第28話 想いの正体、それは愛
【Side:アリーシャ】
「よいしょ……っと」
肩に担いでいたリーリエをベッドの上に下ろし、アタシは一息つく。
酔いに任せてリーリエが妙な事を口走り始めた所で、今日はお開きになった。
「全くこの娘は……随分と踏み込んだ事を聞くようになったもんだね」
小さく苦笑しながら、ベッドへと腰掛ける。その金色の髪を優しく手で梳いていると、不意にリーリエが口を開いた。
「……ムサシさんは?」
第一声がそれかい。こりゃ思ったよりも重症かもね。
「アイツなら、アリアを家まで送っていったよ」
「そう、ですか……ごめんなさい、私のせいで皆さんにご迷惑をお掛けしてしまって」
「気にするんじゃないよ、今日は無礼講だからね。きっとムサシとアリアだって同じ事を言うさ」
「……ありがとう御座います」
そう言ったきり、リーリエは口を閉じる。しばしの沈黙の後、確かめるように問いかけてきた。
「あの……ムサシさんは、アリアさんを送っていったんですよね?」
「ああ、そうだね。あの子もアンタに負けず劣らず酔ってたからねぇ、流石に一人で帰すのは心が引けたんだろうね」
「成程……はぁ」
アタシの話を聞いて、リーリエはどこか達観したような溜息を吐いた。
「……アリーシャさんの言ってた通りかもしれません」
「? 何がだい?」
「ムサシさんの隣に立つのが、私だけじゃないかもしれないって話です」
「――!」
それは、かつてリーリエがムサシをここに連れてきた日に、夜二人で話した時にアタシがリーリエに投げかけた言葉。
「あーあ。きっと今頃、アリアさんの事口説いてるんだろうなぁ」
「さ、流石にそれは無いんじゃないのかい? アイツはそこまで節操なしじゃ――」
「アリーシャさん、分かってない!」
「わっ!?」
突然跳ね起きたリーリエに両肩をぐっと掴まれ、正面から向かい合う形になる。目が据わってるじゃないかこの娘は!
「ムサシさんは無自覚でやっちゃうんです! 本人にそのつもりがなくても、自然体でやっちゃうんですよぉ!」
「お、落ち着きな!」
「普段はあんな見た目で軽い口調ですけど、大事な事を話す時はすっごく真剣な顔で話すんです! それでいてその中に普段からは想像もつかないような優しい表情や言葉を混ぜてくるんです! あのギャップが凄く良いんです!!」
「ただの惚れた男の自慢にしか聞こえないんだけど!?」
「!!? ま、まだ私はムサシさんに、惚れた訳で、は……」
最後の方は完全に言葉が萎んでいき、仕舞には俯いて黙ってしまった。全くこの子は……。
「はぁ……リーリエ。いい加減に認めちまったらどうだい? 好きなんだろ、ムサシの事。一人の男としてさ」
「…………」
「好きだから、気になるんだろ? 今アリアとどんな話をしているのか、もしかしていい仲になっているんじゃないかとかさ」
リーリエは、俯いたまま答えない。構わず、アタシは言葉を続ける。
「ムサシがどう言う選択をするかなんてアタシには分からない。アンタ一人を選ぶかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でもね、リーリエ。自分の想いにちゃんと向き合って、その気持ちを伝えない限り何も始まらないよ?」
「…………」
「それこそ、アリアを含めた誰かに先を越される事だって――リーリエ?」
おかしい。流石にこれだけ話してるのに未だに俯いたままで一言も発さないというのは……ま、まさか。
「すぅ……すぅ……」
「寝てる……はぁ」
全く、もう! 今日は最初から最後まで振り回されっぱなしだよ!
