第36話 気の早過ぎる贈り物
街中での大胆な告白劇の後、俺達は何とかその場を切り抜けて、≪竜の尾≫へと続く道を三人で並んで歩いていた。無論、俺の両脇はリーリエとアリアに固められている。だが、もう恥ずかしくはないぞぉ?
「ああ……もう少し周りを見るべきでした……」
「済んだ事は仕方がありませんよ、リーリエ」
「……そうですね」
そう言って二人は、俺の腕に絡めた腕に力を入れる。そこに、もう気恥ずかしさは無かった。
だが、手は繋いでいない。何故なら、今俺の手は物理的に塞がっているからだ。
「でもよぉ……二人とも、これどうする?」
そう言って、俺は自分の手を顎で指す。そこには、それはもう色んな物が積み重なっていた。とにかく、色んな物である。
「まさか道行く人達から次々に物を渡されるとは思いませんでしたね……」
「特に年配の女性達からの贈り物が凄かったですね。十メートル進む度に呼び止められましたから」
「そうだな……俺がマジックポーチを持ってきてなかった即死だった……」
そう言って、俺はちらりと自分の腰に目を遣る。金重は置いてきて正解だったな……。
リーリエとアリアは女性らしいバックしか持ってなかったので、必然的に武器こそ背負っていないが、それ以外はいつも通りの格好をしていた俺が全ての荷物を受け持つ事になった。まあ、そうでなくとも男の俺が二人に荷物を持たせたりはしないが。
「大型のドラゴン丸々一匹の素材が入るマジックポーチに入りきらない量とか、どうやって処理すりゃいいんだか……ん、どしたリーリエ?」
「あ、いえ……てんやわんやして碌に確認が出来ていなかったので、実際どんな物を貰ったんだろうって思いまして」
そう言って、リーリエは俺が持っていた荷物を崩さないようにしながら確認していく。
「服、食べ物、装飾品に寝具……あれ、何でしょうこれ。せい、りょく……?」
「ハイハイハイリーリエ、それをすぐに戻しなさい! 早く早く!」
「えっ? は、はい……」
顔に疑問符を浮かべながら、リーリエが手に持っていたラベルの付いた赤い小瓶を俺の腕の中に戻していく。
誰だよ余計な気を回した奴は! そういうのはまだ早い!
「食べ物が結構多いですね。チーズに魚介類……あっ、牡蠣までありますよ? この辺りで海産物は高級品なのに……あっ、この袋には大量の山芋が」
「アリア? あんまり気にしないで?」
「? はい」
……あれ? この二人って、ソッチ方面にはあんまり詳しくない?
「あっ、ムサシさん見て下さい! このお酒、中に蛇が入ってます!」
「“炎のイッパツ!”と書いてありますね……度数高めとも」
「もうヤメロォ!」
街の住人さん方よぉ、贈り物をくれるのは有り難いけどこれは露骨過ぎんだろッ!
この状態で二人に腕組まれて胸を押し付けられてる俺の事も考えてくれ……無駄に知識だけある童貞にこれはしんど過ぎる……。
「……ムサシさん?」
「はいぃ?」
「ワタシとリーリエの胸、そんなに興味あります?」
「っ!!?」
「ななな何を言ってるのかなアリアさん?」
「だって、先程からちらちらと視線を感じていましたから……」
バレテーラ。死にたい。
「む、むむむムサシさん! そういうのは帰ってからにしましょう!」
「帰ってから何? ナニすんのリーリエ?」
「……あの、ムサシさん。ワタシ達にとってあなたは愛する人ですから……だから、その、大丈夫です。経験は無いですけど……ワタシとリーリエ、二人で一緒に頑張りますから」
「そ、そうです!」
「一緒ぉ!?」
ちょっと待て、最初からそれは流石にアブノーマル過ぎやしませんかね? いや、二人ともイチバンだとは思ってるけど、初っ端から同時にイくんすか!?
