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第27話 恋は落ちるもの

【Side:アリア】


 ――ワタシは、夢でも見ているのだろうか?


 ふと、頭の中にそんな考えがよぎるが、体を駆け抜けていく鋭い夜風がこれは現実なのだと教えてくれる。

 眼下に広がるのは、夜の帳に包まれたミーティンの街並み。大分夜も更けこんでいるが、それでも所々に人の営みの明かりがポツポツと灯っている。

 そんな幻想的な風景に、ワタシの視線は奪われていた。


「いやー、中々綺麗っすねぇ。てっきり真っ暗かとも思いましたけど、やっぱ人が住んでると完全な暗闇ってのは出来ないもんなんすね」


 頭の上から軽い口調でそう語りかけてくるのは、ワタシをこの夜の空中散歩に連れ出した張本人であるムサシさんだった。


「そう、ですね」


 そう返すのが、精一杯だった。別に怖い訳ではない、単純に眼下の光景に目を奪われていたからだ。

 “もう少し酔いを醒まさないか”という提案に乗った瞬間、ムサシさんはあっという間にワタシを抱えて夜空へと飛び上がった。

 無論、本当に飛行しているのではない。ムサシさんはその人間ならざる脚力を以って、空中高くに跳び上がったのだ。

 突然行われた突拍子の無い行動。にもかかわらず、ワタシは不思議と嫌な気持ちはしなかった。


 そうして空中に躍り出た彼は、そのまま建物の屋根を飛び移りながら街の上を駆ける。その一回一回の跳躍は、距離よりも高度を優先して行われているように見えた。まるで、少しでも長くこの夜空の散歩を続けられるように。


 驚くべき事に、ムサシさんはこの一連の行動を全て()()で行っていた。屋根に着地する時も、再び跳躍する時も一切音を立てていない。勿論魔法も一切無しで、である。


 今聞こえているのは、風を切る音と声。そして、頭のすぐ傍にあるムサシさんの心臓の音だけだ。


「……どうです? 酔いは、醒めましたか?」


 風を切って空を駆けながら、ワタシに問いかけてくる。


「はい。でも、まさかこんな酔い醒ましを用意していたなんて思いもしませんでした」

「そりゃそうっすよ、俺だって咄嗟に思いついたんですから」


 思い付きでこんな事が出来てしまう貴方は一体何者ですか?


「……地上(した)で話してた時ですけど」

「はい?」

「“気付けなかった”、って言ってましたよね」

「――!」


 視線は前に向けたまま、ムサシさんはワタシに問いかけてくる。


 ……聞かれていた。あれは、本当にポロリと転がり出たワタシの気持ちだ。それ故、その声も小さくそのまま夜の風に紛れて消えていく筈だったワタシの独白。


「……いいじゃないですか」

「え?」


 その声音は、これまでワタシが聞いたどんなムサシさんの声よりも優しく、そして暖かい色を帯びてワタシを包み込んだ。


「今日、リーリエの口から直接聞いたんでしょう? 魔法の事も、夢の事も。じゃあ、今日気付けたって事でいいじゃないですか」


 その言葉は、まるで魔法の様にワタシの胸に染み込み、心に(つか)えていた後悔を溶かしていった。


「それに、リーリエはアリアさんの事を大切な友人だと思っていたからこそ、今日全てを話したんだと思いますよ? ……もし、今日あの場に居たのがアリアさんじゃなくてガレオとかだったら、きっとそこまで話しちゃいません」

「……そう、でしょうか」

「そうですよ」


 一部の淀みも無く、ムサシさんは言い切る。


 ……どうして、そこまで断言できるんですか? どうして、全く自分を疑わないんですか?


 そんなワタシの考えを見透かしたように、ムサシさんは口を開く。


「二人の様子を見てた限り、仲が良いのは間違いないとは思いましたよ。それに……二人で話している時、お互いに凄く良い笑顔をしてましたよ?」

「それは……お互いお酒が入っていましたから……」

「それ、自分で言ってて無理があると思いません?」

「うっ……」


 変な所で素直になれないワタシの言葉を、ムサシさんはあっさりと一刀両断にした。


「……例え酒が入っていても、お互いの事が大切な間柄じゃない限りあの表情は作れませんて。きっと、アリーシャさんだって二人の事は親友同士か何かだと思っていましたよ? 何せ俺と同じ視線を向けてましたから」


 そう言ったムサシさんの顔を下から見上げると、とても楽しそうで、それでいて穏やかな笑みを浮かべていた。とても、あのギルドマスターが“呑まれた”人間の表情とは思えない。