「そのままじゃ寝づらいよ……よっ、ほっ」
リーリエの体をベッドに横たえると、起こさないように身に着けたままだった防具を外していく。インナーのみにした所で、その体にそっと毛布を掛けた。
「……おやすみ、リーリエ。今はただ眠りな」
そう言い残し、頭を一つ撫でて部屋を後にしようとする。
「大好き……」
それは寝言だった。その言葉が向けられている相手は、間違いなくあの男だろう。
一瞬だけ足を止めたが、すぐにまた歩き出し、アタシはリーリエの部屋を後にした。
「ふぅ……」
廊下に出た所で、アタシは壁に背を預けてもたれ掛かる。備え付けられた窓からは、柔らかな月光が差し込んでいた。
「……少し、羨ましいね」
静かにそう呟き、アタシは左薬指のリングを優しく撫でた。
◇◆◇◆
【Side:リーリエ】
窓から差し込む陽光と、小鳥の囀る声が今日も朝が来た事を告げている。いい天気だなぁー。
「……うああああああああっ! やっちゃったあああああああっ!」
そんな爽やかな朝の空気を吹き飛ばす様に、私はベッドの上で頭を抱えていた。
昨日は私とムサシさんの初クエスト達成のお祝いという事で、アリアさんも誘って四人でお酒を飲みながらご飯を食べた。初めて飲むお酒が思いの外美味しかったのと、ムサシさん以外の人に私自身の事を話す内にどんどん気分が舞い上がっていった事。これがいけなかった。
「うぅ……あんな子供っぽい姿、見せたくなかったのに……」
昨日の記憶が蘇ってくる。あろう事か私は、途中からムサシさんの膝の上に陣取ってお酒を飲んでいた。しかも最後の方で、アリーシャさんと楽しそうに話していたムサシさんを見て……あんな事を、聞いてしまった。
「どうして、アリーシャさんの事が好きかどうかなんて聞いたんだろう」
いや、そんなの分かってる。分かってるけど、苦し紛れに言い訳がましく口にしたのだ。もう、自分の気持ちと向き合う時だと、頭では分かっているのに。
「……嫉妬、したんだ」
そう。詰まる所あの時の私は、歳を重ねた本当の大人同士の二人が楽し気に話す姿を見て、子供染みたやきもちを焼いてしまったのだ。
その感情を抱いた時点で、もう決まっていたんだ。私のムサシさんに対する“好き”という気持ちがどこから来ているのかなんて。
「……好き。好きなんです、ムサシさん。貴方の事が、男性として好きなんです」
肩で風を切って歩く姿も、苦も無く大剣を振るう姿も、美味しそうにご飯を食べる姿も、真剣な表情で話をする姿も、誰かと快活に話す姿も、さり気無い気配りをする姿も、私に笑顔で手を差し伸べてくる姿も……全部、全部好きなんです。愛おしいんです! こんな気持ちを抱いたのは、初めてなんです!!
出会ってからの時間は、決して長いとは言えないだろう。
でも、一度自覚してしまえば、もう止まらない。私は、もう自分の気持ちから逃げる事は出来ない。
「本人に、直接言えればいいのに」
自嘲する様に、私は呟く。
でも、臆病な私はそれを直接本人の前で口にする事は、まだ出来ない。
……そう、“まだ”だ。いつになるかは分からないけど、必ず伝えるんだ。このままじゃ、私はいつか自分の想いに圧し潰される。だから、そうなる前に。
例えそれがどんな結果に結びついても……私はきっと、後悔しないだろう。
「……そう言えば、アリアさんとはどうなったんだろう」
ふと、私は昨日一緒に居たアリアさんの事を思い出す。あの後、酷く酔っていたのをムサシさんが送っていったって話だけど……。
「どうしよう、もしアリアさんが……」
その先を考えた時、私は大いに頭を悩ませる事になった。
私にとって、ムサシさんもアリアさんも大切な人だ。勿論、アリーシャさんも。
「アリーシャさんには女の勘だなんて言っちゃったけど……どうしよう、当たってる気がする……!」
というか、あの天然誑しのムサシさんと二人きりで人気の無い夜道を帰って行ったのなら、何も起きない筈が無い! 私が好きになった人は、そういう人だ……。
「……今考えても、しょうがないか」
思考の渦に嵌まりかけた所で、私はパチリと意識を切り替える。
いくら悩んだ所で、所詮は確証の無い憶測。その事について今深く考えても、意味は無い。
「成るように成る、うん!」
パチン、と両頬を叩いて私はベッドから立ち上がる。
仮に、二人で同じ人を好きになったのなら、その時はその時だ。
腹を括った私は、シャワーを浴びるために浴室へ赴く。何はともあれ、今日という日はもう始まっているのだから。
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