この世界ではその位は当たり前なのか……? 後でアリーシャさんにでも相談しよう。
(しかし……アレやな。いわゆる乳袋ってヤツは、やっぱり幻想だったんだな、うん。そりゃそうか)
二人の胸を服の上から観察した俺は、そう結論を出す。
ぶっちゃけて言うと、二人とも胸がデカい。リーリエはふかふかおっぱい、アリアはロケットおっぱいって感じだ。俺が高校時分に友人から見せて貰った漫画やアニメでは、胸の大きい女性キャラは大体乳袋スタイルだった。当時から「こんな服あんのか?」と疑問に思っていたが、やっぱ無いんすね。いや、探せばあったのかもしれないけど。
(でも……俺はこっちの方がいいかなぁ)
服を押し上げるようにして自己主張している二人のたわわを見て、俺は心の中でウンウンと頷く。
「「……見過ぎです」」
「そう思うなら胸を押し付けてくるのはやめてくれ……」
そんな会話をしていた時、ふと俺は思う。
「そういや、二人ともこの先どうする? 俺はこれからゴードンさんに依頼してた防具受け取ってくるけど、多分着付けやら微調整やらで時間かかるぞ?」
「そうですね……どうしましょう、アリアさん」
「ワタシとしては待つのもやぶさかではありませんが……」
ふむ、どうするか。一緒に居たい気持ちもあるが……せっかくの休日、時間を持て余させるのも忍びない。
「んー、市場でショッピングでもしてきたらどうだ? 俺はこっちが終わったら合流すっからさ」
「いいんですか?」
「ああ。今日は休日、それも非常にめでたい事があった日だからな。存分に楽しんできてくれ」
「そういう事でしたらお言葉に甘えさせて頂きましょうか、リーリエ」
「そうですね。じゃあムサシさん、また後で。ちゃんと迎えに来てくれなくちゃ嫌ですからね!」
「へいへい」
そうして俺達はその場で一旦分かれた。連絡手段も無い状態でどうやって迎えに行くねんって話だが、そこは俺の五感と勘がきっちり仕事するから大丈夫だ。伊達に鍛えちゃいない。
二人の姿が見えなくなった所で、俺は改めて自分の目指している場所へと歩を進めた。
◇◆
しばらく歩いて、俺はようやく当初の目的地であった≪竜の尾≫へと到着した。
「ちーっす、ゴードンさん居ますー?」
「おぉ、来たな色男。待ってたぞ」
店内に入ると、年甲斐もなくニヤついているゴードンさんが俺に声をかけてきた。
「まずはその手に持っている大荷物をこっちに置け。ほれ、スペース空けるから」
「あざっす……あの、今の口ぶりからするに、もしかして俺等の事ってもう知れ渡ってるんすか?」
「当り前よ。人の噂が広がるのに時間はかからん、ましてやその内容が色恋沙汰に関する事なら尚の事、な」
「マジすか……」
ゴードンさんの話を聞いて、俺は愕然とする。
人の噂も七十五日とは言うが……これから二ヶ月半も噂されにゃならんの?
「しかしなぁ、お前さんがなぁ……相手は、二人だって言うじゃないか。片方は、初めて来た時に一緒に居たお嬢ちゃんか?」
「まぁ、そっすね。もう一人はギルドの受付嬢のアリアです」
「ほう! そりゃまた綺麗所をサクッと持ってったもんだな! しかしそうか、アリアか……お前さん、きっと恨まれるぞ?」
「覚悟の上です。もう二人とも俺の……あれ?」
ちょっと待てよ? あの告白の仕方だとプロポーズになってないか!?
「どうした?」
「いえ……リーリエもアリアも、もう俺の大切な女性ですから。幾ら恨まれても誰にも渡さないし、触れさせませんよ」
ハッキリとそう告げた俺を、ゴードンさんは目を細めて髭を撫でながらまじまじと見る。
恋人とかそういう段階すっ飛ばしてる気がするが、まぁいい。二人とも愛している事に変わりは無い訳だし。
「……普通なら二股野郎と言いたい所だが、お前さんなら大丈夫そうだな」
「はは……まあ、二人に告白されてやっと自分の気持ちに気付いた大馬鹿野郎ですけどね、俺は」
「その大馬鹿を、お嬢……リーリエちゃんとアリアは好きになったんだろう? 馬鹿だったと思うなら、二人とも幸せにしてやれ」
「勿論。俺の全部で二人を幸せにして、護っていきますよ」
「その意気だ。……さて」
ダン、と手をカウンターに置いてゴードンさんは立ち上がると、店の奥へと歩いて行く。
「付いて来な。頼まれてたモンを、見せてやる」
顎をしゃくってそう言い、ゴードンさんは不敵に笑った。
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