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第31話 大切だからこそ

 晴天の日。俺とリーリエは、≪ビルケ大森林≫と呼ばれる広大な森林地帯へと足を運んでいた。無論、クエストの為である。


(おーおー、随分と大所帯なこって)


 木々の間に身を隠しながら、俺は二十メートル程先へと視線を向ける。

 そこには森の中でも比較的開けた空間があり、その中に俺の目指す獲物達が居た。


(【鉤竜(かぎりゅう)】ガプテル……二肢直立型で、黄土色の鱗。特徴はその足に付いている巨大な鉤爪っと……ん、間違いねぇ。数は……二十はいるな、よしよし)


 それは、割とポピュラーな小型種のドラゴン。今回受注したクエストの討伐対象だ。


(最低十匹狩ってその素材持ってこいって書いてあったが……上等、倍の数の素材持ってってやるよ)


 頭の中で事前に調べておいた容姿と照らし合わせて、俺は音も無く金重(かねしげ)を抜剣する。

 正直、サイズ的に言えば大型種に比べりゃあれはトカゲだ。ただ、それでも分類はバッチリドラゴンである。

 そのガプテルは群れで狩りをするので、一般人が出くわしたら即座に逃げなければいけない相手だ。

 例えスレイヤーでも、実力も低く装備も十全でない奴がソロで遭遇しようものなら……御陀仏である。


 ……だが、俺の敵では無い。ぶっちゃけ、正面から一対百で戦っても余裕で勝てる……要はザコだな!


 じゃあ何故俺がそんな格下相手にこんなコソコソとしているのか。それは単純に、普通に行けば間違いなく逃げられるからである。

 野生の生き物というのは往々にして鋭敏な生き物だ。特に、追うか引くかの線引きは人間よりも遥かにハッキリとさせている。

 すなわち、相手が自分よりも弱者であればこれを追い、強者であれば即座に引く。


 そして、力関係であれば俺はガプテルよりも上位だ。そんな奴が気配も殺さず猛然と奴等の群れに突っ込んでいったら……まず間違いなく、逃げられる。

 そうなると面倒だ。一、二匹に逃げられるのと、二十匹同時に逃げられるのでは訳が違う。狩れるかもしれんが、討ち漏らす可能性もある。この広い森だ、一旦距離を離されたら追跡するのは中々労力を使うハメになるだろうから……そうならないように、俺は気配を完全に殺して群れの死角へと回り込む。そして十分に距離を詰めた所で――。


「――()ッ」


 音も無く地を蹴り、俺はガプテルの群れへと突っ込んだ。



 ◇◆◇◆



【Side:リーリエ】


「ふぅ……こんな物かな」


 私は額の汗を手で拭って、目の前にある木の根元に生えていたキノコを回収する。

 白雲茸(シラクタケ)と呼ばれるこのキノコは、他の薬草などと調合する事で傷薬などになる為、お医者様を始めとした医療に従事する人達からの需要が多い。なので、採取クエストがかなり頻繁に発注される。かく言う私も、まだムサシさんと出会う前。ソロで活動していた時は、何度もこのクエストをこなした。

 採取系のクエストの中でも比較的報酬が高かった事もあり、生活面でかなり助けられた。


「ムサシさんの方はどうなってるかな……」


 マジックポーチへと採取した白雲茸(シラクタケ)をしまいながら、私は彼の事を考える。


 今回、私達はこの≪ビルケ大森林≫に来るにあたって、二つのクエストを同時に受注した。フィールドが被っていた事、クエストの難度も高くない事から二つ一遍にこなす事にしたのだ。

 白雲茸(シラクタケ)の採取クエストは私、【鉤竜(かぎりゅう)】ガプテルの討伐はムサシさんが行うという形だ。二手に分かれたのは、その方が効率が良いと私が進言したからだ。


「でも、ムサシさんかなり渋ってたな……うぅ、いい案だと思ったんだけど」


 私が別行動を提案した時、ムサシさんは物凄く不安そうな顔をしていた。


『いいか、チャチャッと狩ってすぐに戻るからあんまり奥まで行くんじゃないぞ? あ、それと赤色で表面に白いブツブツが浮かんでるキノコには絶対に直接触っちゃダメだからな! 手焼けっから! あと食ってもダメだ、魔の山で俺はそれで一回死にかけたから! あと――』


