第19話 VS. 飛駆竜クラークス(中編)
風と衝撃、そして熱波が俺達を容赦なく襲う。
金重を盾代わりにしたおかげで、背中側は何ともない。遮熱性能も完璧の様だ。
俺が危惧していたのは、リーリエの方だ。恐らく防御魔法は間に合わないと踏んだので、強引に抱え込んで俺の身体を盾としたのはいいが……。
幸い、俺とリーリエはかなりの体格差があったので、その身体をすっぽりと覆う事が出来た。後は中のリーリエが無傷なら万々歳だが。
「うぅ……」
「おっ、大丈夫か?」
「い、一体何が……」
突然の出来事に混乱しているリーリエに、軽く何があったか説明する。
「あの野郎、自分の外殻を火打石代わりにして“粉塵爆発”を起こしやがった。巻き上げた土煙の中に何か赤い粒子を混ぜてたが……恐らく可燃性の粉だろうな。全く、とんでもねぇビックリドッキリドラゴンだな」
「けほっ、けほっ……そ、そんな事が」
俺の腕の中で咳き込みながらリーリエが顔を上げる。見た所外傷は無さそうだな、良かった良かった。
「あ、あの。何で私はムサシさんに抱きしめられているのでしょうか……?」
「んあ? 防御魔法とか張る暇無かっただろうから俺の体で覆い隠させてもらったわ。金重で爆風と衝撃からは守れても、空間を包む熱波までは厳しかっただろうからな」
おかげで俺が着ていたつなぎは熱の所為で大分酷い事になってるが、まぁいい。当然だがリーリエを守るのが最優先だったからな。
事も無げに言う俺の言葉を聞いた瞬間、リーリエの顔が一瞬で青褪めた。
「だっ、大丈夫なんですか!? 怪我は!? 気分は悪くないですか!?」
「お、落ち着きんしゃい。この通りピンピンしてるから。あの程度じゃ俺は火傷一つ負いやしねぇよ」
「そ、そうですか……良かった」
「それよかお前さんの事だよリーリエ。酸欠とかになってないか? 意識ははっきりしてるか?」
「ムサシさんが守ってくれたので、何ともありません。……ごめんなさい、私がちゃんと動けなかったから」
「いやぁ、視界の悪いあの状況で即座に反応しろって方が無理な話だろ」
「でもムサシさんは動けてたじゃないですか」
「俺を基準にしちゃダメだからな!?」
やべぇ、俺の所為でリーリエの感覚がおかしくなっとる。後で矯正しとかないと……。
「取り敢えず立てるか?」
「はい、大丈夫です」
「よし」
俺はリーリエを開放して、手を貸しながら立ち上がる。あの爆発で空間を覆っていた土煙は全て吹き飛んでいたので、視界も回復していた。
「しかし壁に穴が開いてて助かったな、密閉空間だったら威力はこの比じゃなかったぞ」
「ですね……」
「兎にも角にも戦闘再開だ。リーリエの言った通り、魔法で強化して貰って――」
地面に突き刺していた金重を双剣形態に戻しながら引き抜く。だがそこで、俺達は目の前の異変に気付いた。
「あれ? い、居ない!?」
リーリエが困惑の声を上げる。それもその筈、さっきの大爆発を起こした張本人であるクラークスの姿が、跡形も無く消えていたのだ。
「オイオイ、一体どこに行きやがったんだあの岩石トカゲは」
「まさか、飛んで逃げたんじゃ……」
「いや、そりゃ無いんじゃないか? あれだけ重そうな巨体を飛ばすなら、相当デカい羽ばたき音が聞こえると思うんだが」
「じゃあ、一体何処に……」
――ゴゴッ――
「……ッ下だ!!」
「下!?」
微かに地面から伝わる異質な振動と音を、俺の足と耳が捉えた。
「目ェ瞑れ!」
「っ!!」
俺は金重を大きく振りかぶり、急速に近付いてくる音源に向かって全力で振り落とした。
「どっせえええええええい!」
ミシリと筋肉がうなりを上げ、叩き付けられた金重が地面をカチ割る。
一直線に地面が裂け、その衝撃をもろに受けた音源のヌシがたまらず地面から飛び出してきた。
「ガアアッ!?」
「やっぱりテメェかこの野郎、地面にまで潜れるとか一体どんだけ隠し玉持ってんだコラ」
「地中潜伏……これです! 恐らくこの能力で二年前にスレイヤー達から逃げおおせたんです!」
確信を得たとばかりにリーリエが叫ぶ。
成程、出口が一つだけの鉱山内で突然姿を見失ったのは、地面に潜られたからか。それじゃどうしようもないな。
「クラークスは本来地面に潜って移動するなんて習性は持ち合わせていない筈ですが……恐らく必死に逃げる時、咄嗟にこの行動を取ったんだと思います」
「でもって、急速進化の過程で完全な地中移動能力を身に着けたと。全くドラゴンってのは羨ましいねぇ、そうやってポンポンと新しい能力身に着けられるんだから」
ま、命の危機にでも陥らなきゃこんな急激な進化は出来ないだろうけど。
「何はともあれ地上に引っ張り出せた事だし、一気に決着つけちまおうぜ」
「はい!」
俺が跳び出す体勢を取り、リーリエが詠唱を行おうとした、その時だった。
「グルアアアアッ!!」
ビリビリと空気を振るえさせる咆哮を上げると同時に、ヤツの背中から格納されていた一対の巨大な翼が現れる。
その翼が羽ばたき辺りに突風が吹き荒ると、ヤツの巨体が宙へと浮いた。
