第22話 日陰の天才
「うぐっ、ひぐぅ……」
「な、なぁリーリエ? そんなに泣くなって……」
ミーティンへの帰り道、ゴトゴトと揺れる馬車の中はリーリエのすすり泣く声と、それを宥めようとする俺の声で満たされていた。
リーリエのおゲロ様を頭から浴びた後、俺達はダッシュで近くの小川まで行って二人で身を清めた。その時点でリーリエは羞恥で顔を真っ赤にしながら泣きべそをかいており、そこから今に至るまでずっとこの状態である。
馬宿までは俺が手を繋いで連れて行ったのだが……そこにいた他の人達からは犯罪者を見る様な目つきで見られてしまった。そりゃそうだ……。
「だ、だってぇ……あんな醜態……し、しかもよりにもよってムサシさんを吐瀉物まみれに……」
「俺は気にしてないって言っとるやんけ……寧ろああなったのは俺の責任だから。もうちょいスマートに運べれば良かったんだが」
「そ、それはしょうがないと思います……あの状況でしたから」
「そう言って貰えると助かる。ついでにリーリエに泣き止んで貰えたらもっと嬉しいんだけどなぁ?」
「……うえぇ」
うぐぅ! せっかく収まりかけたと思ったのにまた涙目に……正直、こういう時なんて言葉掛けたらいいのかなんておっさんには分かんないよ!
「だああああああ! 大丈夫だから! 気にしないから! 誰にも話さないから!」
「もう御者の人に聞かれちゃってますよぉ……」
「……おい兄ちゃん?」
「ワタシハナニモキイテナイデス」
「だそうだ。俺も忘れるようにするから、な?」
「で、でも……あんな情けない姿見せちゃったら、嫌われてパーティー解消されちゃうんじゃないかって……」
えぇ……ゲロ一つでパーティー解消って、そんな事ある訳ないんだがなぁ。
「はぁ……なあリーリエ」
「?」
俺はぐずるリーリエの横から腰を上げ、正面へと回る。胡坐を組んでその場に腰を下ろした俺は、リーリエの華奢な手を包み込むように両手で握った。
「確かにリーリエにとって、アレは相当恥ずかしかったんだ思う。女の子なら尚更だな……でもな? 俺があの程度でリーリエを見限るような事をすると思うか?」
「…………」
「それとも、リーリエにとって俺はその程度の男に見えていたのか?」
「そっ、そんな事ないです!」
「そうか、なら信じてくれ。俺はこの先何があっても、リーリエと手を切るような真似はしない、断言する。……だから泣き止んでくれねぇかな?」
「……ずるいです、そんな風に言うの」
「悪いな、大人はずるい生き物なんだよ」
「……分かりました。私もうじうじとし過ぎてました。もう泣きません」
「そうしてくれ、俺も忘れっからさ。よし、この話は終わり!」
パン、と手を叩いて俺は立ち上がる。だが、その拍子で俺は天板のフレームに頭をしたたかに打ち付けてしまった。
「あだっ!」
「あっ、勢い良く立ち上がるから……気を付けて下さいね? 馬車が壊れちゃいますから」
「あ、心配するのはそっちなんすね……」
「それはそうですよ。ほら、御者の人も驚いてるじゃないですか」
「すんまへん」
どうやら、いつも通りのリーリエが戻ってきたようだ。えがったえがった。
◇◆
「あ、そう言えば聞きたい事あったわ」
「何です?」
「いや、クラークスと戦った時に初めてリーリエの魔法を見たんだけどさ。俺が読んだあの魔法大全に書いてあった魔法と、実際に見たリーリエの魔法の効果が大分違ったっつーか、想像の十倍くらい強力だったというか」
「あー、その事ですか」
「うむ。一応あの本には“魔法は基本的に一つづしか使えない”とかそんな事書いてあったんだけど……リーリエ、一遍にとんでもない数の魔法使ってたよな?」
「そうですね……私が光魔法と闇魔法しか使えないのは知ってますよね?」
「勿論」
「私には使える手段という物が限られています。なので、その手段を最大限に生かすための研究をずっとしていたんです」
ほぼ独学ですけどね、と照れ臭そうに笑うリーリエ。いや、独学であの領域に行けるって、相当なモンだと思うんですが……。
「ちなみに、いくつの時から研究を始めたんだ?」
「十歳の時からですね。両親に“将来は父の様なスレイヤーになりたい”っていう話をした時から、二人に魔法の事を教わり始めました。それで下地が整ってから、研究を始めた感じですね。両親に魔法の知識とスレイヤーについての事を教わる内に、いかに自分が不利な状況に居るか分かりましたから。このまま普通に行ったんじゃダメだな、って。今思えば、あの時の両親は複雑な気持ちだったんでしょうね……」