「……私が故郷を出る時のお父さんみたいだったなぁ」


 少しだけ昔の事を思い出しながら、私は直ぐ傍の大樹へと背を預けて座り込む。そうして取り出したのは、私が愛用している厚めのノート。これには、今私が作ろうとしているムサシさん専用の魔法に関する研究の事が記されている。後は、学院が定期的に発表している魔法研究に関する論文の写し、それに愛用している羽ペンとインク瓶も取り出した。


「時間は有限、少しでも進めなきゃ」


 そう呟いて、私は手元の資料に目を向けながら、ノートへとペンを走らせていく。時折、小さな試作の魔方陣を描いては、消す。それの繰り返しだ。

 私が今やろうとしている事は、非常に困難な事だというのは自覚している。だから、少しでも空いた時間を使って研究を進めなければならない。


「……誰かに期待されるって、嬉しい」


 自然と、口からそんな言葉が零れ落ちていた。


 ◇◆


 どの位そうしていただろうか。研究に没頭していた私の耳が、不意に草木が揺れる音を捉える。


「あ、ムサシさん帰って来たのかな」


 私はいったん書き物を中断して、顔を上げて音がした方へと視線を向けた。

 そこは、背の高い草と木の枝が生い茂る場所。その奥には、沢山の巨木が立ち並ぶここならではの光景が広がっていた。

 ガサガサという音は、徐々にこちらへと近づいてきて、その正体を現した。


 茂みの奥から出てきたモノ――それは、一匹のガプテルだった。


「ッ! 【重力(グラビ――)】」

「どっせいっ!!」


 目の前に現れた脅威に、咄嗟に【重力(グラビティ)】をかけようとしたが、それよりも早くガプテルの背後から何かが凄まじいスピードで飛来し、それが直撃したガプテルの体が真っ二つになって宙を舞った。

 そのまま、飛来した物体は飛んで行った先にあった巨木に轟音を立てて深々と突き刺さった。その正体は、ムサシさんの愛剣――金重(かねしげ)。その片割れだった。


「ふぅ……危うく取り逃がす所だったぜ」


 そう言いながら茂みの奥から出てきたのは、マジックポーチから幾つものガプテルの尻尾をはみ出させているムサシさんだった。


「ムサシさん!」

「あっ、リーリエ! おま、ここ結構深い――ちょい、その膝の上に広げてる物達は何かな?」

「えっ? あっ……」


 そう言えば、私は手元にノートやら何やらを広げていたままだった。咄嗟の事だったから、しまい込んでいる余裕も無かったから……。


「……リーリエ、ちょっとお話しよっか」


 そう言って、ムサシさんはニッコリと笑う。笑うのだが……。


(め、目が笑ってない……お、怒ってる!)


 自分の顔から、血の気が引いていくのが分かった。



 ◇◆◇◆



 俺は、怒っていた。なので、現在リーリエに対してお説教を敢行中である。リーリエには、お説教を受ける由緒正しい姿勢である正座をさせ、俺はその正面に腕を組んで胡坐をかいて座り込んでいた。


「次からは、もう別行動はしない。二つ以上クエストを同時に受けたら、手間がかかっても一つづつ確実にこなしていく」

「はい……」

「そもそも別行動を取ったら、パーティーの意味が無い。不測の事態に陥ったらお互いカバーする事も出来ないからな。多分、クラークスの討伐辺りから俺達二人とも若干浮足立ってんだろ。だから、今日からきっちり気持ちを引き締め直そう」

「はい……」

「……リーリエならさっき程度の状況だったら一人でもどうとでも出来るかもしれんけど、万が一という事もある。これは“相手を信頼出来ないのか!”とかじゃなくて、単純に確率の話だ。この世に百パーセントは無い訳だし」