「でも、友人と呼ぶにはいささか歳が離れていますし」

「えっ? ……失礼っすけど、アリアさんて幾つです?」

「今年で、二十四です」

「なんだ、七つしか離れてないじゃないすか。それ言ったら十一も離れてる俺の立つ瀬がありませんよ……自分で言ってて若干悲しくなってきた」

「……フフッ」


 ガックシと項垂れたその様子を見て、ワタシはなんだか可笑しくて思わず小さく吹き出してしまった。


「お、笑いましたね?」

「すみません、つい……」

「いやいや、それでいいんですって。思い悩む顔より、そうやって笑ってる顔の方がずっと可愛いですよ」

「……っ!?」


 しれっと言われたその言葉を聞いた瞬間、自分の胸がドクンと鳴る音が聞こえた。

 こ、この人はさらっと突然何を言うんだろう? ワタシが……か、可愛いなんて。

 ……はっ、そう言えばアリーシャさんが話していた気がする。ムサシさんは無自覚な女誑しだって。だからリーリエさんも気が付いたら仲間以上の特別な想いを抱き始めていたって……!


「ま、何はともかくですよ」

「ひゃいっ!」

「……? 俺が言いたいのは、友人になるのに歳なんて関係ないって事です。それなりに付き合いも長いって話でしたから、きっとリーリエがこの街に出てきた時から面識があったんじゃないですか?」

「――!」


 この人は、どうしてそんな事まで分かるのだろう。確かに付き合いは長いとは言ったけど、いつから面識があったかなんて話していなかった筈だ。

 ……いや、もう考えるのはよそう。きっと、この人は何でも分かってしまう人なんだ。状況、機微、態度……そういった物を見るだけで、その先にある答えに辿り着いてしまうタイプの人間なんだ。


「図星みたいっすね。正確な時間までは分かりませんけど、きっと友情と親愛を育むのには十分な時間だったんじゃないですかね。それこそ年齢差なんて関係ない位に、ね」

「……凄いですね」

「凄い?」


 これまでのムサシさんの話を聞いてワタシの口から出たのは、率直な感想だった。


「今まで悩んでいたのに、ムサシさんの言葉を聞いたらすんなりと自分の気持ちに自信が持てました。もう、疑いません」

「そりゃ良かった。……ああ、そうだ。今度二人でショッピングにでも行ってみたらどうです?」

「ショッピング、ですか?」

「女性同士の友人だったら、一緒に買い物位行くでしょ? きっとリーリエも喜びます。あいにく、俺はその手の事には疎いっすからね……幸い、今のリーリエにはこれまでと違って心に余裕があります。俺以外の理解者が二人も出来た訳ですから」

「理解者……」

「ええ。心にゆとりが出来れば、今までの様に何かに追われながら一人でひたすら時間を使う事は無いでしょうから、アリアさんの休みの日にでもどうすか?」

「それは、ワタシとしてもいい機会ですから是非一緒に行きたいとは思いますが……」

「スケジュールなら気にしないで下さい。アリアさんの休日に合わせて、俺が上手い事調整しますから。もちろん、こっちの仕事(スレイヤー業)をきっちりこなした上で、ね」


 だから頑張って誘って下さい、とムサシさんは笑みを浮かべながら言った。


 ――ドクン――


 ああ、まただ。その声を聞くだけで、ワタシの心臓が高鳴る。同時に、心の中に湧き上がる感情……それの正体を、ワタシは知らない。知りたくない。だって、知ってしまったら――


 ――出会ってから時間が経ってなくてもね。人間、惚れる時は一瞬で惚れちまうもんさ――


 昔、アリーシャさんがそう言っていたのを不意に思い出す。それが、決定的だった。


(ああ、これが……()()()()()って事なんですね)


 頭の中に、ぼんやりとそんな考えが浮かんだ。


「……罪作りな人」

「えっ。ど、どういう意味すか?」

「自分で考えて下さい、この女誑し」

「はいっ!?」


 ワタシの言葉を聞いたムサシさんが唖然とした表情を見せるが、ワタシはふいっと視線を夜景の方へと戻した。

 今日はやられっぱなしだったから、この位は許してほしい。


 ほんのりと熱を帯びた体を冷ます様に、ワタシは夜風に体を預けた。






「そう言えば、ムサシさんにワタシの家の場所お教えしました?」

「あっ」

「……あっちです」

「あざっす……」

お読みいただきありがとう御座います。

面白いと思って頂けましたら、是非評価・感想・レビューを宜しくお願い致します。

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