そりゃあ、そうだろうな。自分の娘が光と闇の補助属性しか使えないって事を知ってるのに、その娘から“将来はスレイヤーになりたい”何て言われたらな……父親は青等級のスレイヤーだったらしいし、その辺の事情だってよく知っていた筈だ。
「……でも、本気だったんだろ?」
「はい、夢でしたから」
そう答えるリーリエの瞳には、出会った時の燻ぶっている様な火ではなく、明確な情熱の炎が宿っていた。
こうなった人間は、間違いなく強い。
「うん、きっとそのリーリエの覚悟をご両親は感じ取ったんだろうな。自分の子供が持ってる属性の事を知って尚、魔法を教えたんだから」
「……そうかも、しれませんね」
「きっとそうだよ。……んで、そうして研究してきた結果があの規格外の魔法か?」
「規格外の魔法と言うか何というか……私の魔法のコンセプトって、“低燃費・高効率”なんですよ。いかに魔力の消費を抑えて、効率よく魔法を使うか。燃費が良くなれば、幾つかの魔法を同時行使してより効率的にバックアップが出来るんじゃないかって」
「ほうほう」
「でも、従来の魔法でそれを成し遂げるのにはどうしても限界があって……かと言って、全く新しい魔法を作るのはどう考えても不可能でした。なので、現存する光と闇の魔法を私のコンセプトに合う形にするために、既存の魔法陣に手を加える事にしたんです。なので私が使った魔法は、厳密に言えば本来の姿とは違う魔法なんですよ。だから、詠唱こそ書物に載ってる魔法と同じでも、発揮される効果の度合いが違うんです」
「成程ねぇ。途中で使ってたあの手で文字を書くみたいな動作は何だったんだ?」
「あれは既に発動させている魔方陣に、後発の魔法を書き足していたんです。新しく魔法陣を作るより、そちらの方が燃費的にも効率的にもにいいので」
「はぇ~……その、既存の魔法に手を加えたり、発動済みの魔法陣に別の魔法を書き足したりって言うのは、簡単に出来る物なの?」
「どうでしょうか……母はギルド付きの魔法研究者だったんですけど、その母に“相当難しい”って言われましたから、多分難しいんじゃないでしょうか」
「成程。でも、“不可能”とは言われなかった訳だ」
この差は大きい。『出来ない』と『出来るかもしれない』じゃ大違いだからな。
「はい。なので、私は研究を突き詰める事にしました。不可能じゃないなら、挑む価値はあるかと思って」
「で、成し遂げたと。前々から思ってたけど、リーリエって天才だよね?」
「い、いえ私は……才能なんて、人並みでしたよ。だから、既存魔法を作り替えようって決意してからも、それを形にするのに長い時間をかけて努力しなければいけませんでしたし」
「そこだよ、リーリエ」
「え?」
「これはある偉人の言葉だが、天才は“1%の閃きと99%の汗”で出来ているらしい。だが、その99%の汗が実るのは1%の閃きを大切にした時なんだと。リーリエの場合、その1%の閃きが『既存魔法の改良』だった訳だ。でもって、それを成し遂げる為にリーリエは99%の汗を流した、違うか?」
「…………」
「そんで、遂にリーリエは自分が望んだ魔法を完成させた訳だろ? 1%の閃きを大切にして、99%の汗を流し続けた結果、遂に報われた訳だ。これを天才と呼ばずして何と呼ぶんだ?」
俺の話を聞いていたリーリエの瞳から、一粒の涙が零れ落ちる。それを見て、俺は自然とその頭に手を伸ばしていた。
「もっと自分を誇れ、リーリエ。お前さんがしてきた事も、ご両親が教え伝えたものも、全て結果に結びついた。今まで一人だったのは、周りの奴等の見る目が無かっただけだな」
わしゃわしゃと頭を撫でながら、俺は言葉を続ける。
「もう日陰に居るのは終わりだ、リーリエ。俺が太陽の下に連れて行く。これからは、光の差す道を歩こうじゃねぇか。そんで、親父さんが居た場所まで行こうぜ」
「っ、はいっ! ……あはは、ちょっとおかしいですね。元はと言えば私がムサシさんを“この世界”に連れてきたのに……いつの間にか、手を引かれる側に回っていたみたいです」
そう言ってはらはらと涙を流すリーリエの顔には、惚れ惚れする位に綺麗な笑顔が浮かんでいた。
「……しかしなぁ、幾ら連中の眼が節穴だったからっつって、何で誰もリーリエの魔法の真価に気付かなかったんだ? 出来た魔法が実際に使えるかどうか訓練所的な所で試したりしてたんじゃないの?」
「……あ、それは多分私のせいかもしれません。魔法の実用実験とかは、単独でクエストを行っていた時に全部現地で済ませていましたから……その、恥ずかしかったので」
「そりゃ分かんねえわ……」
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