「はい……」

「それと、クエスト中の魔法研究は禁止。俺の為に頑張っているのは理解してっけど、そのせいでリーリエがクエスト中に大怪我でも負ったら、俺死ぬ」

「死っ……!?」

「その位、リーリエの事は大切に思ってるって話だよ。やるなとは勿論言わない、ただ場所は考えてくれ」

「……ごもっともです。すみません、軽率な行動でした……」

「分かってくれたのなら、いい」


 そこまで言って、俺は一つ息を吐いた。


「少しでも早く魔法を完成させたいっていうのは分かる。リーリエがここ最近、≪月の兎亭≫に戻っても部屋に籠りっぱなしなのは知ってたからな……寝る時間も遅いだろ?」

「そ、そうですね……」

「やっぱりな……俺は確かに『無理をするなとは言わない』と言った。でも、隈が出来るくらいぶっ続けでやっても頭の回転が悪くなってどん詰まりになるだけだぞ? 何より、それで体壊したら元も子もないべ」

「仰る通りです……」

「効率良く研究をするためにも、オンとオフをきっちり分けた方がいい。リーリエは今の所ずっとオンのままだからな……うし、今度から完全な休業日を設けよう。その日はクエストも研究も無し、きっちり体を休ませる! そして次の日からまた頑張る! これでいいんでない?」

「そう、ですね……」

「……俺は待つよ、リーリエ。過度な期待をかけちまってたみたいだが、焦んなくていい。幾らでも、俺は待つから」

「……分かりました」

「うん、なら良し。さて、お説教は終わりだ! 解体やら何やら済ませて、馬宿に戻ろうか」


 そう言って俺が立ち上がろうとした時、俯いていたリーリエの口からか細い声が漏れた。


「……で下さい」

「ん?」

「……嫌いに、ならないで下さい……」


 それは、本当に蚊の鳴くような弱々しい声。怯えの色が色濃く滲んだ、縋り付くような声だった。


「はぁ……リーリエ、ちょい腰上げて」

「? はい……」


 俺に言われた通り、リーリエが腰を浮かす。俺はすかさず、右腕をリーリエの膝裏へ、左腕を腰へと回し、立つのに合わせて一気にその体を持ち上げた。


「!? きゃあっ!」

「相変わらず軽いなぁ、リーリエ。もうちょい肉食った方がいいんでない?」

「あっ、えっ? あの、ムサシさん?」


 突然の俺の奇行に、リーリエは訳も分からず目を白黒させる。だがしかし、俺のこういった行動は全てフィーリングから来ているからな、直すのは無理!

 膝が俺の胸まで上がっているから、リーリエの視線はかなり高い所にある、必然的に正面から俺を見下ろす形だ。


「あのな、リーリエ。俺が怒ったのは、別にお前さんの事が嫌いになったからって訳じゃ断じて無いぞ? むしろその逆、リーリエの事が大事だからこそ怒ったんだ。一生懸命に頑張ってくれている女の子を、嫌いになる理由なんか無いって。だから、これから先そんな不安は覚えなくていい」

「……本当、ですか?」

「本当も本当よ! リーリエは俺にとって大切な仲間だからな、これから先も嫌いになる事なんか無いって断言してやるよ!」

「……ふふっ、分かりました。ごめんなさい、私ちょっと弱気になってましたね」

「おっ、いい笑顔だねぇ。その調子で頼むよ」

「はい!」


 そう言って笑うリーリエの顔に、不安の色は無い。代わりに、そこには太陽の様な笑顔が浮かんでいた。







「あの……ムサシさん、そろそろ下ろして頂けると……」

「おお、スマンスマン」

「あっ、ゆっくり下ろして下さい! 今足が痺れているので……!」

「……ていっ」

「あ゛いっ!?」

「おっさんからのお仕置きだ、ありがたく受け取るがいい。ずびしっ!」

「あっ、やっ! んぅっ!」

「あの……エロい声を上げるのはちょっと……」

「誰のせいですかぁ! これ以上はセクハラぁんっ!」

「あっ、すぐ下ろしますね? なので訴訟は勘弁して下さい……」

お読みいただきありがとう御座います。

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