね」
「ふん、ワシを誰だと思ってる。この街一番の武具屋、≪竜の尾≫の主人だぞ? ヴェルドラの素材を持ち込まれた段階で採寸を終わらせて、お前さんが防具に何を求めているか把握させて貰ったからな。追加素材を持ち込まれた時はぶん殴ってやろうかと思ったが……まだ本格な加工までは始めてなかったからな。そっから気合で修正した」
うわぁ……聞いただけで俺が一体どんな無茶苦茶な事をさせてしまったのか理解した。次からはこまめに確認するようにしよう。
「だが……お前さんが持ち込んだクラークス変異種の素材、アレはいい物だった。手間こそ倍かかったが、お陰で最初に予定していたモノよりいい物が出来たぞ」
「へぇ……そいつは楽しみっすね」
ギラリと目を光らせて笑ったゴードンさんの顔を見て、自然に口角が吊り上がっていく。
俺の体であれば、本来防具は必要ないかもしれない。それでも、俺はゴードンさんに俺専用の防具の制作を依頼した。
理由としては、これからのクエストをより安全・確実に遂行するために。備えて損は無いのだ。
……だが実の所、それは建前。ぶっちゃけて言えば、憧れがあったからだ。全身を鎧で覆い、巨大な剣を背負ってドラゴンを屠る……それは全男子が心に持つ、一つの王道的夢だと言って良いだろう。そしてその夢は、俺の中にもバッチリあったのだ。
「お前さん達が討伐した変異種。ヤツの外殻はそりゃあ素晴らしい素材だった」
「ほうほう」
「しなやかさと剛性を高いレベルで共存させている未知の素材……久しぶりに血が騒いだぞ」
そう話している内に、俺とゴードンさんは工房があるスペースへと通じる扉の前に辿り着いた。ゴードンさんがドアノブを握り、ゆっくりと開ける。
「これが……お前さん専用の防具だ」
◇◆
鍛冶の為の設備や換気口などの様々な物があるその部屋の中心。防具用のスタンドに備え付けられ、それはあった。
誰が着ている訳でも無いのに、放たれる威圧感。全体的に丸みのある重厚な造りとなっており、全部位が“太い”。肩、腕、胴、脚……つま先に関しちゃ、もう形が人の足じゃない。恐らく踏ん張り力を上げる為に生やされた三本の太い鉤爪は、ドラゴンのそれを思わせる。
そして兜のデザインなんだが……何と言うんだろうか、これは。ドラゴンの様な意匠でありながら、角ばった部位と丸みのある部位が織り交ぜられている事で、一種のメカメカしさを感じさせる。
額部分からは一本の長く、太い角が生えているんだが……あれだけで一つの武器になりそうだな、うん。
そして顎関節部から耳、後方へとかけて、兜の一部が部分がアンテナの様に伸びている。ただのデザインなのか、それとも何かしらの機能があるのかは分からないが……。
顎から眼下にかけた顔部分は太い牙を思わせる見た目で、瞳にあたる部分はエメラルドの様な翠色の光を放っている……が、これ視界的にどうなんだ?
……使えば分かるか、うん!
俺の体格に合わせて作られているだけあって、そのサイズは店舗に展示してあった他の甲冑とは比べ物にならない。まるで“傷つけられるものなら傷つけてみろ”と言わんばかりだ。
ベースカラーは光沢のある黒。それに、縁と関節部、指先や各パーツの繋ぎ目に金色の装飾や素材が使われている。工房の窓から差し込む陽光を反射させているこの黒と金の鎧からは、神々しささえ感じた。
「カッケェ……カッコよすぎる……」
「そうだろう、カッコいいだろう? そして、こいつはそのカッコよさに見合うだけの性能にしてある。今までワシが作った防具の中で、間違いなく最高傑作だ」
「ゴードンさん!」
「ムサシ!」
俺達二人は、ガッシリと固い握手を交わした。やっぱ気が合うなあこの人!
「ゴホン……こいつは、お前さんが持ち込んだヴェルドラの素材とクラークス変異種の素材を組み合わせて作った物だ。詳しい工程なんかはどうせ話しても分からないだろうから省くが、お前さんの要望に沿うように作った。“動きやすく、頑強で、カッコよく”……シンプルなコンセプトだったが、中々に苦労した」
当時を振り返るように、ゴードンさんは腕を組みながら説明してくれる。俺はその言葉に耳を傾けながら、視線は目の前にある防具へと向けていた。
「“頑強”。これに関しちゃ、最初に持ち込まれたヴェルドラの外殻を金剛結晶と一緒に製錬した合金で十分補えた。製錬の過程で、ヴェルドラ本来の深い濃緑の色は失われたがな……問題だったのは、“動きやすさ”の方だ。プレートに当たる部分は合金で、関節部はチェーンメイル式にしようと思ったんだが……一般的な鉱物から作った金属を使ったん物じゃ、どうしてもお前さんの要求した動きやすさを再現するには至らなかった」
「“肌着だけの状態と遜色無い位動けるように”。今思い返すと、とんでもない要求でしたね……」
「ああ。全身甲冑ってのは高い防御力を得る代わりに重くて動き辛くなる。だから大概のスレイヤーは、防具の要所だけを金属ないしドラゴンの外殻から作った硬質素材にしたりする。それが一番合理的だからだ。話を聞いた時は、如何にお前さんがこう言った物に知識が無いか分かった」
「面目次第もありません……」
「いいさ。その問題はお前さんが後から持ってきたクラークスの素材で解決した訳だからな」
そう言ってゴードンさんは甲冑に近づくと、おもむろにその腕部を引っ張った。
普通なら倒れる。だが、引っ張られた腕部はまるでゴムの様に関節部が伸び、甲冑が倒れる事は無かった。
「見ての通り、コイツの関節部は伸びる。変異したクラークスの外殻は、複数の鉱石の融合体だったもんだから、試しに製錬して金属にしてみたんだ。そんで関節部に組み込んだら、こうなった。コイツ、製錬した直後こそ金色のインゴットだったが、加工していく過程で、加工法を変える事によって頑強な金属にも、布とゴムを足した様な柔軟素材にもなる事が分かってな……最初は、使うかどうか迷った。柔軟素材に加工した方を関節部等に使えないかと思ったんだが、防御面に不安があったからな……だが、出来た素材を試しに剣で切りつけてみると、切断どころか表面に切り傷一つ付かなかった。んで、思った。『これはイケる』ってな」
「……竜核並みのインチキ素材っすね」
「ああ。ただ、これのお陰で全ての関節部で通常の全身甲冑よりも遥かに広い可動域を確保できた」
「すばらごい」
「プラスして、プレート同士の繋ぎ目等にもクラークスの柔軟素材を使った……なぜか、分かるか?」
「……俺が全力で動いても防具が弾け飛ばないようにですね?」
「その通りだ。お前の力みに合わせて、この鎧は伸縮するんだ」
……いやー、改めて思うけど、凄い。何が凄いって、あの訳の分からん謎素材を組み合わせながらこれだけの防具を作るゴードンさんが凄い。
「ただ、これだけ大きくて金属質な鎧だ。重量もかなりのものだが……」
「全く問題ありません。鎧着こんだからって動きが遅くなるような軟な鍛え方はしてないっすよ」
「なら良かった。どれ、説明はこの辺にして……試着、するか?」
「是非!」
「よし来た。あ、つなぎは脱げよ? 防具は下着の上に直接着るからな」
「うっす!」
勢いよく答えた俺の顔が、満面の笑みを浮かべていたのは言うまでも無い。
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