「なっ! あの野郎、ここまでやって逃げるつもりか――」
「【重力】ッ!」
俺が駆け出すよりも早く、リーリエが反応した。
迷い無く魔導杖を向け詠唱を行うと、魔導杖の先端が黒く光り、同時にヤツの真下に黒い魔方陣が出現する。それが紫の光を放った瞬間、飛び去ろうとしていたヤツの躰が突如地面に吸い寄せられるように叩き付けられた。
「グッ、ガアア……」
地面に這い蹲りながらも、強引に立ち上がろうとする姿を見たリーリエは、即座に追加の魔法を唱えた。
「【加算】!」
リーリエの魔導杖の先端に白い光が追加される。空いた左手がヤツに向けられ、その指先から奔るオレンジ色の光が、空中に何やら数式の様な文字を刻み込む。
指先が宙をなぞる度、展開されている黒い魔方陣の中に白い文字列が追加されていく。そして、紫の光を放っていた魔方陣から新たに青白い光が放たれ始めた。
「グギャッ!?」
途端に、立ち上がりかけていたヤツの躰が再び地面へと叩き付けられ、そのまま地面にめり込んでいった。
「【拘束】!」
左手で文字を刻みながら、ダメ押しとばかりに魔法を唱えると、身動きが取れなくなっているヤツの躰の下の魔方陣から、四本の漆黒の鎖が出現し、その四肢を縛り上げた。
……オイオイオイ、この状況を見る限り補助魔法が火力にならないなんて大嘘……いや、この場合リーリエが凄いのか。
鉱山に来る道中、俺は買った魔法大全に書いてあった事全てに目を通していた。特にリーリエが扱う光魔法と闇魔法については内容を暗記する位に読み込んだ訳だが、その中に全ての魔法に共通する基本知識と八属性それぞれの代表的な魔法とその効果についての記述があり、恐らくそこに書いてあった事は魔法の一般的な常識と考えていいだろう。
端的に言おう。リーリエは俺を規格外の人間と言っていたが、俺から言わせればリーリエも十二分に規格外である。
何故ならリーリエが使った魔法は、本の中で幾つか紹介されていた基本的な魔法の内の三つだったのだが、その効果は書物に書いてあった内容から明らかに逸脱していた。
最初に使った【重力】、あれは対象に更なる重力を加える闇魔法だ。だが、その効果は精々相手の動きを遅くする程度らしい。
だが、リーリエの使った【重力】は空中に居た大型種のドラゴンを苦も無く叩き落とした。その効果は、少なくとも書物に書いてあった記述とは大きくかけ離れている。
その後に使った【加算】は、対象とした魔法の効果を二倍にする光魔法。だが、一般的にこの魔法は、既に魔法を発動させている第三者にかける事によってその魔法の威力を強化するのに使われるらしい。
だが、リーリエはこの魔法を自分自身にかけ、【重力】の効果を倍にした。
最後に使っていた【拘束】と言う魔法、アレは魔方陣から魔力で構成された紐を出現させ、それで対象を拘束する闇魔法だ。
……そう、紐なのだ。断じて鎖ではない。しかも通常一本の物を、リーリエは四本出していた。もう訳分かんねぇ……。
そう言えば、【加算】と【拘束】を発動させた時、左手で数式の様な物を描いていたが……正直、何をしていたのかサッパリ分からない。後で本人に聞くしか無いな。
んで、更に驚くべき事にリーリエはこの三つの魔法を同時に使っている。
書物曰く、『魔法は基本的に一つづつ使う物であり、既に魔法を発動させている最中に新たな魔法を使うには、発動中の魔方陣を解除して新しい魔方陣を組み直す必要がある』そうだ。
無理に幾つも魔法を同時に使おうとすれば、余程魔力総量が多くない限りあっという間に魔力切れを起こしてぶっ倒れる羽目になるらしい。
そんな魔法を三つ同時に使ってる時点で大分ヤバそうな感じなのに、その上でリーリエは光と闇の二属性を同時に使ってるんだよなぁ。複数の異なる属性の魔法を同時使用する事については、もう記述すら無かった訳だが……どう考えても一つの属性だけ使う場合よりも魔力消費が多くなりそうなんだけど。
しかし、目の前で二つの闇魔法と一つの光魔法、計三つの魔法を同時に行使しているリーリエは、魔力切れを起こしている様には見えない……むしろ、これだけ動きを封じられながらまだ立ち上がろうとするヤツを見て、ガンガン魔力を送り込んでいる様に見える。
「……ッムサシさん! クラークスの動きは何とか封じました! 今からムサシさんに光魔法のバフをかけます!」
視線は逸らさず、鋭い声だけをリーリエが飛ばす。その横顔は……まさしく、戦士の横顔だった。
聞きたい事は色々ある。だが……今は、いい。そんな雑念は、捨ててしまえ。
「――合点承知ッ! いつでもいいぞ!!」
金重を握り直し、俺は低く、低く体を落とす。何時でも駆け出せるように、足を踏みしめる。体中の筋肉がミキミキと音を立て、膨張していく。力めば力む程視界が狭まっていき、研ぎ澄まされた俺の双眸が一直線にヤツを見据えた。
……ヤツの逃亡を阻止し、ここまでいい仕事をしてくれたんだ。なら次は、俺の番だろう? なぁ、リーリエ。
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